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第十一話 生きているんだよ 後編

「ねえ、あなた、ちび丸君! しっかりしなさい。もう大丈夫だから、気を確かに持って!」

 みんなが寝静まった夜。私は、隣のプラケースで力無く浮いている小さな『彼』に、懸命に声をかけた。

「なんだか、ぐったりしちゃって、大丈夫かな……?」

 隣ででかでかちゃんも、心配顔だ。

『彼』、学校で瀕死の状態だったところを、里美お姉ちゃんが見かねて家に連れて帰ってきたミドリガメの子亀くんは、『ちび丸』と名付けられた。 小さくてまん丸の甲良をしているから『ちび丸』くん。

 例によって例のごとく、この素敵なネーミングセンスの持ち主は、美智子お母さん――と思いきや、なんと里美お姉ちゃんだった。さすがに母娘おやこ、こういうところも素敵に似ている。

「……ちび……丸?」

 顔を上げる力すら残っていないのか、ちび丸君はかすれた声を上げた。もちろん、亀に発声器官があるわけじゃないから、これは私たち亀だけに聞こえるいわば『テレパシー』のようなもの。

「そうよ。あなたの名前よ、ちび丸君。あなたを学校からこのお家に連れてきた里美お姉ちゃんが、付けてくれたのよ」

「里美……ボク、知ってる。……いつも、ご飯くれた女の子」

「そう、その子よ! その子のお家にいるのよ。綺麗なお水も美味しいご飯も、たくさん食べられるんだから元気をだして!」

「……うん。でも、ボクとても眠くて、もう……」

 ぷつんと途切れてしまう言葉に、ゾクリと嫌な予感が背筋を這い上がる。

「ちょっ、ちょっと、ちび丸君!?」

 思わず、水槽のガラスをバシバシ叩く。

 こんな、飢え死に一歩手前の状態でそのまま――なんて、悲しすぎるよ!

 ねえ、だめだよ、目を開けて!

「あの、ちびちびちゃん、彼、寝ているみたいよ?」

「え?」

 でかでかちゃんの言葉に、耳をそばだてると、『ZZZZ……』と、微かな寝息が聞こえてきて私はホッと胸を撫で下ろした。

 ちび丸君はこの一ヶ月以上、正式には40日間、何も食べていない。

 彼は亀だから、甲良に隠されてその惨状が目に見えないけど、甲良の中味は骨と皮だけの究極の栄養失調状態になっている。

 これが、犬や猫だったら、その惨状が目に見えるモノだったら、学校の先生もお姉ちゃんにちび丸君を連れて帰らせて、それで終わらせてしまうような事はしないだだろう。

 子供達が眠りについた後、ちび丸君の事について話し合っていたお父さんとお母さん。

 お母さんは『これは、立派な動物虐待だよ』と、静かな声で言った。

「この子は、もしご飯が食べられるようになるまで回復したら、学校に戻そうと思うの。本音を言えば、家で飼ってあげたいけど……、それじゃいけないと思うのよ。里美にとっても、元の飼い主の男の子にとっても、それにクラスの子供達にとっても」

「そうだな……」

 お母さんの言葉に、お父さんも静かに頷いた。

「でも……」

 お父さんが目を細めて、言い淀む。

「うん?」

「里美が、きっと悲しむな」

「うん、そうだね」

 そう言うお母さんの表情は、とても悲しそうだった。


 そして、ちび丸君は奇跡的に一命を取り止めた。

 そこに、お母さんや里美お姉ちゃん、それに応援するだけだったけど、みーちゃんやお父さんの甲斐甲斐しい看病があったことは言うまでもない。

 ちび丸君が家に来てちょうど一ヶ月後、お母さんは里美お姉ちゃんに、ちび丸君を学校に連れて行くように話をした。でも、案の定お母さん達が予想した通り、里美お姉ちゃんは『そんなの可哀想』と駄々をこねた。

 私もお姉ちゃんの気持ちはよく分かる。あんなに辛い目に……ううん、地獄を見た場所に戻されるなんて、可哀想すぎるよ。

「テストの勉強は大事だけど、命を大切に慈しむことはもっと大事なことなの。ちび丸君のお世話をすることで、それをみんなで学ばなくてはいけないのよ」

 諭すようなお母さんの言葉に、里美お姉ちゃんは唇をとがらせた。

「でも、可哀想だよ……また同じになったら、今度は死んじゃうかも知れないもん」

「そうならないように、飼育の仕方をみんなでお勉強するのよ」

「飼育の仕方?」

「そう、キチンとしたミドリガメの飼い方を勉強するのよ」

 首を傾げるお姉ちゃんに、お母さんはあるものを手渡した。

 それは、分かりやすいようにイラスト入りで手書きされた『ミドリガメの飼育書』だった。 みんなが寝静まった後、ちび丸君に話しかけながら、お母さんが夜なべして書き上げた手書きの飼育書。

「これ、お母さんが作ったの?」

 驚いて目を見張るお姉ちゃんに、お母さんは『そうよ♪』と胸を張って見せた。

「もしも、またお世話しきれなくなったら、その時はちび丸君は家の子になって貰いましょう。でも今はまだだめ。小さい命だけど、一生懸命生きているんだと、大切にしなくちゃいけないんだと、みんなで学ばなくちゃいけないの。わかる?」

「みんなのお勉強のために、ちび丸る君は学校に戻らなきゃいけないの?」

 お姉ちゃんの言葉にお母さんは少し悲しそうな目をしたけど、「そうよ。もう二度と同じ事をしないためにもね」と、そう言った。


「元気でね、ちび丸君」

 私は『また会えるといいね』の言葉を飲み込んだ。

 もしまたちび丸君が家に来るとすれば、学校でお世話しきれなくなったとき。それは、ちび丸君にとっては辛い状況になったときだから……。

「ちびちびちちゃんも、でかでかちゃんも元気でね」

 すっかり元気になったちび丸君は、ニコニコ笑顔で学校に戻っていった。


 神様、どうかお願いします。

 彼が、幸せでありますように。

 綺麗なお水と、美味しいご飯。

 そして、沢山のお日様を浴びて、元気に暮らせますように。


 私は、心からそう祈らずにはいられなかった。



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