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異形の魔道士  作者: IOTA
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36 べつに




 くぐもったような破裂音。雷鳴を希釈したような重い音が大気の彼方へ遠退いていく。

 約百メートル先、岩山の稜線に一本だけぽつねんと生える枯れ木、そこから五メートル以上も離れた岩肌が爆ぜ、粉砕された岩石の破片が飛散、淡く漂った粉塵が風に流され霧散した。

滑空銃身スムースボア球状弾ボールじゃあ、これが限界かもな……」

 片膝立ちで上体を屈めたケイルはその様子を遠望しながら、呟いた。

 足許で腹這いになっていたゼロットは顔を起こし、ケイルに目を向ける。例の如く大きな目を半分だけ細めたような眠たげな無表情だが、少し不思議そうに小首を傾げている。彼女の手には小銃が握られていた。

 なんでもない、とかぶりを振り、きちんと彼女にも理解できる言葉で改めて指導する。

「銃身と右脚に沿った体幹とを一直線にしろ。必ずしもそうする必要はないが、咄嗟の状況ではそれぐらいシンプルな意識の方が容易だし、お前は腕が長くないからその方が楽だろう。左脚は真っ直ぐに右脚に揃える必要はない。少し開いて、楽な位置で投げ出しておく感覚だ。爪先は立てないようにな。余計な負荷はそれだけでストレスになる」

 言葉を咀嚼するように小刻みに頷いたゼロットは、身動ぎをして体勢を調整する。色々と考えながら動いているのだろう、まごついた挙動から迷いが感じられるが、ケイルは手を出さずにじっと待った。射撃姿勢に万人に共通した絶対の型など存在しない。基本的な型はあるが、あくまでも基本、個々人が己に見合った体勢を探り当てるしかないのだ。

 ほどなくして、ゼロットが身動ぎを止める。ケイルが口を開こうとするが、その前にゼロットの小銃が吼えた。先とほとんど変わらない地点で弾着が生じる。

「まだ撃てと言ってない。焦るな」

 ゼロットが抗議するような目でケイルを見る。目は口ほどに物を言う。無口、無表情であるゼロットは、目の色だけで感情を表すことに妙に長けていた。言うなら一回で全部言ってよ、とでも言いたげな顔色だった。

 ケイルは苦笑し、焦るなよ、と繰り返した。

 納得し切れない表情のままでゼロットは手許を動かし、次弾を装填する。単調な動作だが、その動きだけは様になっているな、とケイルは思った。

 ゼロットが持っているのはシェパドが使用していた彼手製の小銃だった。アカリの家で一泊し、ヒルドンを発つ際、ゼロットが譲り受けることを望んだのだ。「これ、欲しい」と珍しくはっきりと口頭で願望を表した。声色こそ熱の篭ったものではなかったが、ぬいぐるみと一緒に胸元に抱き締めて手放そうとしない態度に、強い気持ちが顕れていた。

 アカリが持つものを除いて唯一まともな形で現存する一挺だったが、アカリは反駁せず、いいよ、とだけ頷いた。ばかりか、弾丸や予備の魔蓄鉱、替えの銃身など、積極的な使用を見越した諸々の装備を一式、それにククル手製の収納に富んだレインコートまで見繕い、ゼロットに渡していた。

 この世界の住人が自分達の世界から持ち込んだ武装に触れることをよしとしなかったシェパドだが、けれども脅威に抵抗するため、同時に広く普及しないために、魔蓄鉱を激発装置に利用した銃器を製造した。本末転倒だと思われる向きもあるかもしれないが、自分達の所有する強力な銃器を魔物だと、その所為でこちらの世界に迷い込んでしまったのかもしれないと、そう思いなしていた彼なりの苦肉の策、辛うじて許容範囲内に収まる妥協点だったのだろう。

 そしてゼロットには魔蓄鉱に篭められた現象を取り出せる稀有な素質があり、彼女には銃を手に取る資格もあるだろうと、アカリはそう判断した。

 斯くして、現在、「撃ち方教えて」とまた珍しく強い願いを口にしたゼロットに対し、ケイルは射撃のレクチャーをするに至った。

「伏射の場合は前部銃床を握り締めない方がいい。肘を立てた左手の上に載せておく感覚だ。右手も同じだ。銃把をきつく握り過ぎるな。余計な力は必要ない」

 もっとも、ケイルのレクチャーは元の世界の訓練施設にて、生身での戦闘訓練時に受けた講義の受け売りだった。記憶にある通りに文言を出力しているだけに過ぎない。強化外骨格を纏った状態と生身の状態、両者では戦闘行動における運動の所作が異なり、そうなれば果然、射撃姿勢も異なる。生身と同じように、とはいかない。むしろ強化外骨格ありきのヘカトンケイルからすれば、生身の方こそが強化外骨格装着時のようにいかない、という感覚だ。もし強化外骨格を外した状態で手本を見せてみろと言われたら、ゼロット以上の腕前を見せられるかどうか、ケイルにも疑問である。

 シェパドならばあるいはもっと上手く手解きできたのかもしれないと、自身の不甲斐なさからちらりと思うケイルだったが、もうどうにもならないという意味で、それは無駄な感傷でしかない。

「銃床尾は肩の付け根と胸の間に軽く当てておく。中途半端に離すと反動で肩を痛めるぞ。頭は傾げないで、銃床に頬の肉を乗せるように真っ直ぐに下ろせ。左目は閉じるな。慣れるまでは薄目でも構わないが、両の目を開けておいた方がストレスにならないし、ただでさえ狭い人間の視界を更に狭めるのは不利にしかならない」

 シェパドが所有し、現在ではゼロットの手中に収まる小銃は、アカリの持つペッパーボックスマスケットとは全く形状の異なるものだった。ケイルがそれを見て真っ先に連想したのは、元の世界で射殺した娼婦。一本の長い銃身とその下部を平行して伸びる銃床。それは一般的なボルトアクションライフルに酷似していた。

 違うのは、魔蓄鉱を利用した銃器の特異点である引き金がないという点と、銃身後端、照門の右脇から斜め上に飛び出した長方形の弾倉だろう。弾倉の中には直径十六ミリ、重量二十グラムの球状弾が五発、装填されており、弾倉と銃身の接合箇所にはくの字に曲がった鉄棒の握りが生えた鉄板が前後に可動するように組み込まれている。単純な構造だ。銃身に被さるように丸みを帯びた鉄板は重量に従って転がってくる弾丸のつっかえ・・・・であり、同時に銃膣内のガス圧を逃がさないためのカバーでもある。機械的な原理こそ懸け離れているが、射手の動作という点に限ればストレートプルのボルトアクションに類似した操作で発砲と装填を繰り返せるメカニズムだ。銃口から弾丸を落とし込む構造ではないので、元込め式と言えるかもしれない。

 スプリングばねという単純極まる部品でさえ作製には手が余ったシェパドの苦労と試行錯誤が窺える一品だ。

 暫くケイルが沈黙したのを発砲の合図と思ったのか、鋭い銃声が鳴り響き、ゼロットの手中で小銃が跳ねる。

 標的としている枯れ木から三メートルの地点に着弾。単純な直線距離で言えば先よりも近くなっているかもしれないが、喜ぶのは浅慮だ。先までは枯れ木の右下に着弾し、今回は左下に着弾した。同じ地点を狙ってそこまで着弾が離れるのは、射撃姿勢に問題があるか、銃そのものの精度の問題か。もっとも後者であればどうすることもできない。

 ここ一番でイモを引いた老練の狩人よろしく憮然と顔を顰めながら、ボルトを操作し次弾を装填するゼロット。素早い手の動きと鋭利な金属音が、素人であるはずの彼女に妙な手練感を付与している。

『……うわー、鼻梁の射影がゴルゴばりね。つーかこの子、意外と顔色豊かよね。普段が無表情過ぎるから、たまに見せる表情が印象強いのかしら』ゼロットの隣で寝転がり、頬杖をついて足をばたつかせていたアーシャが鼻を鳴らす。『私も寡黙キャラを作ってみようかな』

「それは割りと魅力的な提案だな」

『冗談よ、じょーだんっ。これからも電子幻影少女アーシャちゃんがあなたのイヤーに青少年垂涎必至のロリロリボイスをお届けするから、カァワバンガァッ。ヒャッハー!』

 カワバンガ、じゃない。

 ケイルは溜息を呑み込みながら、指導を再開する。

 すぐさま据銃するゼロットの視線を遮るように右手を銃口に翳した。顔を起こそうとするゼロットを、そのままだ、と制止し、左手で銃身先端の突起、照星を示す。

「標的を見ようとするな。視線の焦点は照星に合わせろ。標的はぼやけるぐらいで構わない。遠方の標的にのみ焦点を合わせれば、手許の照準は必ず狂う。だが手許の照準に集中しても、標的を遠望する視野はさほど狂ったりしない。慣れない内は難しいかもしれないが、動体を照準する時も同様だ」

 あくまでも着弾地点を左右するのは標的ではなく、射手自身なのだ。初心者は狙おう狙おうと腐心し、標的ばかりを見ようとする傾向にあるが、如何に標的を凝視したところで弾丸の行方には関係がない。命中弾を得るためには、絡めて考えがちな的と照準の関係を、断ち切る必要がある。狙いを的に定めるのではない、定めた狙いを的に重ねるのだ。

「浅く息を吸い、吐き出した途中で止めろ。何割肺に残すか、割合は自由だ。自分に合った呼吸を見つけろ」

 いいか? とケイルは確認した。薄く開いた唇からすぅーと息を吸い込んだゼロット、きゅっと唇を結び、長い鼻息が途絶えたタイミングで、ケイルは右手を銃口から離した。

「撃て」

 銃声が轟く。銃口からは淡い白煙が噴き出し、銃身が跳ね上げる。一見、枯れ木にも周囲の岩肌にも弾着は見受けられない。つまらなそうに眉根を寄せるゼロット。

「いや……」だがケイルの拡大されたマスクの視野は、枯れ木の根元付近の幹の薄皮が小さく弾ける描写を、確かに捉えていた。「上出来だ。今の感覚を忘れるな。立て、次は膝射だ」

 時折、劈くような銃声を轟かせる二人。それを遠巻きで眺めながら、岩に腰を下ろしたリルドはシェパドから譲り受けた紙煙草を喫っていた。すっかり慣れた様子で、銜えていた紙煙草を人差し指と中指の間に挟んで、すぼめた唇から紫煙を吹く。

「さて、ヒルドンで補給できたからこのまま真っ直ぐニューカに向かうけど、あんた、ぼくっ娘の妹はいいのかい?」

 その隣に嘲笑顔を浮かべたサイが歩み寄る。

「ヒルドンより西の町はクノッヘン一つだけだったわけだけど、そこにはもう寄らないよ。つーか、クノッヘンに向かう街道はもう過ぎちまったし」

 現在、ヒルドンを発ってから丸一日が経過していた。昼食前の休憩中である。

 カボル村で期待していた補給は叶わず、代替案として若干の遠回りになる南西のヒルドンに向かった一同、並々ならない悶着に巻き込まれたものの、それでも補給を得て進路を北西に改めた。

 王都でサイが決めた道程は、カボル、クノッヘン、ニューカと想定されていたわけだが、クノッヘンはヒルドンと較べると小規模な町であり、人間同士のいくさの折にも捨て置かれた程度の集落である。古都ニューカにほど近い故に元より補給は絶望視されていた。人間には無視されても魔物は違う。つまり恐らく全滅しているだろう、と。あくまでも可能ならば、という希望的観測に基づいて設定された補給地点でしかない。最初に定めた道程は速度を優先したものであり、カボル村での補給ありき、その補給物資の量で今後の進路を決めようと柔軟に考えていたサイ。ヒルドンで補給が叶った今は、当初の道程より補給の潤沢という面ではむしろ優良になったと言える。

 そしてリルドが言うところの妹が床に臥せっているというニューカにほど近い田舎の町は、ヒルドンでないならばクノッヘン以外に考えられないわけだが、進路を見ればクノッヘンに寄らないことは明らかだろうに、リルドは未だ一同から離れない。

 リルドは悪びれた風もなく、肩を竦めてみせた。

「何を隠そう、あのアカリ嬢が私の妹だったのです」

 嘘でしかない。真面目に嘘を吐くつもりもないようであり、サイもまた呆れたように苦笑して頭を振るだけで言及しようとはしなかった。両者共に、ここまでくれば今更、という態度である。

 どっこいしょ、とサイはリルドの隣に腰を下ろした。暫しの間、ゼロットの射撃練習をぼんやりと眺めながら、サイは口を開く。

「ケイルから聞いたけどさ、王家を害したっていう賊は、なんでもニューカに向かったそうじゃないか」

 ぴくりと、リルドはサイを一瞥するが、すぐに視線を正面に戻した。

「……そうなのかもしれませんね。それがどうかしたんですか?」

「随分と曖昧な物言いをするじゃないか。誰から聞いたのか知らないけど、ケイルはもっと確信的に言ってたんだけどね」ここでサイもリルドを見遣る。片眉を持ち上げているが、声色はさほど険悪なものではない。「あたしが気になるのは、本物の賊はニューカに向かった可能性が一番高いのに、なんで捜索隊を方々に放つようなしち面倒臭いことをしたのかってことだよ」

 捜索隊の事情はライアスから聞き及んでいた。ヒルドンでは、自分達が赴く数刻前に、西方面の捜索を担っていたカボル捜索隊が傭兵の手により全滅させられたという酸鼻極まる事情も。賊の目的地はニューカが最有力であるにも関わらず、なぜわざわざ四つも捜索隊を編成し四方へ散らせたのか。サイはその矛盾について言及している。

 リルドはケイル達に視線を固定したまま、サイと目を合わせようとはしなかった。無視を決め込んだのか、思案しているのか、その表情からは窺えないが、サイはリルドの横顔を見据えたまま辛抱強く待った。ほどなくして、リルドは紙煙草の灰を落としてから、どこか観念したように口を開く。

「……捜索隊が四方に分散したのは、それを決定した軍の上層部が、賊の行方に見当がつかなかったからでしょう」

「は? どういう意味だい」

「どうもこうも、そのままの意味です。古都ニューカに向かった可能性が一番高いという事情を、知らなかったのです」

「いやいや、ちょっと待て。……じゃあケイルは誰から聞いたんだい? 城であたし達と別れた後に知らされたんじゃないのかい?」

「城で貴方がたと別れた後に聞き及んだのは、その通りですよ」

「はっきりしないねえ……」サイは顔を顰めて鼻を鳴らし、繰り返すけど、と断ってから、繰り返した。「だったら全体、ケイルはどこの誰から聞いたんだい?」

「………」

 リルドはもう一度沈黙した。しかし先とは違い、やや俯いている。ちらりと眼球をサイに向け、口許に運んだ紙煙草を銜えようとせず、手先で持て余すようにしていた。彼女にしては珍しい明確な感情、逡巡と憂いがありありと顕れていた。

 長い静寂を経て、リルドは口を開く。約一週間、サイ達と行動を共にし、ヒルドンではサイに命を救われたという経緯がなければ、彼女は決して答えなかったであろう回答、当事者であるケイルに訊けばどうせ割れる話であるという妥協もその葛藤には含まれたのだろうが、それにしたところで、王国への不審にとられかねない顛末を近衛兵団長自らが公言した。

「……ケイル氏は、断罪の間にて国王ディソウ様御自らの質疑応答の末、処刑されかけました。そこにミリア王女様が現れ、彼の潔白を語り、彼をお茶に誘ったのです」

「はいぃ? お茶って……」

「つまり、賊の行方についてケイル氏に語り聞かせたのは、ミリア王女様ということになりますね」

「ちょっと待てよ。なんでミリア王女がそんなこと知ってるんだよ」

「ミリア王女様が賊と接触した唯一の生き証人だからですよ。賊は白昼堂々、ミリア王女様の部屋に現れ、恐怖を覚えたミリア王女様が反逆者の手の者かと誰何したところ、賊は反逆者に興味を示した、と、私はそのように聞き及んでいます。ケイル氏も同様かと。唯一の生き証人であるが故に、その外見の違いからケイル氏の潔白を語れたわけですが」

「興味を示したァ? つーことはつまり、賊は反逆者と関係がなかったってことかい?」

「一言も発さなかったらしいので、ミリア王女様もわかりかねるといったご様子でした」

 サイはおとがいに手を当て、思考するように視線を斜め下に固定した。

「白昼堂々部屋に現れたって、もしかしてその賊も違う世界の人間……? そして疑いをかけられるほど自分の外見特徴と似ているからこそ、ケイルはその本物の賊に興味を示した……?」

 暫し独白のように呟いていたが、ふと思い出したように顔を起こした。

「つーか、違うよ。あたしが気になってたのは、捜索隊のことだよ。賊はニューカに向かった可能性が濃厚なのに、なんで方々を捜すんだい?」

「だから言ったでしょう。軍の上層部がそれを知らなかったからですよ」

「いやいやいやいや、だからあッ」ばりばりと、サイは苛立たしげに髪を掻き毟った。「ミリア王女が知ってんのに、なんで軍の上層部が知らないんだよ」

「それは……」言い澱んだリルドだったが、深い嘆息の後に、口を開いた。「ミリア王女様が語らなかったからでしょう。ミリア王女様からそのことを直接聞き及んだのは、ケイル氏と私だけでしょうね」

「はあ?」

 サイは、決して目を合わせようとはしないリルドの少しトーンを落としたような言葉を受け、あんぐりと口を開ける。

「なんだよそれ。意味わかんない。だって唯一の生き証人ってことは、賊の外見特徴を報告したのはミリア王女なんだろ? それなのになんで行き先の心当たりを教えないんだよ」

「賊がニューカに向かったのは、あくまでも可能性の一つに過ぎません。ミリア王女様がそのように当たりをつけただけなのですよ」

 だとしても、と言い募ろうとするサイを、リルドはぐるんと首を回し、強く睨め付けた。やや乱れた漆黒の長髪から覗く双眸には、鋭利な光が宿っている。

「では逆に訊きましょう。賊はニューカに向かったと公言して、それでどうなりますか? たった一人の賊のために大規模な戦団を編成しニューカを目指したとして、それでどうなると? 成功するかどうかもわからない賊捕縛のために、軍にとって、ひいては国にとって致命的な損害を被る危険性がある作戦の方が正しかったと、貴女はそう言うのですか?」

 ミリア王女が賊の行き先の心当たりについて公言しなかったのは、怜悧れいりな彼女の賢明な判断だと、自分にだけは真実を語り、ニューカに向かうケイル一行に随伴するように指示したのは、彼女なりの気遣いなのだと、リルドはそう思いなしていた。努めて思い込もうとしていた。ただ、それでも、賊に殺害されたのは王城の近衛兵であり、リルドの部下なのだ。感情は理詰めではない。サイの言うように、だとしても――

 僅かに顔を覗かせた突然のリルドの激昂に、やや面を食らったようなサイだったが、面持ちを神妙に改めた。

「……じゃあなにかい? ライアスぼっちゃんの捜索隊やヒルドンで全滅しちまった捜索隊、彼らが必死こいて捜し回ってるのは、何のためなんだい? 賊を許さない潔癖な王国、そのポーズのためだけに彼らの命は危険に曝されてるのかい?」

「賊がニューカに向かったのは、あくまでも可能性の一つに過ぎません」リルドは事務的に繰り返した。「他の地に向かった可能性だってあります。広い範囲の捜索は無駄ではないはずです」

 確かにその通りなのだろう。ただ、先の激昂の発露がその言葉の信憑性を裏切っていた。それに真実はもっと残酷だ。捜索隊の面々には、精強な王国軍という面子を保つために、数十名の近衛兵がたった一人の賊に後れを取ったという事実が、秀でた武術を有する近衛兵の部隊をただ一人で圧倒した賊の恐るべき戦闘能力という重大な情報が、伏されているのだから。

「近衛兵団長としてじゃなく、一人の人間として、あんたはそれでいいと思っているのかい?」

「………私個人がどう思おうが関係ありません。軍事に纏わる是非を問われるのは近衛兵団長という肩書きであり、近衛兵団長としてそれを是としたのですから」

 抑揚を欠いたリルドの返答に、ふん、と面白くなさそうに鼻を鳴らしたサイだったが、持っていた麻袋をごそごそと弄り、林檎のような果物と干し肉、パン切れをリルドの膝の上に次々と放り投げた。

「これは?」

「見りゃわかるだろ。食い物だよ、昼飯。ニューカはもうすぐそこだってのに、あの兎の糞みたいな飯だけじゃ、身体が持たないだろ」

「兎の糞とは随分ですね。あれはスパイル家伝来の兵糧丸。一粒チャージ、二時間キープなのですよ」

「知らねえし。つーかあんた、あんなもんばっかり食ってるから発育が残念なんじゃないの」

「なッ、貴女ね、世の中には需要と供給というものがあるのですよ。私のようなスレンダーな女体を求める殿方だって――」

「なに、いらないの?」

「……いただきます」

 立ち上がったサイは、岩のすぐ近くに敷物を広げ、昼食の準備に取り掛かり始めた。

 その背を一瞥し、赤い果物を持て余すように眺めていたリルドは、紙煙草を揉み消して、しゃりと一口齧った。咀嚼しながら、遠方のケイル達を再び見遣った。渇いた銃声が鳴る。ゼロットは立射の訓練に移っており、その隣ではケイルが腕を束ねて立っていた。

 ややあって、「私が言うのもおかしな話ですが」と断ってからリルドは言葉を継ぐ。

「ミリア王女様から事情を聞き及び、捜索隊についても知っているケイル氏は、その辺り、どういう風に考えているのでしょうね」

 振り返り、まじまじとリルドを見遣るサイ。

「あんたが言うのも、ほんとにおかしな話だね」鼻で笑うように言ってから、サイもリルドに倣い、ケイルを仰ぎ見た。「大方、あんたが今話したみたいな事情を想像して自分を納得させてるんじゃないのかい」

 今度はサイが遠望し、リルドがその横顔を見つめる番だった。サイは続ける。

「というか、故意に考えないように、関わらないようにしてるのかもね、ケイルはさ……」

 多くを語ろうとしない、訊かれることも望まない、そんなケイルの態度は、ポルミ村で出会ってから終始一貫していた。

 そもそもサイからしたら、捜索隊に纏わる矛盾云々や王城での顛末、本物の賊などに纏わる話は、まずケイルと行うのが順当だろう。自身も王国軍人であり、しかもかなりの高位階級に身を置くリルドと違い、ケイルには何の枷もなく、素直に語れる立場にあるのだ。にも関わらずサイがケイルを避けたのは、ケイルがそういった話題を好まない傾向にあることを気取っていたからだった。

「……シェパド氏のようにですか?」リルドは、ヒルドンでの騒動の最中、闇に満たされた坑道にて、反逆者について問うた時にシェパドが見せた微かな戸惑いを思い返した。「違う世界から来た彼らは、こちらの世界への干渉を望まないということでしょうか。……何であるにせよ、こちらの人間であるところの私達には共感しえないですね」

 腕を組んだサイは小首を傾げ、小さく呻る。サイもまた過去の遣り取りを思い出していた。シェパドとの坑道での会話、ただしリルドの回想する場面の直前、ケイルは単独行動を望むという件について。そして騒動収束後、宿屋の風呂場での遣り取り、自分のことを兵器として製造されたと、まるで他人事のように淡々と語ったケイルについて。

「どうだろ……。ケイルは、シェパド達とはまた違う感じだけどね」

 カボル村での衝撃的な出来事以降、徐々に取り戻しつつあるにしても、ケイルに接する態度が少し変わってしまったことは自覚しているサイ。しかしその逆、出来事の以前も以降も、ケイルのサイ達に対する態度はほとんど変わらないと、サイはそう感じていた。

 この世界に対し、そこの住人であるサイ達に対し、一線を引いている。

 それはリルドの言うような、違う世界から来た人間にしかわかりえない、自分達では想像もできない状況にある者特有の距離感であり、遠慮や余所余所しさという単純な言葉で片付けることもできるが、しかしサイがケイルに抱いているもっとも相応しい印象としては、無知。サイ達と、人間と、どのように接していいかわからない、そんなイメージだった。

 はぁー、とサイは口で言うようにして大仰に嘆息した。

「ま、ここに至って細かいことをぐだぐだ気にしても仕方ないけどね。もうニューカの森は目と鼻の先なんだし、あたし達だって明日にはおっ死んじまってるかもしれないんだ。野となれ山となれだよ」

 言って、昼食だとケイル達に向かって声を張り上げ、手を振る。

 がばっと振り向き、恐るべき速度で駆け寄ってくるゼロット。やれやれといった風に続くケイル。

 リルドはそんなゼロットを見て、物憂げに、切なげに、下唇を噛んだ。

 最初にゼロットを目にした時、どこかミリア王女と似ていると、なぜかリルドはそのように思った。優雅な微笑を絶やさないミリア王女と無愛想なゼロット、年齢も表情もまるで似ていない二人なのに、不思議とそのように感じていた。しかし今は違う。無表情の中にもゼロットの感情を多少なりとも読み取れるようになった今は、似ているとは微塵も感じない。同時に、なぜ以前は似ているなどと思ったのかも、理解した。感情が読めない少女という意味で共通していたのだ。憮然とした無表情と優しげな笑み、どちらも感情を隠す仮面という意味で似通っていたのだ。

 ゼロットよりも付き合いは長く、誰よりも慕い、また親しまれているとミリア王女に対してそのように自負していたリルドだったが、彼女の感情は未だにわからない。長い付き合いの中で唯一彼女の表情から微笑という仮面が消失したのは、あの夜だけ、名を呼び強く抱き寄せたあの時だけだった。

 リルドは胸に感じた突き放すような衝撃を思い返すように、あるいは拭い去るように、深い息を吐きながら胸当てを撫でた。

 ふと、サイの顔がこちらに向いていることに気付き、焦ったように胸当てから手を離すリルドだったが、サイはリルドを見ておらず、その背後の中空、東の方角を仰いでいるようだった。顔色は憂慮に翳っている。

「……彼らが心配ですか?」

 問い掛けを受け、視線を落としたサイは薄く目を瞑り小さく頭を振った。

「べつに。危険という意味じゃ、あたし達の方がよっぽどなんだし、人の心配してる場合じゃないし」

 言葉とは裏腹に少し沈んだような声色だったが、やや穏やかに口調を改め、それに、とサイは続ける。

「あいつ一人なら到底容認できなかったけど、彼女が付いてるなら、まあ大丈夫だろ」




「ひぃ、ひいいいいいぃぃぃ」

 大丈夫じゃなかった。

 ライアスは諸手に握り締めた棒切れを挟んで、魔物と対峙していた。

 鼠と土竜を足して二で割ったような魔物である。体長は七十センチほど、四速歩行で寸胴の短足ながら、短い脚部をちょこちょこと動かし獲物に駆け寄る速度は思いの外素早く、またその姿は見る者に怖気を抱かせる。体毛はほとんど生えておらず、ぶよぶよとした肌色の表皮が蠕動するように波打つ様は醜悪そのものだ。

 小さな点を穿ったような真っ黒の眼球を見開き、長く突き出た顎を割り、ぎーぎーと鳴く。突出した前歯から糸を引く唾液は異様なまでに粘性に富み、無色透明である。

 魔物が跳ぶ。目前に迫る大きく開いた顎は、ライアスの頭部を一口で丸飲みにしそうだった。

「ひいいいいっ」

 端と端を握った棒切れを、魔物の上下の顎の間に振り翳した。棒切れに噛みつき宙ぶらりんになった魔物は、発狂せんばかりに短い四肢を振り回す。

 少しでも距離を離そうと両腕を伸ばし切り、振り払うために身体を回転させるライアス。しかし鋭利な歯で喰らいついた魔物は遠心力に身体を浮かせるばかりで、離れようとしない。回るライアス。回される魔物。見ようによっては奇妙なダンスを踊っているようでもあった。

「暴れないで! そのままっ」

 少女の鋭い声。ライアスの背後からアカリが据銃姿勢で飛び出し、魔物に向けられたペッパーボックスマスケットが吼えた。

 ぎー、と一際大きな鳴き声を発しながら、血飛沫を噴き出し、ライアスの棒切れから吹き飛ぶ魔物。

「ひぃ、ひぃ、ひぃッ!」

 ライアスは、土埃を散らしながらのたうつ魔物に駆け寄り、棒切れで殴打する。垂直に振り被り、垂直に振り下ろす。振り被り、振り下ろす。動作の度に食い縛った歯の奥からはひはひとみっともない呼気が漏れる。三度目にして、魔物は動かなくなった。

「ひー、ひー、ひー……」

「もぉう! ひーひーうるさいよ。なにそれ、掛け声なの?」

 肩を上下させるライアスに背中を合わせたアカリが抗議の声を上げる。

 魔物に囲まれていた。同様の鼠型の魔物があと五匹、ぎーぎーしゅーしゅー鳴きながら、じりじりと二人の周囲で距離を取っている。

「装填。援護して」

 言って、レインコートのポケットから取り出した弾丸を銃身に落とし込み、突き棒で挿入するアカリ。慣れたもので、魔物を油断なく見据えたまま手許を碌に見ようともせず、ものの五秒も掛からずに六発の装填を完了させる。

 装填するや否や据銃し、最寄りの一匹に向けて発砲した。脇腹に二十グラムの鉄球を秒速五百メートルの速度で叩き込まれた魔物、たるんだ皮膚は入射孔を中心にクレーターのように波打ち、体内で制動した弾丸の慣性に引き摺られる形で二転三転、転がる。

 銃声に刺激されたように、残りの四匹は同時に甲高い鳴き声を上げ、四方から二人に迫った。

 舌を打ち、銃身を回転させながら銃口を転じたアカリは、正面の二匹を撃ち斃す。魔物も顔負けの悲鳴を発しながらも、跳躍した一匹の脳天に棒切れを振り下ろし、叩き落したライアスは、咄嗟に片手でアカリの背中を押した。アカリの首筋すれすれの宙を残るもう一匹の魔物の鋭利な牙が通り抜ける。

 着地しすぐさま向き直ろうとする魔物の上顎が、銃声を伴い、弾け飛び、ライアスに棒切れで頭を押さえつけられ暴れまわる魔物の頭部が、もう一発の銃声と同時、破裂する。

「………」

 アカリの携えた六連の銃口から燻った薄青い硝煙が風に流され、銃声の音響が草原に谺していた。

 長い母音を漏らしながらその場にへたり込むライアス。アカリは再装填しながら周囲を見渡し、安全を確認した後にライアスを見遣り、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。

「ありがと。助かったよ」

「へ? いやいや……そんな。僕の方こそ」

 息も絶え絶えといった様子のライアスの返答を受け、アカリは忍び笑いを漏らす。

「やっぱり王国軍人なんだね。体裁きが素人とは違うもの」ぷいと東に向き直り、遠巻きから二人に顔を向けている馬の方へと歩き始めながら、アカリは付け足した。「あのみっともない悲鳴さえやめれば、それなりに様になるとは思うんだけど……」

「え、なに? ごめん、聞こえなかったよ。なんて言ったの?」

 慌てて立ち上がり、ライアスはアカリの後を追った。

 馬を止め、昼食の直後に魔物に襲われた。そのような事態を未然に防ぐために見通しのよい草原を小休止の場として選定したわけだが、鼠と土竜を足して二で割ったような魔物は、外見だけでなく、その生態も土竜に類似しているようで、突如、土を割って姿を現したのだ。

 馬に跨り、後ろにアカリを乗せ、東へと騎首を向けて走らせる。

 ヒルドンを発ってから一日の旅路で、魔物に襲われるのはこれで二度目になる。一度目は馬上でのことだったので、そのまま振り切り事なきを得たが、ライアスにはその遭遇頻度が妙に多いように思えてならなかった。

「行きはこれほど魔物に襲われなかったんだけどなぁ」

 怪訝げなぼやきに、軽くライアスの胴に両手を回していたアカリは、そう? と不思議そうに首を傾げた。

「こんなものじゃない? あたしが訓練で町から離れる時は、このぐらいの頻度で襲われたけど。まぁ、強力な魔物じゃなくって、今のやつらよりもっと小型の魔物だったけどさ」

「そうなのかい? じゃあこれが普通なのかな。行きが極端に少なかったのか……」言って、ライアスははたと思い至る。「もしかして、ケイルがいたからなのかな……」

「それは有り得るね。魔物に限らず、動物もそうだけどさ、自分より強力な害敵には敏感なんだよ」

「害敵か……」

 アカリのどこか棘を感じる物言いに、ライアスは苦笑した。自分が囚われている間に何があったのかライアスは知らないが、アカリのケイルに対する評価があまり芳しくないことは察していた。

 ライアスは昨日の、アカリの家に一泊し、出発する直前の遣り取りを思い返す。

 一応は客人であるはずの一同を放置し、町へ向かい物資を調達したり、どこから仕入れたのかサイが譲ってもらったものよりも数段も優れた駿馬を牽いて来たりと、何やら忙しなく動いていたアカリ。

 きっと仲間になる気なんだ、と一同は噂していたのだが、出発間際にその期待は裏切られた。

 曰く、王都に在住する知人を訪ねる、というのである。

 同時にその発言は、一晩中もんもんと練っていたライアスのプランをぐでぐでにしてしまった。

 傭兵の魔の手から救い出されてから、ライアスは延々と考えていた。そして決意していた。ケイル達と別れ、王都へ帰ろう、と。

 自身の浅はかさで虜囚に堕ち、皆にかけた迷惑は計り知れず、何より兵士として男として脆弱な自分がサイの心痛の種になっているという事実に、耐えられなかった。古都ニューカ、そしてそこを囲う森。酸鼻極まる過去の歴史から、その道程はこれまで以上に過酷を極めることは想像に難くなく、また自身の迂闊の所為で皆に迷惑をかけない自信がなかった。

 当然、葛藤はあった。皆が、サイが、心配でならなかった。できることなら最後まで随伴し見届けたかった。だが、それをするには自分は足手纏いに過ぎると、ライアスはそう決断した。

 どのように伝えたら余計な不安を買わずに済むか、散々考え、意を決し別れを告げようとしたライアスだったが、唐突に王都へ向かうと宣言したアカリに、先んじられてしまった形になったのである。

 そこからは、まあ、ぐでぐでだ。

 具体的には、「あ、じゃあ、僕も一緒に王都に帰ろうかなー……」という無惨な別れの告げ方になった。酷い目に遭い、逃げ腰になった腰抜け、そんな風に受け取られて然るべき発言だった。もっとも、そんな物言いだった故に、皆からの不安や気遣いが和らいだのは不幸中の幸いであろう。それでもサイは、負い目を感じているのなら気にしなくてもいいと、足手纏いというのなら自分達だってそうだと、やんわりと慮ってくれたが、ライアスの決意は固かった。自分の弱さの所為で、そんなサイにいつか危害が及ぶかもしれないという可能性を、無視し続けることはできなかった。

「ところで、ハイントンさん」

 背後のアカリからの問い掛けに、ライアスの回想は断ち切られる。

「ハイントンさんか。慣れないなぁ。ライアスでいいよ」

「じゃあライアスさん。軍隊での階級は?」

「つい最近、下級士官になったばかりだけど」

「下級士官か……」やや落胆したような声の後に、アカリは続ける。「王都には詳しいの?」

「えっと、まあ、生まれも育ちも王都だから、それなりには。何を知りたいんだい?」

「例えば、王都の裏の事情とか……」

「う、裏の事情!?」思いもよらない言葉に素っ頓狂な声をあげるライアス。「なんだい、それ。裏っていうと?」

「犯罪者とか、密売人とか、風俗とか、そんな感じの事情だよ」

「ふ、ふ、ふーぞく!?」

 またしても奇声を発してしまうライアスを他所に、アカリは淡々と告げる。

「そう、風俗。知らないの? 売春とか買春とか、そういう事情だよ」

「いやいやっ、風俗は知ってるけれども」ライアスは言葉を区切り、おほん、とわざとらしく咳払いをする。「あのね、アカリちゃん。君の人生は君のものなんだし、君がどうやって生計たつきを立てようが、確かにそれは君の自由だよ。でもね、お兄さん、そういうの感心しないな」

「……うざ」

「えっ!? うざい!? 今、うざいって言ったの!?」

「勘違いしないでよ。あたし、そういうところで働くつもりないから。っていうか、あたしがそういう商売してるところを一瞬で想像しちゃうんだ、ライアスさんは、へー……」言って、ライアスの背に密着していた身体を心なしか離すアカリ。「淫者の桃色ハーミットピンクの面目躍如だね……」

 実は出発間際、ライアスと旅をするにあたっては身持ちを固くするようリルドから言い含められたアカリだった。淫者の桃色ハーミットピンクという、下級視姦からいつの間にか進化し、ルビまで付与された二つ名まで聞き及んでいる。

 嘘の報告をさせられたリルドなりの意趣返しなのかもしれない。だとしたら随分と陰湿だが。

 きらりと光るものを目尻から払いながら、ライアスは改めて問う。

「えっと、もしかしてその裏の事情っていうのが、王都に住んでる知人と関係してるのかい?」

「……さあ、どうなんだろ」

 酷く曖昧な返答だった。その声色からは誤魔化しているのか、アカリ自身も知らないのか、判別できない。

 ライアスは鼻から嘆息を吐く。

「僕は裏の事情には詳しくはないけれど、王都に着いたらできる範囲で協力するよ」

「……うん。でもその前に、無事に辿り着かないとね」負い紐で背に回していたマスケットを諸手に移し、身を捩って後方に据銃するアカリ。「ほら、言ってるそばから、新手だよ」

「え、えッ!?」

 草原を疾駆する馬のすぐ背後、三馬身ほどの距離を置いて、二匹の小型の虎のような魔物が追い縋っていた。まさしく獲物を狩り立てる肉食獣が如く、獲物がどちらに進路を変えようともどちらかが対応できるよう、左右から距離を詰めてくる。

 手綱を撓らせ首筋を打ち、腹を蹴って速度を上げる。ひひーん、と嘶く駿馬。ひーひー、と喚くライアス。

 かつてケイルたちが西へと辿った道を、銃声を轟かせ、土埃を散らしながら、二人は東へと逆走する。




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