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異形の魔道士  作者: IOTA
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34 立ち位置




 アカリは三つの塚を見下ろしながら立ち尽くしていた。

 シェパドの家の前、大中小と並ぶように設けた盛り土。シェパド、エバ、ククルの墓だった。

 未明の戦闘終了後、疲弊と睡魔をおしてでも一同が真っ先にしたことの一つ、それはシェパドの遺体の埋葬だった。郊外の彼の家までケイルが運び、皆で埋葬した。二階のククル、雑木林のエバも見つけてきて、同様に弔った。シェパドと違い、元々は町の住人だったエバとククル、町に縁者がいるかもしれず報せてからの方がいいのではないかという意見もあったが、アカリがそうするように頼んだ。ここが私達の家であり墓なのだと主張する彼女に、反論の言葉などあるはずもなかった。アカリは一人、そのまま家に残っていた。

 アカリは黙したまま、昨夜から着通しのレインコートのポケットを弄る。ひやりと冷たい硬質な手触り、それを取り出した。少しくすんだ金色の円筒形、片端がくびれていて、その先には赤褐色の三角錐。鋭利な先端部は白銀に輝いている。全長百ミリ以上のそれにはずしりとした重量感がある。十二・七ミリのアーマーピアシングバレットに他ならない。

 ――絶対にそれに触れちゃあいけない。

 シェパドの言葉が蘇り、アカリは少しだけ気まずそうに一番大きな塚を見遣る。

 戦闘終了直後に一同がやったことのもう一つ、それは傭兵達が持ち込んだ武器の破壊だった。シェパドの今際の際の願いでもある。

 シェパドの予想通りに、嘗て彼が部隊を率いていた時のまま、それは館の地下、ライアスが拷問を受けた部屋のすぐ近くの一室に厳重に保管されていた。とは言え、傭兵達が粗方持ち出した後だったのでさほど量は多くなく、ケイルの手作業での破壊でこと足りた。地下とは言え館の内部で発破をかけるわけにはいかないという理由も当然そこにはあった。ただ、数千発近くある各種弾薬だけはどうにもならず、適当な場所に埋めることになった。

 その中の一発をアカリはこっそりと持ち出していた。ただ、これもまたシェパドの願いでもあった。数刻前、耳元で囁かれたシェパドの言葉は未だ鮮明に脳裏に残り、おそらく一言一句、生涯忘れることはないだろう。

 どうか好きに生きて欲しい、うんと生きて欲しい、とくれぐれも断ってから、彼はこう続けた。

 ――ただ、もし何も当てがないのなら、そしてこの世界と真正面から向き合いたいのなら、ある人物を訪ねて欲しい。一番大きな弾丸を一つだけ、その人物に届けて欲しい、と。

 平穏を望み、世界と深く関わらないようにしていたシェパド。最期に間違いに気付き、深い後悔を経て宗旨を変えた彼の願いだった。忌わしき銃器にアカリが触れることを望まなかった彼の、ぎりぎりの妥協点と言い換えることもできるかもしれない。

 アカリはその銃弾を握り込む。すでに意志は固まっていた。たった半年間だけ兄だった彼の願いを為す。それが彼女の考える好きな生き方だった。




 一、二年前、傭兵を町から追い出そうと動いていた駐屯団だが、それは町の総意だったわけではない。五年前には町を救った救世主であり、以降は外敵から町を護り続けていた守護者であると、そう考える向きも決して少なくはなかった。横暴だが限度を知る二十名程度の傭兵と、無限の食欲に衝き動かされる無数の魔物、両者を天秤にかけてどちらが傾くのかは、どちらの被害により顕著に遭っていたのかに左右されるのは言うに及ばず、前者をまだまし・・であると考える思考は決して責めるべきものではないだろう。

 駐屯団に名を連ねていた男と幼子を除いたその家族が、半年前のある日、たった一夜の内に皆殺しの憂き目に遭ってからは、天秤という思考の余地さえ奪われ、残ったのは、どうにもならない、仕方ない、従っていれば安全なのだと、そんな諦観だけだった。

 そして今、領主ルイードの弔いを終え、落ち着きを取り戻し始めた町民達の間に拡がるのは、不安。その一言に尽きる。未来への不安だった。五年前の魔物の大攻勢、防衛に傭兵達が加わってからも五年前ほどでないにしても、決して楽観できない規模の魔物の襲撃は幾度かあった。傭兵達の火力を前に一見さも造作もなく掃われたそれらの脅威だが、彼らが全滅した今は違う。残された町民達には今後があるのだ。

 抑圧された庇護から解放されて訪れた自由は、けれども並々ならない危険を予感させるものなのである。手放しで喜ぶ者がいないのは、自明といえた。

「ったくよお、どいつもこいつも態度悪いよなぁ。あたし達は悪者かよ」

 新調した馬の手綱を牽きながら、サイはたまらず呟く。町民の心理は理解できるが、悪態の一つも吐きたくなる気分だった。

 そもそも物資の調達のために立ち寄ったヒルドン。宿屋を離れ、リルドと合流した後、その本来の目的を果すために買い物を始めた一同だったが、町民の不安、その煽りをもろに喰らう格好になっていた。

 まず、目ぼしい商店の態度が芳しくない。言葉を重ね、金を積んで、そこでようやく不承不承ながら商品を提供されるというパターンが多かった。全員が全員そういうわけではないが、歓迎にはほど遠く、結果、買い物はどうしても遅々としたものになる。サイが連れる馬にしたところで、農村を何軒も回ってようやく家畜の一頭を譲ってもらった始末である。

「宿屋の店主はまだ話のわかる奴だったのにね。王都の税徴収部隊にでもなった気分だよ」

「あの時は不意を突く格好でしたから。時間が経ち、状況を正確に把握し始めたということでしょう」

 露骨な皮肉には取り合わず冷静に分析する背後のリルドを、サイはじろりと一瞥した。

「つーかさ、あんたが町の人達とナシをつけた時に、その辺をうまく治めればよかったんじゃないの」

「無理を言わないでください」こればかりは然しものリルドもやや憤慨したように柳眉を持ち上げる。「私は王国軍人としての責務を果しただけです。王国軍の派兵を具申、新自衛団の設立を進言、それ以上にできることなどありません」

 そこでライアスのおどおどとした窺うような視線に気付き、小さく嘆息してリルドは続ける。

「ここからは独り言です。先ほどその旨を記した伝書を添えて王都に鷹を放ったのですが、ハイントン下級士官が奴らの虜囚に落ちたことは伏せてあります」

「えっ?」

 自分の失態がどのように報告されるのか、気が気でなかったライアスは、その思い掛けない言葉に目を丸くする。

「あと、ルイード氏は、私の見届けの下で自決したことにしました。それにより、いささか変則的ではありますが刑が下されたと見做され、町の罪は彼一人の身に集約されることになるでしょう」

 非業の死と刑罰による死は異なる。例えば、盗みを犯した者がそのことを反省し自宅の座敷牢に自主的に服役しても、世間では認められないのと同じである。あくまでも正式な形の刑でなければ意味がない。ルイードが裁きの前に死亡してしまった今、正直に報告してしまえば、個々人の罪が問えない現状では町民全員に咎が及ぶ可能性さえ考慮された。

 ありのままを報告するとにべもなく断言していたリルドだが、ルイードの領主たる姿勢を受け、彼女なりに思うところがあったのかもしれない。横暴な守護者の全滅を知らされた領主ルイードは、真っ先にリルドに王都への救援を要請した。町の今後への危惧を感情を伴わず冷静かつ具体的に思案した彼が、如何に人格者であったかが窺い知れる。町民達の少々不躾な態度に晒される今は尚更に。

「貴官の失態の明言を避けたのも、偏にルイード氏の心証をこれ以上悪くしないための方便です。不満ですか?」

「い、いえ。とんでもないです……」

 ライアスはぶんぶん首を振り、ぷいと背を向けたリルドに頭を下げた。口に出して礼を言うべき相手はリルドではなく、また彼女もそんなことを望んでいるわけではないということは、心得ていた。

『リルドレポート。興味深いわね。傭兵のことはどんな風に書いたのかしら』

「……ああ」

 アーシャの言葉に覇気のない相槌を打つケイル。人知れず、マスクの中で眼球だけを動かして左右を見遣っていた。

 やはり、この町は元の世界に似ている。初めてこの町を訪れた時と同様に、ケイルはそんな風に感じていた。昨夕は降り頻る雨の所為による色合い欠如と、町全体が帯びる不穏当な雰囲気がその感情に起因するところだったが、今日は打って変わってからりと晴れ、新たな不安と懸念を拭い切れないにしても傭兵達の重圧からは解放されたはず、なのに印象は変わらない。その理由は行き交う町民達が寄越す冷ややかな視線に尽きるだろう。

 大通りを往く一同に寄越される町民の視線は、どこか距離を感じさせるものだった。実際に、焚火にされた家財道具を片付ける者達の最寄を通り過ぎようとする度に、その者達はいったん手を止めて距離を取り、近寄ろうとはしない。昨日、初めて町を訪れた時のそれと大差ない。いや、なまじ人通りが多くなった分、より印象が強くなったといえよう。傭兵達が町を練り歩いていた時も、これに類似する目で見られていたのではないだろうか。

 人の感情というものは、如何なる病原菌も顔負けするほど加速度的に感染する。負の感情では特に顕著だ。元の世界、次第に兵士達から白眼視されるようになり、初めは単純な物珍しそうな視線を寄越していた民間人も、徐々に怯えるような眼差しを向けてくるようになった。

 今のヒルドン町民の態度は、触らぬ神に祟りなしという感情と、恐いもの見たさの好奇心が混じったような、かつてのそれとそっくりだった。

「なんにせよ、あたし達は悪くないよ」

 サイの声、ケイルは彼女の背中に視線を戻す。

 空いた片手は握り締められ、それを振り回しながらずんずんと先頭を往くサイ。堂々としているというよりも、怒っている風でさえあった。

「たとえそれが安全のためだとしても、あんな連中に媚び諂って泣き寝入りするなんて、あたしだったらまっぴらごめんだね」

 言って、ちらりと背後を振り返る。ケイルと視線が重なった。

「だからもっと胸張って歩きなよ。あたし達がここでしたことは、間違ってない」

 気を遣われたのかもしれない、とケイルは思うが、しかしその気遣いは言ってしまえば見当違いだった。

 別に沈んでいるわけではない。ケイルにとって、このような視線に晒される方が常態だった。元の世界では、これが当たり前の衆目だったのだから。むしろ、ポルミ村での持てなしや、捜索隊に連れられ王都に這入った時、西へ向かって出て行く時の、好意的な視線の方が例外的であり、落ち着かない気分にさせられた。

 傭兵達を屠ったことが結果としてこの町全体を救うことになるか否か、現段階ではわからない。しかしながら、元より町を救うために行動を起こしたわけではない。好戦的に初手を仕掛けてきた傭兵達を前に、戦うより他に途はなく、囚われのライアスを救出するためには、状況的に全滅させるしかなかった。

『おどれら、なぁにメンチきってんだよ。いてまうぞゴラァ』

 行き交う町民に漏れなく中指を立てるアーシャ。それを横目にケイルは嘆息する。

 善も悪もないと言っていた傭兵。この世界にとって自分達は、ケイルは、魔物となんら変わらないと自虐していた火傷の男。万人に共通した絶対悪など、その実存在しない。勧善懲悪など、幻想でしかない。善も悪も、結局が多数決の統計でしかなく、立ち位置によってころころと形を変える。そして、様々な蛮行に及んだ傭兵達は、少なくともケイルの主観では悪に映った。無辜の人々を脅かす脅威と戦うために造られた彼は設計上の仕様に則って、傭兵達を憎むべき悪だと、そう判断した。

 だから、周囲からどのように見られようと究極的には関係がない。だから、気を病むはずもない。後悔も自責もない。ただ、今は単身作戦行動中というわけではなく、サイ達と行動を共にしている。ケイルにとって、護るべき人々であるところの同伴者まで、自分と同じような眼差しで見られるのが、少しだけ気掛かりだった。そして戦闘終了直後に感じた奇妙な焦燥感と苛立ちは、未だに胸の内で燻っていた。

 ある程度で妥協して買い物を終えた頃には、赤い夕日が石の町を染め始めていた。

 大通りの緩やかな坂を下り続け、出口に差し掛かる一同だったが、付近に佇む幾つかの人影に、足を止めた。

 十数人の少年と少女が控えめな人垣をつくっていた。一人だけ年上の女性が歩み出て、一同に近付く。それは昨日訪れた酒場の給仕の女性だった。館に人質として捕らわれていた一人でもあったので、会うのは三度目になる。

「あ、あの。……これ」言って、サイに大きな麻袋を差し出してくる。中身が詰っていて、重そうだ。「大したものじゃないんですけど、家で採れた野菜とか、店にあった食糧が入れてあります」

「え? いいのかい」

 受け取ったサイは、しげしげと女性の顔を見た。泣き腫らしたように目元が赤い。女性は顔を逸らし、しばし言い難そうにした後に口を開いた。

「……昨日、夜晩くにいきなりあいつらが家に這入ってきて、私は人質にとられて、父が連れて行かれました。それで父は……どうやら死んでしまったようです」

 人間爆弾として利用された禿頭の男がケイルの脳裏に過ぎる。彼の生命を絶ったのは、ケイルだ。もっとも直後の発破を鑑みるに、ケイルが撃たなくとも結果は同じだっただろう。下半身だけになった死体を自分の父親だと認めるに要した葛藤は、想像するに余りある。家族の死だというのに、どうやら死んでしまったようだ、という曖昧な物言いがそれを裏付けていた。

 あのっ、と切羽詰ったように顔を起こし、女性は深々と頭を下げた。

「父の仇を討ってくれて、ありがとうございました。……全員が全員そう思っているわけじゃないのかもしれませんが、あなた達に感謝している人も大勢いるんです」

 不意にライアスが歩み出て、女性に正対した。しかし視線は石畳に固定され、きつく下唇を結んでいた。

「そもそも、僕達が来た所為で父親が死んだとは思わないのかい……?」

 ケイル以外は人間爆弾云々については知らないだろうが、ライアス救出に動いていた一同への抵抗措置として町民に魔手が及んだことは容易に想像できるだろう。ケイル達が町に訪れなければ、そんなことは起きず、ライアスが捕まらなければ話は変わっていたのかもしれない。

 しかし、女性はふるふると首を振り、背後の少年少女を紹介するように手で示す。

「この子達は元々、駐屯団の家の子供でした。あいつらの手前、誰も世話ができずに、浮浪児のように扱うしかありませんでした」かつてのアカリ、エバ、ククルと同じ身の上ということになる。女性は続ける。「でも今は違います。大抵の子達が親類の家に引き取られることに決まりました。残った子達も、私が世話をしようと思います」

「世話って、大変じゃないのかい……? 君の家だって……」

「あいつらがいなくなったこれからは、きっと酒場は前のように繁盛すると思います。私一人では大変ですが、この子達に助けて貰えば、きっとなんとかなりますよ」

 にっこりと微笑する女性に、ライアスは弱々しい微笑みを返した。言葉の端々から、母親はいないということが窺える。あるいは以前に母親も魔物か傭兵の毒牙にかかったのかもしれない。

「だから、この子達も感謝しているんです。あなた達のおかげで救われたんですから」

 疎らではあったが、口々に感謝の言葉を口にし、頭を下げる子供達。

 ふと、ケイルは一人の少年の視線に目を留めた。昨夜、人間爆弾に発破により倒壊した家の中で一人、遺された少年だった。ケイルをじっと見据えていたが、その眼差しはあの時のような憎悪に塗れたものではない。ケイルが見返していることに気が付いたのか、少年は焦ったように顔を背ける。諸手には鞘に収まった長剣を握り、胸元に抱き寄せていた。

 女性はその少年を見遣り、微笑する。

「この子も昨夜の騒動で家族を失ってしまって……。でも、とても強いんですよ。駐屯団になって魔物から町を護るって張り切ってるんです。子供は入れないって言っても、聞かないんですよ。もっと子供らしく、素直に悲しんでもいいと思うんですが、何があったのか、本当に気丈で」

 少年はちらりと再びケイルを見遣るが、口を開こうとせず、終始長剣を抱き締めていた。ゼロットのぬいぐるみに対する偏愛を思わせる。

 女性と子供達の控えめな見送りを受けて、一同はヒルドンを後にした。

「すっかり晩くなっちまったね。アカリに軽く挨拶してから出発しようと思ってたんだけどさ。今晩、家に泊めてもらわないかい?」

 言うサイの声音と顔色は、穏やかさを取り戻していた。

 同意を返す一同。ただ、ライアスだけが心ここに在らずといった風に俯き、表情を固く強張らせていた。何かを覚悟したかのように。

 ケイルは西の方角を仰いだ。古都ニューカ。そこを囲う深い森林。かつてこの世界の多国籍連合軍でも踏破できず、異世界の銃器武装した傭兵達でさえ脱するだけで辛酸を舐めたという。

 平地の向こうには山の稜線が見えるばかりで、目的地であるところのニューカは見えはしないが、ケイルは無意識に後ろの首筋を擦っていた。癖になりつつある動作だった。




 西。ライガナ王国最西に位置する深い深い森の中、一つの集落があった。

 いや、丸太と木々の葉で急ごしらえした家屋が点在するという趣きのそれは、集落というよりもキャンプという言葉の方が適切であろう。

 その中を一人の青年が駆けていた。森林に溶け込むような深緑の配色の革鎧を身に纏い、顔は目許以外を布で隠している。血相を変えた様子でキャンプを横断し、鬱蒼と茂る樹木から頭一つ高い大きな岩の前で片膝をつき、口許を覆っていた布を引き下げ、口を開く。

「――! ――――! ――」

 しかし、その言葉は異国の言葉だった。異国というのは、ライガナ王国と諸外国に広く普及した常用語ではない、という意味である。それどころか、この世界の言葉でもない。言うなれば、異世界の言葉だ。

 捲くし立てるように報告を終えた青年は、窺うように岩の上に視線を転ずる。そこでほうっと、見蕩れるような顔付きになった。神々しいものを見るような、絶対の服従を誓うに値する主人に従者が向けるような眼差しに。あるいは、戦場いくさばにおける武神を配下の者が謁見するような羨望の眦に。

 岩の頂には、一つの異形が座していた。しかし、美しい。涼しげな容姿を際立てるような白銀の長髪がさらさらと風に揺られていた。異形なのは、首から下、身体を覆う奇怪な鎧。

 その異形は鷹揚に頷くと、青年に言葉を返す。怯える必要はない、というような意味合いの言葉だった。

 そして異形は立ち上がり、嘆息を一つ。

「千の軍勢か。多いな。仕方がない。私が直接行って、丁重にお引取り願おう」

 その独白も、この世界にとっては異国語に違いなかったが、ただ然るべき者が聞けば、意味を理解できるだろう。それはたとえばどこかの傭兵部隊であり、たとえばどこかの機械化兵装。彼らと等しい言語だった。

『丁重か。それは皮肉かい? 思ってもいないことを易々と口にするその機微は、ぼくには理解できないよ』

 ふと、軽やかな声と共に異形の隣に少年が現れる。ただし、その少年は実在していない。虚空に紡ぎだされる幻影だった。

「皮肉ではないさ。私は極力丁重に応対するが、それをどう受け止めるかは先方次第だ」

 そして異形は、後ろ髪をたくし上げ、傍らに置いてあった兜を被る。首から上を全て被う形の、覗き孔も何もない奇怪な兜を。全身洩れなく、この世界では在り得ない異形と化す。

「もっとも、丁重な応対に先方が素直に応じてくれるとは、期待していないけれど」

『お仕事の時間だね。|T67タンゴシックスセブン

 異形は、彼女は、巨大な得物を携え、岩から飛び降りた。




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