草壁達也・裏
「ねぇ〜、達也〜。聞いてるの?」隣を歩いている女が、ベタベタと腕にひっつきながら甘い声を出す。
「あぁ、ごめんごめん。ちゃんと聞いてるよ。」 達也はきょろきょろと周りを見渡しながら、女に答えた。
*****
数時間前…
『ピロロロ…』
達也の携帯が鳴った。差出人は、知らない女。
『ある男を殺してほしい』
それは、草壁達也にではなく、殺し屋、SWORDへの依頼メールだった。
そう、草壁達也は裏社会では名の知れた殺し屋だった。殺し屋にとってミッションを遂行するためには標的についての情報が必要不可欠だった。そこで達也は、自分が普段情報を仕入れているdragonという情報屋に情報を依頼した。達也がこの情報屋を気に入っている理由は、dragonは情報屋にしては珍しく、どんな情報も無料で提供してくれるのだ。
そのかわり、dragonはネット上でしか活動せず、本名はもちろん、素顔を知っているものも少ないのだ。そんな一風かわった情報屋を達也は気に入っていた。
今回の標的は堤下 清二という小会社の課長だった。その男は、
妻と子供がいるにもかかわらず、毎夜毎夜女を抱き、高級クラブの女を社長に進め、社長に気に入られているただのおっさんだった。
『その男は、今日の午後10時に3丁目のラブホテルで女と待ち合わせをしている。だいたい10分前には場所にいる。はげ頭で、タバコを吸ってる。左手の中指にサファイアの指輪をしている。』
「ひゅー。仕事早いね。」達也は満足げにそう呟いて、携帯を閉じた。
そして、今達也はその待ち合わせ場所のラブホを探していた。 「達也~。どうしたの、さっきからキョロキョロして」 いぶかしげな女を達也は巧みに誘いこむ。
「いやね、今日里香ちゃんと過ごすホテルを探してんの。友達に3丁目のホテルがいいって言われたんだけど、どこにあんのかなって」
「3丁目?ああ、あたし知ってるよ。あそこは部屋がきれいなんだ。」うれしそうにいう女に、いらない情報をどうもありがとう、と言いそうになるのをこらえて達也は適当に相槌を打った。
「本当に? ちょうどいいや。じゃあ、今夜はそこにしない?」
*****
p.m.9:30・・・
達也は目的のホテルに着いた。先に里香に部屋を取らせ、友達に会ってくると嘘をついて、ホテル周辺をチェックし、監視カメラの死角を探す。
「ありました、ありましたっと」ちょうどいい場所を見つけ、腰のベルトからサイレンサーを取り出して装備する。ちょっと手が震えた。
時計を見ると、そろそろp.m.9:50・・・。すると、道の向こうからはげ頭の男が一人歩いてきた。口元の煙草に、左手の指輪。特徴も情報と一致する。標的だ。
さっきよりも手の震えが大きくなった。全身が震える。
恐怖じゃない・・・歓喜だ。「人を殺すこと」にこんなにも喜びを感じる。
体中の血液が沸騰したみたいだ。sexのときより興奮する。あふれだす狂気をおさえることができない。
震える手を何とか動かし、サイレンサーの狙いを定める。引き金に指をかける。そして・・・
「ーーッ!!」
撃たれた衝撃に男の体が、ビクッっとはねた瞬間、達也は電流が走ったような快感を味わった。(やべぇ・・・ぞくぞくする・・・たまんねぇ)
もうこらえきれない。「くくくっ・・・くくっ・・」あふれだした快感は声に変わる。「あははははっはははっははっははははははっ!!!」狂ったように達也は笑い出した。体中から絞り出された笑い声が、周りの建物に反響する。
そのまましばらく笑い続けた。やっと笑いの発作がおさまり、息を整えながらサイレンサーをなおした。
目の前にはただの塊と化した物体が転がっている。達也は興味をなくした目で一瞥すると、ホテルに向けて歩き出した。