夢屋
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
明晰夢。こーちゃんなら聞いたことがあるだろう?
夢を見ながら、これが夢であると自覚でき、内容をコントロールできる状態。いわば、自分の好きな夢を見る方法だ。
多くの人が考えることではないかと思う。夢の中は現実に比べると、あまりに自由がきくものだからな。とうてい実現できないことを、自分勝手に行うことができるのはあまりに魅力的。いつの時代も関心が湧くものだ。
自分ひとりで行うのは、難しいかもしれない。多少、明晰夢を見ることができる人だって、毎回確実に見られるとはいいづらいだろう。だが、誰かの手を借りて見る場合はどうだろうか。
ずっと昔の思い出話になるのだけど、聞いてみないか?
僕が小さかったころ、地元に「夢屋」というものがあった。
ああ、名前はこの話に合わせたフェイクだよ。実際はもっと凝った名前だったし、利用者や関係者からかぎつけられたら困るしね。
その夢屋は、表向きはマッサージを提供してくれるお店。しかし裏メニューとして、日に先着10名様で好きな夢を見させてくれると、地元民の間じゃ少し噂になっていた。僕が生まれる前から存在していた店らしいし、それなりに長い間、評判になってたんじゃないかな。
――ん? そんな知られていたら裏メニューといわないんじゃないかって?
まあ、おおっぴらには宣伝していない、口コミレベルてのがいいんじゃないかな。
大々的に宣伝したら誇大広告うんぬんでケチ付けられるかもだけど、お客が勝手に話すぶんには真偽は問われないだろうし。
話を聞いてから、僕自身も好きな夢を見たいと思ってね。その夢屋さんを尋ねてみたことがあるんだよ。
お店に年齢制限はなかったものの、地元には整体関連のお店が夢屋さん以外はあまりなかったんで、客の入りはなかなかいい。で、そのお客たちがついでのおつまみ感覚で、夢見を頼んでしまうものだから、学校帰り程度の時間に立ち寄ったとしても、すでに売り切れ――というのも妙な表現だけど――になっている。
休日などはもっと絶望的で、開店時間に行列ができていて、その人たちだけで今日の分は終わりという場合も。
僕はマッサージに興味はなく、ただただ好きな夢を見られるという噂の信ぴょう性を確かめたいだけ。ゆえにマッサージ+夢見を頼んでいるだろう先客たちが腹立たしく、みんな順番をゆずってくれないかな~と心底思っていたよ。
その僕が意を決したのが、学校の開校記念日の平日。
学校関連者以外にとっては、いわゆるふつーの日。開店とともにやってくる人はそうそういないはずだ。
そう踏んで、珍しく早起きした僕はお店の開く2時間前から待つことにした。案の定、開店時間が迫っても、自分以外に並ぼうとする人は現れない。都合よく運びすぎて、これこそ夢なんじゃないか案件だ。
「よお、坊や。今日は気合入っているんだな」
夢屋の整体師であるおじさんが店から出てくる。何度も夢目当てでお店に来てはすごすご引き上げていく姿を見せていたせいか、覚えられてしまった。
当時で50がらみのパーマをかけた男性だった。表メニューとしてのマッサージもなかなかの腕とのことだが、僕は興味がない。
例の好きな夢を見られるという腕のみが、僕の関心だったからだ。
結局、開店時間を迎えるまで、僕以外のお客は続かず一番に店の中へ通されたよ。
暖色のライトに照らされるのは、左手に並ぶソファ、ベッド、ベッド、ベッド、ソファ、ベッド、ベッド……無骨というか、シンプルというか、本当に整体のことだけ考えているんだなという内装だ。
右手は病院の診察室を思わせる個室がいくつか。そのうちのひとつに通されたよ。
好きな夢を見るにあたり、その内容はおじさんに話さなくてはいけない。誰かの手を借りるのだからおかしくはないところだ。
守秘義務があるからおじさんは他言しないだろうが、あまりにどぎついものを話すのは度胸がいるだろう。
少なくともおじさんにはバレる。そのうえで、ラインを越えた要求をできるかどうかが、この夢見を楽しめるかどうかのハードルなのだろう。
あいにく、当時の僕はそのようなどぎつい要求が思いつくほどの知識がない。
迷ったあげくに、僕はおいしいお菓子をたくさん食べる夢を所望した。次はまたいつあるとも知れない機会を、しょーもない使い方で浪費してしまう。もったいないことかもしれないなあ、いま考えても。
そこからもおじさんの質問は続く。あまりにおじさんへ任せすぎると、おじさんの感性に頼ることになり、自分の想像していたものとかけ離れてしまう恐れが大きくなるかららしい。受けようとする側の説明力、言語化の能力も試されるわけだ。
当時の僕なりに一生懸命説明したつもりだが、何度かおじさんから聞き返されて、マズかったかなあ……などと不安もよぎったよ。
それでもなんとか話もまとまり、おじさんに促されるままベッドでうつ伏せになる。
「これから頭のあちこちを指で押していくからね~。そいつは眠りを誘うツボだ。気づいたら眠っているし、先ほどリクエストした通りの夢も見られるはず。
けれど、想定されていたアクション以外はできるだけとらないように。悪い影響が出ちゃうかもだからね」
注意された直後、おじさんの指と思わしき感触が、つむじからわずかに左右へ離れた二点を押す。
とたん、目の奥へ意識と神経がすうっと、引っ込んでいくような心地。続いてまぶたが、これまたとろける気持ちよさとともに、じんわり重くなっていく。
――あ、やばいわ。これ、眠っちゃうやつだわ。
マッサージ師の技量に、偽りなしといったところか。
さらに第二、第三の圧を受けると、もはや抗う余地もなく。僕は枕に顔を深くうずめた以外の感触は、どこかへ吹き飛んでしまっていたよ。
おいしいお菓子をリクエストした僕の夢は、お菓子の家。
一からすべてを説明できる自信はなかったから、童話に出てくるものをモチーフにすれば伝わりやすいんじゃないかと思ったんだ。
家へ入るところから夢をはじめると、おじさんに周囲の景色などの情報も伝えなくてはいけない。そうなると自信がますますなくなるので、家の内側にした。家具のたぐいも一切なしで床と壁と天井があるのみで、ドアさえない密閉された空間を僕は伝えていた。
床は砂糖菓子、壁はチョコレート、天井は飴。当時の僕が知っていた漠然としたイメージだったよ。
試しに床をぺろりと舐めてみると、いつぞやの家族旅行で味わった中で、一番美味だった名物のお菓子と変わらない風味を感じる。舌を突く甘さの第一印象から入り、その後で残り香とともに喉奥へ抜けるようなかすかな酸味が特徴的。
チョコレートもまた、友達のお土産でもらったものとそっくりな味わいだ。こちらは一瞬だけ苦みが走ったかと思うと、口の中で液状にとろけるとともにストロベリーのエッセンスが盛大にはじける。おそらく苦みがあるから、よりインパクトが強まる手法なのだろう。
天井に関してはそのままでは届かないと思っていたから、足元に飴のステッキを転がしてくれるようお願いしていた。
カラフルなストライプをそなえ、先端が「かぎ」のように曲がっており、それを持ってこすることによって天井の飴を削ろうと思ったのだけど……誤算があった。
お菓子の味は指定すれども、強度そのものについては細かに伝えていなかったんだ。僕がステッキで屋根の一角を引っかくや、そこの部分に穴が開いてしまうとともに、バランスを崩した飴の板たちが次々外れて、僕目掛けて落ちてきてしまい……。
「そこまで、だね」
おじさんの声とともに、僕はお店へ戻ってきていた。
時間はベッドへ横になってから3分と経っていないけれど、体中にはたっぷりと汗をかいていた。
おじさんにはやはり、夢の中でのできごとが把握できているらしい。夢見代金はワンコインなのだけど、このような事故だしタダでいいとのこと。僕としてはお菓子を味わったのは確かだし、少しお金を払うのがスジでは……とも思ったけれど、おじさんは断固ことわった。
そして、「しばらくは天井に関するトラブルに気を付けたほうがいいかもしれない。正夢というものがあるように、夢と現実はつながることがあるからね」とも注意される。
家にいる間などは注意を払っていたものの、そう身構えているときはトラブルの芽は生えないもの。
実際に来たのは、学校の大掃除のとき。背が高いからと天井の拭き掃除を担当していたとき、天井のタイルの一角がにわかにはがれた。
天井全体が崩れ去ることはなかったけれど、そこからこぼれるのは大小のほこりと、虫の死骸と、まだ生きてるもの、生きてるもの、生きてるもの……。
ほんとに夢とつながっているのか知らないけれど、命の大掃除に出くわしたのは確かだよ。




