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闘病

作者: 耳無 桃
掲載日:2026/03/23

長い闘病生活だった。

幼い頃から、私の体はいつも弱かった。


やがて告げられたのは、腎臓移植が必要だという現実。

適合するドナーは、長く待っても母だけだった。

けれど私は、移植を受ける気がなかった。

母はもう若くない。

もし私のために体を切り、負荷に耐えられなかったら。

そう考えるだけで、すべてを諦める理由としては十分だった。


死ぬことは怖くなかった。

人は皆、死へ向かって歩いている。

ただ私の道のりが少し短いだけ。

そう思えば納得できた。

同年代の誰より、命の重さを知っているつもりだった。

だからこそ、私より母に生きていてほしかった。

けれど母も同じだった。

娘に生きてほしいと願うのは、親として当然のことだったのだろう。


移植の話をした日、母は泣いた。

「私は絶対死なない。あなたが元気になるまで死ねない。だからお願い、手術を受けて」

私は思わず笑いそうになった。

死なない約束など、誰にもできないのに。


それでも、母の背中は少しずつ小さくなっていった。

かつては活力に満ち、車椅子の私を乗せて院内を走り回り、先生に叱られても笑っていた人。

私に見せたい景色を求めて、どこへでも行った人。その人生が、私のためだけに削られていくのが耐えられなかった。

終わりなら、潔く終わらせる。

そう決めていたはずだった。


けれど、考え続けて気づいた。

この世界は、生きたいと願った者のほうへ進むのだと。

私は母に告げた。

「お母さんの腎臓をもらって、生きる」

母は年甲斐もなく飛び跳ねて喜んだ。

その姿を見て、早く恩返しがしたいと思った。


手術は成功した。

私は回復へ向かい、これまで知らなかった健康な体を取り戻しつつあった。

そして母はというと、驚くほど元気だった。

母子同室なんて赤ん坊の頃以来だと笑いながら、絶えず話しかけてくる。

私は傷が痛まない程度に笑い返した。


憂いた未来は、訪れなかった。

母は約束を守ってくれた。


先に退院した母は、「家で待ってる」と言った。

長く帰っていなかったはずの家が、その一言で確かな帰る場所になった。


退院の日、迎えに来たのは父だった。

存在感の薄い、静かな父。

けれど車の中で、父は珍しく多くを語った。

母が家で

「健康な体に産んであげられなかった」

と泣いていたこと。

私と母の頑固さがよく似ていること。

そして、二人とも無事に帰ってきてくれて嬉しいということ。

そのとき初めて気づいた。

父は、妻と娘を同時に失うかもしれない時間を過ごしていたのだと。

見舞いでも多くを語らず、手術前にただ一度手を握っただけの父が、こんなにも話す。

それがどれほどの異常事態だったのか、ようやく分かった。

涙がこぼれた。

私は、確かに愛されていた。

もうすぐ家に着く。


私は病気と闘った。

長く、長く闘い続けた。

そして、生きたいと願った。


未来はきっと、そう願った人の前に生まれる。

私は、そのひとりになった。

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