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第一章8  『天然』

本当にこれで終わりなのか? あんなにあっさりと……?

いや、断じて簡単ではなかった。だが、もっと……こう、長く苦しい戦いになると思っていた。


だが、奴は燃えている。「バーテンダー」ことコエリョは、生きたまま焼かれているのだ。


「グオオオオオオオオッ!!!!」


苦悶の絶叫が響き渡る。

奴の体は制御を失ってねじれ、ついさっきまで迫り来る炎を見ていたその両目は、一瞬にして温泉卵のように白濁し、視界は虚無へと変わる。眼窩からは白く濁った粘液が、湯気を立てながらドロリと流れ落ちていく。

皮膚は急速に揚げられ、繊維の一本一本が肉塊のように溶け落ちる。

響くのは断末魔のみ。右手の指は、すでに一本も残っていなかった。


「マジで……上手くいったのか?」


「み、みたいだね……」


アンナが答える。半分砕けた眼鏡が顔の上で歪んでいる。地面に伏せていたせいで、服はずぶ濡れだ。


俺はまだ宙を漂い、痛々しいほどゆっくりと落下していた。

奴を倒した。本当に倒したんだ。それ以外のことは頭に入ってこない。

なんというか、すごく――


「おっと!」


俺は誰かの腕の中に着地した。


「おーっと、お姫様は愛に飢えてるのかな~?」


「チッ、うるせえ。」


俺はアンファングのニヤけた面から逃げるように這い出し、濡れた地面に足をつけた。

だが、あいつが茶化す暇も、俺が恥ずかしがる暇も、アンナが何か言う暇もなかった。

俺たちはただ、爆ぜる炎を見つめていた。バネ仕掛けのように、三人の視線がそこへ吸い寄せられる。


化け物の悲鳴が止んだ。

つまり、それは――。


「終わったな。」


俺は囁いた。


「ああ、そうみたいだな……」アンファングが続ける。「奴の弱点は本当に火だった。だから……もう消滅したよ。」


彼は背伸びをして、腕を後ろに回した。


「ま、これで終わり。俺の作戦勝ちってわけだ。」


「待ちなよ。このまま放置する気かい? さ、酒場が燃えてるんだよ。」


「俺もアンタも、もうマナが空っぽだろ」アンファングは答えた。「野次馬が集まってきてるし、消火活動も始まるはずだ。俺たちはズラかったほうがいい。」


彼は水浸しの床を蹴り、出口へと歩き出した。


俺は一歩――たった一歩だけ前に出た。

赤い輝きが、最後にもう一度だけ俺の目を引き戻す。


本当にこれで終わりなのか?……命懸けで守ろうとしたあのバーテンダーを、俺たちが倒した。アンナにも謝ったし、汚名も返上した。もう誰にも、何も言うことも求めることもないはずだ。

だが……満たされない?

あきらかに死闘だったのに、あまりにも呆気なく感じてしまう。アンナを見れば一目瞭然なのに。

期待していた達成感は、驚くほどゼロに近かった。代わりにあるのは、重苦しい……失望感?

わからない。俺が何を望んでいたのか、この感情が何なのか。だが、これが真実だ。

まあいい。どうでもいいことだ。俺たちは勝った。作戦は成功した。今はただ、前に進むしかない。


でも、俺は……もっと何かを求めていたのか?


「ちょっと。」


アンナが呼び止めた。俺たちは振り返る。

彼女は少しバツが悪そうに、一瞬だけ視線を逸らした。


「その……アンタらが戻ってきた理由はサッパリわからないし、正直、再会した時はちょっと見くびってたけどさ……」


彼女は眉をひそめ、頬を微かに赤らめながら、無理やり俺たちの目を見据えた。


「ありがと! アンタらいなきゃ、絶対あいつを倒せなかった。」


ああ、なるほど。口には出さないが、彼女はあの男や組織と相当酷い過去があったに違いない。あの「ありがとう」は、本物だ。

詮索はしない。俺はそこまで野暮じゃないからな。


「気にするなって!」俺は笑って親指を立てた。「俺はただ、どうしても謝りたかっただけだからさ!」


「謝る?……何にだい?」


「あー……いや、なんでもない。気にするなって言ったろ」


「ま、そうだな……」アンファングが肩をすくめた。「どうしてもって言うなら、俺のハーレムに入れてやってもいいぜ?」


「は、ハァ!?」


「アンファング!」


あいつは心外そうな顔をした。「お、おい、俺はただ――」


「俺も入っていいか!?」


なぜか、二人は数秒間、俺をじっと見つめた。まるで俺がとんでもない戯言を口走ったかのように。


「……ヨナス、お前マジで天然かよ……」


「は? なんだよ? お前のチームか何かの名前じゃないのか?」


俺の知らない単語だったか? しまった、何か恥ずかしい意味だったのかもしれない。だが、だとしたらなんでアンファングはアンナを誘ったんだ? ああああ、もうわけがわからん!!


「アンタら……一体どこから来たんだい?」アンナが尋ねた。


お? 出身地を聞かれたのか? へへっ、待ってました! 俺はこの瞬間のために生まれてきたんだ!


指を天に突き上げ、自信満々のキメ顔を作る。

俺のスタイリッシュなポーズ!


「俺の名はヨナス・ソルバーグ! 実は俺の出身地は、異世――」


「うわあああああああ!!!」


アンファングが文字通り俺に飛びかかり、二人もろとも床に転がった。


「お前、頭湧いてんのか!!??」


「はあ!? お前こそなんだよ!! いきなり乗っかってくんじゃねえ! 俺はただ出身地を言おうとしただけだろ――」


「だから、それを言っちゃダメなんだよ、このバカ!!」


「なんでだよ!?」


「なんでって……ぐああああああ!!! お前のその天然、マジでどうにかなんねえのかよ!」


アンナは……アンナはただ黙って見ていた。男二人が取っ組み合い、片方がもう片方を黙らせようとする様を、微かな笑みを浮かべて。


「まったく……」アンファングが立ち上がり、俺も続く。


「こいつが言いたいのは、すっごく遠い場所から来たってことだよ。そう、あまりに遠すぎて、別の世界と呼べるくらいな。俺も似たようなもんでね! ハハ……」


なんで言っちゃダメなのか本気でわからん。俺は彼女を信用してる! 彼女は絶対にいい奴だ。


「いや、俺は――」


アンファングが俺の耳元に口を寄せ、言葉を遮る。


「(このマヌケ、俺に任せろ……いいか、そういうことは誰彼構わず言うもんじゃねえ。特に出会ったばかりの奴にはな)」彼は囁いた。


一理あるかもしれない。だが、こいつ、このセリフを何度も練習してたような気がする。

ていうか、俺もお前と出会ったばっかりだよな!?


「で、具体的には?」アンナが食い下がる。「アタシは地理に詳しいんだ。アンタらの出身国くらい知ってるさ。」


「あ、あー……じ、実は、間違いなく遠い場所でして……俺たちはその、えーっと……密入国者で……俺のほうが少し早く着いたってだけでして」


このバカ、国名すら思いつかないのか! ここに来てまだ5日目だから無理もないか!


「密入国者? つまり犯罪者かい」


「どの口が言ってんだよ!」アンファングがキレた。


「ま、いいさ。助けてくれてありがとよ、本当に。」


ふぅ。話題を変えてくれて助かった。もしかしたら、俺たちが隠し事をしたいのを察して、見返りを求めずに助けてくれたお礼として流してくれたのかもしれない。

……あるいは、俺の考えすぎか?

前者であることを祈ろう。


「外で話そう」アンファングが警告した。「もう結構な数の人間が集まってきてる音がする。それに……あのキツネ娘も回収しないと」


あっ! ホシコ! すっかり忘れてた!! ヤバい、急がないと!


「キツネ娘?」アンナが不思議そうに呟く。


「ああ。たぶん、アンタはあの白髪男のことがもっと嫌いになるぜ」


そして俺たち三人は駆け出した。


口の中に残る、苦い後味を感じながら。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「う、嘘……だろ……」俺は呟いた。


目の前の光景は、あまりに凄惨だった。


あの、人目につかない狭い路地裏。

アンファングが結界で完全に封鎖し、何者も出入りできないようにしていた場所。

ホシコを残してきた場所だ。


「こんにちわ!」


キツネ娘は、いつものように陽気にさえずった。小さなフォクシーがその横にいる。


アンファングが結界を解き、俺たちが中に入ると――


「なんでネズミの死骸が3つも転がってんだよおおお!?」


アンファングが全力で叫んだ。


「あら、これですか?」ホシコは顎に手を当て、ニッコリと笑った。


「フォクシーが侵入者を駆除しましたっ!」


「だ、だあああ――で、でも、そいつら別に脅威じゃ――」


「おい、アンファング……」俺は彼の肩にそっと手を置いた。


「やめろよ、怒鳴るなよ……な?」


彼は頭を抱えて溜息をついた。「わかったよ……」


「獣人……? へぇ、初めて見たよ。こんなところで何してんだい?」


あー……これはアンナに説明するのが難しそうだな……。


俺たちは説明した。彼女が何者か、今の状況、そしてホシコ本人には聞こえないように配慮しながら。

聞き終えたアンナは歯を食いしばり、それから大きく息を吐いた。


「あのピエロ野郎がくたばって、精々したよ……」


「ああ、全くだ。」俺は頷いた。


「あの。」


ホシコはいつの間にか俺の隣に立って、俺のズボンを引っ張っていた。


「これから、どうするんですか? も、もしご迷惑でなければ……」彼女はおずおずと尋ねた。


「うーん、えっと……それはいい質問だ。俺も全く考えてなかったからな!」


俺はアンファングを見た。アンファングはアンナを見た。アンナはホシコを見て――


「あ? アタシが知るわけないだろ!?」


「い、いや、ごめん……」アンナは言い直す。「ま、どのみち、ここでお別れだね。」


そのバカは背を向けた。


「アタシは旅を続けるよ。あの連中を一人残らず見つけ出すためにね。」


そのバカは手を挙げ、小さく手を振りながら歩き出す。


「アンタらがしてくれたこと、絶対忘れないよ。一生ね。じゃあ――」


アンファングが、そのバカの肩に手を置いた。


「おいおい、そんな水臭いこと言うなよ。あいつみたいになるぜ?」


チッ、言うなよ……。


そのバカの頭が、ゆっくりと後ろに跳ね上がった。口と目が少し開いている。


「ど、どういう意味だい?」


「俺たちも付いていくって言ってんだよ。だって――」


ニカっと笑い、アンファングは両手で銃の形を作って彼女に向けた。


「アンタは俺たちの『ダチ』だろ!」


「ダ、ダチぃ!?……会ってからまだ1時間くらいしか経ってないだろ!」


「だから何だよ? 俺たち、別に他にやることもないしな。あてもなくブラブラするよりはマシだろ。」


ああ、こいつは間違いなくバカだ。それも特大の。

俺が友達を見捨てるわけないだろ!


「俺たちが足手まといだとでも? 危険な目に遭うとでも思ってんのか?」俺は尋ねた。「あの化け物を倒したのは俺たちだぜ!」


「わかってるけどさ……! アンタらには何の関係もないだろ。アタシが何のために旅してるのかも知らないくせに――」


「言っただろ。俺たち、本当に他にやることがないんだよ。だったら、友達を助けたっていいじゃんか?」


「……後悔するよ……」


「あー、わかった! 俺がコイツと違って魔法を使えないから、お荷物だって言いたいんだな!?」


「ち、違う! そんなこと言ってない――」


「言っとくけどな……」


俺は胸に手を当て、誇らしげに言った。


「俺にだって能力はあるんだ! こいつと同じで、死から戻――」


「ギャアアアアアア!!!」


アンファングが……また俺に飛びかかってきた。


「お前いい加減にしろよ!? なんでバラそうとしてんだよ! どこの世界にそんな大バカ野郎がいるんだよ!?」


これじゃ、俺を不死身にしてる唯一の能力すら教えられないじゃないか!?

知らないままだと、俺と一緒にいるのは危険だって思われちまうだろ!


「あははははは!!」


ホシコが笑った。


俺とアンファングが床の上でのたうち回って言い争っているのを、ホシコが笑っていた。


彼女は楽しそうだ。とても幸せそうだ。

いいことだよな? でも、なんだか――

あまりにも、楽しすぎないか?

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