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第一章4  『あの男』

クソッ、反対側に行けばいいんだよな!?


俺はこの屋根裏部屋、元来た廊下を全速力で駆けた。俺の腕の中で、狐の少女は俺の目から視線を外さなかった。動きもせず、瞬きもせず、震えもせず、尻尾がわずかに動くだけだ。たぶん、そんな力すら残っていないのだろう。だが、彼女からは明確な恐怖を感じた。


背後では火が急速に広がり、触れるものすべてを飲み込み、いくつかの隙間を開けて日光を通していた。ようやく、すべてがはっきりと見えるようになった。もうカンテラはいらない。


今思えば、乱暴すぎたかもしれない。特にあんなにも怯えている相手に対して。いや、話しても無駄だと分かっていたから、つい――

ああ、もうどうでもいい! 彼女に嫌われようが、二度と口をきいてくれなかろうが構わない。あの下衆の手に渡すよりマシだ!

何か慰めの言葉でもかけるべきか……? いや、何言っても無駄だろう。今は彼女をここから連れ出すことだけに集中しろ!


「し、死……死にたくない……お願い……」


……それを聞いても心は痛まなかった。痛まない! 痛むはずがない!

もう言っただろう! 彼女が気付こうが気付くまいが、俺は彼女を助けるんだ!


俺は左に曲がり、ここに来た道を戻った。

いくつかの部屋を越えた先に、暗い階段が見えた。


あそこが目的地だ!


俺は大股で階段を降りた。この建物は二階建てらしいから、階段は短い。一歩ごとに金属音が近づいてくる。

彼女は一言も発しなかった。


「あーあ、ちょっと退屈だな……見てるだけってのはさ。ポップコーンでもあれば最高なんだけど……いけっ、アンナ!」


……は?


目の前、階段のすぐ下で、反対側を向いた木の椅子に座っている男がいた。

あの男だ。同じ黒髪、同じ焦げ茶色のオーバーコート、俺と同じくらいの歳、死の淵と目覚めた時に現れた、あの男だ。


あまりに自然で、あまりにリラックスして、あまりに退屈そうに。まるでまた月曜日の朝を迎えたかのように。


「誰だお前は!?」


「うおっ!」


驚いた彼は椅子の上で揺れ、転げ落ちそうになった。必死に椅子にしがみついて体勢を立て直し、ため息をついた。


「おい! いきなり脅かすなよ! 心臓発作でも起きたらどうすんだ、マジで!?」


「……誰だって聞いてんだ」


「ああ、起きたのか。すげー精神力だな! まあ生き返った直後だし、ハイになるのも無理ないか?」


「な、何!?」


俺は少女を抱えたまま、目を丸くして再び駆け出した。彼の目の前で立ち止まる。


「答えろ、一体何者なんだ!?」


彼はニヤリと笑った。ホシコの耳を手で塞ぎながら。


「同じ異世界人さ」


……か、彼も……彼も異世界から来たと言ったのか?

お、俺と同じ? 地球から? あ、ああ、服装からして確かに外国人に見える。

で、でもどうやって……どうやって彼は――


「おや?」


彼は少女の耳から手を離し、安心させるような笑みを向けた。


「ごめんごめん、ここのおじさん達のちょっとした秘密話さ。ところで、その子誰? それとも君の名前を教えてくれる?」


彼は彼女に対して、落ち着いた、頼れる、守ってくれる存在に見せようとしたのだと思う。

だが当然、彼女は答えなかった。


俺もだ。俺も黙っていた。二人とも一言も囁かなかった。


俺の睨みだけで、彼は彼女が誰なのか察したようだ。

彼が歯を食いしばる音がした。


「あの野郎……コエリョめ! 上にいた時、どうして気付かなかったんだ!?」


「コエリョ?……」


「ああ、奴の名前だ。あの男の名前さ」


彼は椅子の向いている方向を指差した。そして――


ガキンッ


少女のマチェットが、刃と化した腕とぶつかり合った。双方が切り裂こうとするが、火花が散るだけだ。


「生かしちゃおかないよ!」金髪の眼鏡の少女が叫び、後ろに跳んだ。ナイフの柄を握る右手は爆発しそうなほど強く握りしめられ、もう片方の手も同じように拳を作っていた。


「え? へぇ~、なら精々頑張んな」男は嗜虐的な笑みを浮かべていた。長くボサボサの白髪、髭はない。胸元が大きく開いた紺色のショールを着ている。瞳孔は極端に細いスリット状だ。


待て、バーテンダーはどこだ!?


「こんなことする必要もないんだけどね。まあ美学ってやつさ。ほらよ!」


彼は腕を口元の高さまで上げた。親指を立てるように手を握り、その親指を口に咥える。そして、息を吹き込んだ。

掌が膨張し、巨大化して、彼らの頭上の天井を破壊した。その大きさは彼の体の三倍ほどだ。


「え? 技名どうしよっかな? うーん……『肉体の神:ジャイアント・パンチ』」


彼は掌をアンナに向けて叩きつけた。

人間の目が追えないほどの速さで、手が床を叩く。瓦礫と既に壊れていた壁の破片が一緒に吹き飛んだ。


「え? そんなもん? もうちょい期待してたんだけどねえ――」


彼の手が開いた。

巨大な掌の中央から、まるで開いた傷口のように、血まみれのアンナの体が現れた。


「この人でなし!」彼女は叫んだ。血で汚れた眼鏡越しに、彼女は正面から彼を睨みつけている。


「逃がさないよ!――」


だが、コエリョの手が再生し、アンナを中心にして再び閉じた。


「え? マジで? 逃げらんないのはそっちみたいだけど」


手の再生が加速し、アンナの腹部が内側に歪み、うめき声が口から漏れた。


「く、くそっ……『茨魔法第四階梯:スピナス』!」


彼女はマチェットを天井へ投げた。再び、棘が降り注ぐ。


そして気付けば、彼女の手には既に別のマチェットが握られていた。


「え? ずっとそこにいるつもりかい、お嬢ちゃん? ほら、ボクは全然平気だけどね!」


男の髪が硬質な表面へと変化した。金属のように硬く、棘の貫通から彼を守る。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


椅子に座った男は、ただポカンと口を開けていた。


「うおっ! 見た今の!? 手が風船みたいに膨らんだんだけど!」


「コエリョ?」と俺は聞いた。「誰だそいつ? 見たことない顔だぞ」


「ああ、あれがバーテンダーさ。君の背中を刺したあの爺さんだよ」


一瞬、俺は凍りついた。バーテンダーの顔を少しの間見つめたが、瞬きひとつできなかった。完全に別人だ。若く、筋肉質で、二人の間に似ている点なんて一つもない。


「ど、同一人物なのか?」


「ああ。コエリョは体の一部を何にでも変えられる『神』を持ってるんだ。だからあの爺さんに化けてたのさ。本当はあんな……化物なんだよ」


神?

ああ、彼が戦っている時に「肉体の神」と言うのを聞いた。だがどういう意味だ? 神は本当に存在するのか? 俺はずっと信じてきたが、ほら、経験的な証明なしに100%確信するのは不可能だろ。

俺がここにいる理由と関係があるのか?


だが、彼は俺に反応する時間を与えなかった。伏し目がちに、俺の腕の中の少女をちらりと見た。


「狐の獣人はこの世界じゃ超貴重なんだよ。君がどこかに監禁されてた彼女を見つけたんだとしたら、俺の推測通り、奴は闇市か何かで売り飛ばすつもりだったんだろうな。変装してここでやってたのはそういうことだろうさ、珍しい種族を見つけて売るっていうね」


理解した。腑に落ちた……。俺が最初に信頼した人間は、変装した嘘つきの人殺しだったんだ。

……なんて悲しい。だがそれ以上に悲しいのは、彼が彼女にしたこと、そして俺が現れるほどの幸運に恵まれなかった多くの人たちにしたことだ……。


安らかになんて眠らせてやるもんか!


俺は彼にコエリョについて山ほど質問した。一つ一つが前回より辛く、悲しい内容だった。

要約すると、コエリョは「神の騎士団」の一員で、彼も詳しくは知らないらしいが、どうやら街を支配しようとしているとか何とか。


「へへ、本当にここのこと何にも知らないんだな?」


「この街に着いたのは数時間前だ」


「俺だってまだ五日目くらいだし、大して知らないよ。わりぃ」


「ふむ、なら――」


「待て!」


彼は顔を上げた。他の感覚を研ぎ澄ますように、目を細める。


「上で何か聞こえる……木のきしむ音か? 変だな、俺は一度も――」


「ああそうだ、二階の床に火をつけたんだ」


……沈黙。

……沈黙。

……沈黙――


「マジかよ!?」


彼は椅子から転げ落ち、頭を押さえてうずくまった。


「頭大丈夫か!? なんでそんなことすんだよ――」


言葉が止まった。口が凍りついた。

彼の視線が、俺の腕の中の狐の少女に固定された。

再び、俺が何も言う必要もなく、彼は微かに笑った。


「なあ、名前は?」


「俺か? ヨナス……ヨナス・ソルバーグだ」


彼は頷いた。そして立ち上がった。両手を腰に当て、満面の笑みを浮かべ、自信たっぷりに。


「俺はアンファング・バウムガルトナー! よろしくな、同郷のよしみってやつだ!」


いい奴そうだ。


「その名前……ドイツ人――」


「いや、オーストリア人。全然違うから! 君は……デンマーク系――」


「ノルウェー人だ」


彼の顔に明らかな失望が浮かんだ。


「おいおい、そこで言っちゃうか普通。俺が当てる流れだったろ……」


なんて理不尽な!


それでも、いい奴だ……。あのバーテンダーと同じなわけがない!


ガキンッ


「ふむ、あいつらの戦い終わんねーな。まあ俺らの状況は変わらんけど――」


「危ない!」俺は叫び、彼を頭上から落ちてきた木材から引き離した。


彼は床を転がり、仰向けになって止まった。驚いた顔で俺を見て、それから最高の笑顔を見せた。


「サンキュー!」


「どういたしまして!」


天井が崩れ落ちてきている。一秒ごとに二階の瓦礫が俺たちの道を塞いでいく。


そして火が走ってきた。ついに階段に現れ、降りてくる。体が自然と熱くなる。まるで地獄が近づいてくるようだ。

俺は炎とは逆の方向に少女を向けた。


「ヨナス! ここから出るぞ!」


彼は俺の背後を指差し、膝に手を置いて立ち上がった。


「壁に穴がある! 急げ、あそこから脱出だ!」


「あ、ああ、そのつもりだったんだが、お前を見つけたせいで時間を無駄にして――」


「俺のせいにすんなよ!」


まあ一理ある……。


俺は壁の穴に向かって駆け出した。数歩遅れてアンファングも続く。


だが、何かが引っかかる……。


「おいアンファング、お前は仲間の手助けに残らなくていいのか!?」


「仲間? 知らねーよあんな女! 俺はただ、街を完全に迷子状態で歩いてる……派手な服の君を見かけたから、ついてきただけさ。ほら、異世界だし。そしたら気付けば有名な盗賊と神の騎士が戦ってたってわけ。だから論理的に、君を待ちながら映画みたいに観戦を決め込んでたのさ!」


こいつ……本当にのん気な奴だな、おい。


だが……いや、これじゃダメだ。逃げるわけにはいかない。


俺は足を止めた。彼もすぐに続いた。


「どうしたんだよ!?」彼が呟く。


「アンファング……逃げたいなら行け。でも俺は無理だ。返さなきゃいけない借りがある!」


俺は腕を前に出し、まるで子供を彼に託すような仕草をした。


「よかったら、彼女を連れて逃げてくれ。でも俺はダメだ。あの女の子を助けなきゃいけない! あの怪物を守るために彼女を倒そうとしたなんて罪悪感、抱えて生きていけない!」


アンファングは完全に固まっていた。無意識に数歩後ずさる。


「おいおいマジかよ!? いやまあ、あの子を助けなきゃいけないのは分かるけどさ。それに、悪く取らないでほしいんだけど、君がいても足手まといになるだけじゃね?」


「だから言ったんだ、彼女を連れて行けって。囮にでもなって、何かして、謝ってくる」


アンファングはため息をついた。


「あーあ……でもそれ以前に、俺に一体何ができるってんだよ!? 特殊能力なんて何もないんだぞ、死んでも生き返る、ってことくらいかな」


……は?

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