第一章3 『俺はこの世界が憎い』
「おっはー!」
俺は……え?
「ハッ!?」
俺は……目覚めた? でも俺は……死んだはずじゃ? 待てよ……はあ? ここはどこだ――
「調子どーよ?」
隣に誰かいる? 男か?
一体ここはどこなんだ――
「いやー、君をここに運んで帰ろうとしてたんだけどさ。こんなに早く目覚めるとは思わなかったよ。チッ、君とは話したいことが山ほどあるんだがね。悪い、すぐ戻るよ! あと、えーっと……」
彼は両手の親指を立てた。
「そう、君死んじゃったんだよね。」
いや、待て!――
……行ってしまった。
周囲を見渡す。部屋の中か? ベッドの上だ。小さなベッド、白いシーツ。
でも俺は死んだんだぞ!
腹を刺されたのは確かなんだ!
……腹には何もない。
ガキンッ
服も無傷だ。血の染みひとつなく、破れてもいない。
足も……同じだ。穴もなければ布の裂け目もなく、完璧に動く。四方八方に動かせるし、曲げることもできる。
何もない? でも確かに貫かれたはずじゃ――
あ……足の、棘が刺さった場所に傷跡がある。だがあっという間に完治している。端から端へと走る傷跡。まるで随分昔からあったかのように。
そうだ! 腹じゃなくて背中を刺されたんだ!
ああ……手で触れると背中にも傷跡がある。こっちは――チッ。
俺は起き上がり、鏡の方へ走った。コートをまくり上げ、背中を向ける。そこにあった、感触の正体が。
足の傷より小さいが、深い。
フードさえ元の位置にあり、何事もなかったかのようだ。まるで、これらの傷跡がただそこに出現したかのように。
だが有り得ない! つまり何か、俺は眠って起きただけなのか!? だったら傷跡がこんなに古くなっているはずがない! 少なくとも一ヶ月はかかるはずだ!
本当に昏睡状態だったのか? でも確実に死んだはずだ……全ての機能が停止するのを感じて、突然ここに現れたんだぞ? 俺にとっては一瞬の出来事だった。それに――
「ガハッッ!!!」
不意の衝撃と共に横を向き、不快な物質が口から床へと溢れ出た。嘔吐だ。
大量に吐き出し、吐き気と頭痛が襲ってくる。
数分後、ようやく収まった。酸で喉が焼けるような痛みに襲われながら、俺は激しく息を切らして頭を抱えた。
俺は……死んだのか? あの男はそう言った。
い、いや、あり得ない……。で、でも雪の中でも以前同じことが起きた。あの男は誰だ? 一体何を知っているんだ?
だが正直なところ、死そのものよりも痛むことがある。
誰が俺を殺したか、だ。
あのバーテンダー……酒をくれ、話を聞いてくれた……そして俺を殺した。唯一の親切な男が俺を殺したのなら、誰を信じればいい? ここにいる全員が怪物なのか? ここは地獄の一種なのか? 多分そうなんだろう。俺は死んで地獄に落ちたんだ。そんな報いを受ける覚えはないが。
クソッ! 答えを得るまでは死ねるか!
ガキンッ
待て、自分の体に集中しすぎて気付かなかった。部屋の外から、金属音が聞こえる。金属と金属がぶつかり合う音――
悲鳴だ! 苦痛の叫び!
誰かが戦っているのか? もしかしてさっきの男が――
あの男、真っ直ぐな黒髪、焦げ茶色のオーバーコート、黒いタートルネック、あの余裕のある笑み……彼だった。俺が死ぬと思った時に見た男と同じだ。彼が俺を生き返らせたとか?
彼は俺が……ああっ!?
ウォオオオオオ!!!! 奴が何者か突き止めてやる、クソッ!
部屋の装飾や棚、キャビネットなど目に入らないまま、俺は飛び出した。秒速百歩の勢いだ。部屋の外には、薄暗い黄色い壁の廊下があった。
廊下? 当然だ、部屋の外には廊下がある――待て、ここは酒場だ! つまり俺はまだ同じ場所にいる、それならあまり時間は経っていないはずだ――
ガキンッ、ガキンッ
クソ! そんなことはどうでもいい。
一体何が起きているのか突き止めなきゃならない。何より、あの男が何者なのかを!
俺は左へ走った。角を曲がると、目の前に現れたのは……虚無?
いや、真っ暗闇だ。何も見えない。
廊下にはいくつかカンテラがあったが、ここには何もない。わずかに見えるのは床の茶色、木材が廊下の光で照らされている部分だけ。それだけだ。
そして、ここに一歩踏み出しただけで、厚着をしていても寒さを感じる。
待てよ……もしかしてここは……死後の世界か?
俺は死んだんだよな? 治った傷跡……これは――
ガキンッ
いや待て、音は下から聞こえてくる。奴らだ。なら、ここはただの二階か、屋根裏部屋に違いない。
ああ、きっとそうだ。あの男が俺を休ませるためにここに置いたんだ。
なら下に降りる道を探さないと。でもどうやって――
「も、もしもし?……もういらしたんですか? す、すみません、邪魔をするつもりは……ごめんなさい」
その声――弱々しく、魂が抜けたような、女の声。闇のずっと奥深くから、震えながら聞こえてくる。叫ぼうとすれば消えてしまいそうな声。
囁き声に近い。これほど絶望に満ちた声は聞いたことがない。
「こっちが聞きたいんだ! 誰かいるのか!?」俺は叫んだ。
「わ、私……貴方様は、彼ですか?」
少女のような声だ。口調からしてかなり幼い。
こんなところで何をしているんだ? 彼?……彼女が言っているのは――
クソッ!
「ちょっと待ってろ!」
俺は廊下へ駆け戻った。カンテラの下に立ち、白いコートを脱ぐ。
実のところ、これらは家の近所にあるような電灯じゃない。四枚のガラス板と教会の形をした見事な装飾で守られた、油を使ったランプだ。カンテラと呼ばれている。
ああ……歴史は大好きだ……。
く、クソッ、今はそんな場合じゃない!
要は、カンテラの上部は熱くて取っ手がない。だから火傷しないように、手とカンテラの間に保護が必要なんだ。
よし! これで俺は長袖の黒いTシャツ一枚になった。ここは本当に寒い……。
「おーい? どこだ?」
コートで包んだカンテラを持ち、隅々まで照らしながら大声で呼びかける。だが光は弱い。目の前を照らすのが精一杯だ。見えるのはほとんど木の床だけ。この屋根裏部屋は無限に続いているように思える。
下からは、戦闘の音が響き続けている。だが無視だ――俺には別の優先事項がある。
「おい! 聞こえるか!?」
別の優先事項……。
今にして思えば、彼女の声を聞いてからというもの、何が起きたか忘れていた。
俺が死んだこと。
なぜだ? 危険に晒されているかもしれない見ず知らぬ他人を救うためか? あの男のことさえ忘れていた。これが罠だったらどうする!? 考えてみれば、その可能性は高い。自分を殺そうとした奴の家の地下で、助けを求めて泣いている少女を見つけるなんて、普通じゃない。
だが、どうでもいい。
俺は彼女を助ける。
俺は彼女を救うんだ。
たとえまた死ぬことになったとしても。
……なんで俺はこうなんだ?
そう考えた矢先、足元で小動物が動いた。小さすぎてほとんど見えない。黒すぎて闇の中ではほぼ不可視だ。
それでも、俺は見た。それでも、俺はその虫を捉えることができた。
「……あ、蟻?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ヨナス! 何をしてるの?」彼女が鋭く言った。
「え? 何って? 退屈だったから蟻を殺してたんだよ」と幼い少年は言った。
「なんでそんなことするの、ヨナス!? そんなの間違ってるわ!」
「チッ、なんだよ、たかが蟻じゃないか。復讐しに来るわけでもないし」
「そういう問題じゃないの……このお馬鹿さん」
彼女はしゃがみ込んだ。
「悪いことをすれば、悪いことが返ってくる。良いことをすれば、返ってくるのは……?」
「……良いこと?」
「正解! それがカルマ、宇宙の法則よ」
「へー、宇宙の法則なんだ? 神様が作ったとか?」
「もちろん! すべてそうやって動いてるの。歩いたり水を飲んだりするのと同じくらい当たり前のことよ」
「あーーーー、くだらないよ、#$&。たかが庭の蟻数匹じゃないか」
「そう? いいわよ、じゃあ行って」
「……うん」
少年は背を向け、数歩横に歩き出した。
だが、すぐに転んだ。
「は?」
「言ったでしょ~」
「足を引っ掛けたな!」
彼女は笑った。
俺は笑った。
俺たちは笑った。
俺たちは……
俺たち!?
「がぁああああああっ!!!」
俺は床に倒れ込み、カンテラを横に落とした。
魂の底から絶叫が迸る。
「お、俺の記憶から出て行け、クソッ! 出て行け、出て行け!!」
クソ……誰なんだ、お前は……? お前なんて存在しない……存在したことなんてない!
それに、馬鹿げてる……見返りを期待してやるなんて、それは善行じゃない……。
チッ、しっかりしろ……。
ただ呼吸をして、そして――
「笑え!」
「な、何事ですか!? お、大きな音が……き、今日が私の最期なんですか!?」少女が叫んだ。
あ、あぁ、大声を出してしまった……。随分と近くなったな。
すぐそこ、右側だ。
そこにいる――
……な、なんだ。
「あ、貴方様は……」彼女は濡れた瞳で俺を見つめながら言った。「に、人間さんですか?」
……なんてことだ。
彼女は人間じゃない。頭には大きな毛皮の耳がある。青白い顔、エメラルド色の瞳からは恐怖の涙が止めどなく溢れている。ボサボサの、夕日のようなオレンジ色の髪。
汚れて乱れた白いドレス一枚しか着ていない。裸足だ。ふさふさした尻尾が、足の間で震えている。
本当に小さい。丸い顔……子供だ。
獣人? 狐か?……そんなことどうでもいい。子供になんて酷い真似をさせやがるんだ!?
ここではこれが普通なのか?
俺はこの世界が憎い。
「聞くのも悪いんだが、お嬢ちゃん、君は――」
「き、来ないでください! わ、私、貴方様と話す許可なんて、誰とも話す許可なんて……つ、次は私が……」
彼女は横を見た。俺の目もそれを追う。
そこには……そこの床板は黒ずんでいて、かつてそこに座っていた誰かの輪郭を形作っていた。
な、なんだこれは……チッ!
俺は咄嗟に明かりをその場所から逸らした。彼女に見せないように。
彼女は視線を俺の目に戻した。恐怖に満ちた目で、壁に体を押し付けている。
「ほ、他の人たちに何があったのか知りません、た、ただ私が最後の一人だってことだけ……か、彼が言いました、も、もし余計な真似をしたら、ち、ちょっとでも変なことをしたら……こ、殺すって……し、死にたくない……だ、だからお願い、ほっといて……それとも貴方様も私を買いたいんですか。で、でも私をここから連れ出すなんて無理ですよ、彼が私を閉じ込める魔法の結界を張りましたから……だ、だから諦めて、お願いです……」
……かける言葉も見つからない。
あのバーテンダー……あいつ――
どうしてあんな奴を信じてしまったんだ? あの悪魔を!
だが、やるべきことは分かっている。
「お嬢ちゃん……名前を教えてくれ――」
「い、言えません!」
「言うんだ!」俺は彼女より大きな声を出した。
「ほ、星子……」
こういう時、希望を失って拒絶する相手に対して、やるべきことは一つだ……。
自分を指差し、顔に笑みを浮かべ、そして――
「俺の名はヨナス・ソルバーグ! 君を救う男だ!」
自信を見せろ!!!
「あ、あぅ?」
彼女の口が、目と一緒にわずかに開いた。一瞬、固まったように。
「手を貸せ」
彼女は手を伸ばさなかった。だから俺が掴んだ。
汚れなんてどうでもいい、彼女が誰かなんて関係ない。何があってもこの小さな女の子を助けるんだ!
俺はコートからカンテラを外し、コートを肩にかけた。
そして、カンテラを遠くへ放り投げた。
床に激突する。ガラスが砕け、油に火がついた。
ゴウウウ
火災が発生した。
「行くぞ!」




