第一章2 『こんな終わり方じゃ、だめだ……』
俺と同じくらいの年の女だった。身長も体格も平均的。後ろで束ねた金髪、丸い眼鏡、目立つ前歯、そして深い隈。彼女は薄ら笑いを浮かべていた。
白いレギンス、紺色のセーターの上に黒いカーディガン。手にはナイフが握られ、そこから赤い液体が滴り落ちている。
彼女の声は、極めて傲慢に聞こえたが、さほど脅威には感じられなかった。線が細すぎるからだ。
それより重要なのは、白昼堂々強盗だと!?
逃げる時に人混みに紛れるためか? それとも警官が少ないと思ったのか? だとしたら大間違いだ!
今日はたぶん特別な日だ――衛兵だって多いはずだ。
どちらにせよ、まずい状況だ。
彼女はナイフ――いや、マチェットか?――を手にしている。血が滴っている。
プロの殺し屋か何かなのか?
あの液体を見て、背筋に悪寒が走った。
「おい、アンタ!」
彼女は俺にナイフを向けた。
「失せな! 用があるのはその爺さんだけさ」
「あ、ああ、分かった……」
俺はゆっくりとした足取りで横に退いた。後ずさりしながら、視線は彼女の顔に固定したまま。
バーテンダーが唾を飲み込み、俺を見た。だが、その顔に失望の色はない。
彼は俺の状況を理解してくれている。これは俺の問題じゃない。自分に関係のないことに首を突っ込むべきじゃないんだ。
責められるわけないだろ!? 俺は知らない世界に来たばかりの一般人なんだ。
あの爺さんのことだって、ほとんど知らないし。
「よし」
彼女は踏み出した。急ぎの用事があるかのように、足取りは速い。
彼女はカウンターの前、さっきまで俺が立っていた場所で止まった。
顔から笑みが消え、目は細められ、額には汗ひとつない。ナイフがしっかりと突きつけられる。
「どこから始めようかい……」
彼女は血塗られたナイフを男の首へと伸ばした。
刃の腹を哀れな紳士の肌に這わせ、切り裂くと脅している。
そして、その哀れな紳士はただ震えていた。急な動きをすれば命取りになると分かっているのだ。言葉一つにも細心の注意を払わなければならない。
「ど、どうしたんだい、お嬢ちゃん?――」
「しらばっくれんじゃないよ! アタシが何用か分かってんだろ。さっさと――」
「くらえっ!!」
椅子が彼女の顔面に飛んだ。
まともに直撃した。
反応する暇もなかっただろう。彼女は首を巡らせる間もなく床に倒れ、何かを呟いている。
言うまでもなく、やったのは俺だ。
「この世界で唯一親切にしてくれた人を、傷つけさせてたまるかよ!」
俺は紛れもない本心を言った。
世界でただ一人の善人を傷つけるなんて許さない!
「あ、アンタ……」
彼女は椅子を払いのけ、床に落としたナイフを拾い上げ、眼鏡をかけ直した。
「一体アンタ何者だい!?」
「フン。よくぞ聞いてくれた!」
俺は不敵に笑った。天に指を突き出し、自信満々な顔を作る。
かなりスタイリッシュなポーズだろ?
「俺の名はヨナス・ソルバーグ! 貴様を倒す異世界人だ!」
「倒す? どういう意味だい?」
「あ……えーっと、爺さんを助けるってことだ! バーテンダーを救うって意味だよ!」
まあ、ナイフを持った女くらいなら勝てるはずだ、そうだろ?
「ジョナス?……」
「あー、実際の発音は『J』じゃなくて『Y』でヨナスなんだけど――」
「アンタ、『神の騎士団』の回し者かい? この野郎!」
素早い動きと共に、ナイフが彼女の手から天井へと飛んだ。
そこに突き刺さる。
『茨魔法第四階梯:スピナス』
天井が変形した。ゆっくりと、無数の鋭い棘がそこを埋め尽くしていく。
そして、降り注いだ。
「クソッ!」
俺はテーブルの下に飛び込み、身を隠した。
棘の雨が到達する。
ドスッ、ドスッ!だが、俺を守る木の板に突き刺さって止まった。
こ、これ魔法か!? この世界、魔法あんのかよ!? うわ、なんだこれ――ヤバい、棘がテーブルを貫通してくる!
次から次へと!
このままじゃテーブルが壊れる――
そして、その通りになった。
バキッ!
棘が俺の盾を破壊した。
その真下には俺の体が――
あったはずだが、もうそこにはいない。
俺は飛び出し、全力でカウンターの方へ向かった。
ああ、よかった――バーテンダーはいない。うまく隠れたんだな――ぐああっ!
ザクッ!棘が俺の足を貫いた。
ク、クソッ! 急がないと!
俺はカウンターを飛び越え、その下に隠れた。
こ、ここの方が隠れるにはずっといい。頑丈だ……。
あ、足が、ううっ、痛え……。棘は消えたが、足には血の穴が空いている。
どうすればいいか分からない。立てないし、それに――
待て。棘が止まった?
「少年」
あ? 呼ばれた? い、いや、爺さんを呼んだのか?
用心するに越したことはない。
「な、何だ?」
「アンタ、神の騎士団じゃないね?」
「……何のことかさっぱり分からない」
「だろうね。奴らの騎士道に反してる――逃げも隠れもしないのが奴らさ。なら、アンタに用はないよ」
は? そんな単純なのか? 神の騎士団? 組織の名前か?
待て、これはブラフかもしれない!
「うるさい! 俺は馬鹿じゃないぞ。そんな見え透いた嘘、信じるもんか!」
「マジだって。アンタには興味ないよ」
「俺はここを動かないぞ!」
「いいよ、勝手にしな。アタシはあの爺さんさえ見つかりゃいいんだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は立ち上がった。
「世界一親切な人を、そんな風に言うな!」
立ち上がったのは一瞬にも満たなかった。すぐに俺の胸がカウンターに倒れ込んだ。
それでも力を振り絞り、彼女を指差す。震える視線。
「そ、その人に手を出してみろ、ただじゃおかないぞ――」
「アンタはあの男を知らないんだよ!」
あ、あぐ……。お、俺の腹……待て、腹が刺されてる?
ち、血が出てる……赤く滲んでいく。
ナイフ? だ、誰かが後ろから俺を刺した――
「可愛げのある少年だったよ」
彼だ? バーテンダーか?
い、いや……違う。違う違う違う違う……。
彼が笑ってる? な、なぜだ? 俺はてっきり……彼だけは善人だと――
「がはっ!」
彼が俺の体からナイフを引き抜くと同時に、血を吐き出した。
ち、血が、見たこともないような色で俺の服を染めていく。
「テメェッ!!」
そう叫ぶと、少女は男に向かって飛びかかった。
も、もう振り返る力もない。だが、金属がぶつかり合う音が聞こえる。
キンッ、ガキンッ。
その音がゆっくりと遠のき、耳鳴りへと変わっていく。
視界が歪む。な、何もかもが曇っていく……。故郷の美しい雪の日のように。
待て、俺が見ているのは――雪だ。霧じゃない。森だ。
これは過去の記憶か?
ほら、死の間際には走馬灯を見るとか言うし。
ああ、つまり俺は死ぬのか。
面白いな、もう痛みさえ感じない。ただ奇妙に心地よい冷たさだけがある。ハハ、要するにいつもの俺の人生ってことか。
でも、死にたくなかったな。今はまだ。こんなに若くして。見知らぬ世界に来た直後に死ぬなんて。
ただ薪を割りたかっただけなのに……。それって高望みか?
不公平だ……こんなのあんまりだ。
あの時死んだのか? じゃあこれは二度目?
何も分からない。
ドサッ……俺の体が地面に落ちた。悪い、本当に床なのか、それとも心の中の雪の上なのか、もう区別がつかない。
でも、確かに硬い地面に体がぶつかるのを感じた。まただ。
これで終わりだと思う。
あ、ああ、待て……誰かいる。男か? よく見えない。ええと、黒髪? そんな知り合いはいないはずだ。
雪の中にいるのか? いや、ドアがある? 酒場のドアか?
彼は穏やかに微笑んでいる?
神様か? ……いや、普通の人間のように見える。
「よう、君」
か、彼が俺を指差した? 目はもうほとんど閉じているのに、どうやって見ろと言うんだ?
それに耳だってほとんど聞こえないのに、どうやって聞けと言うんだ?
「異世界から来たの?」
あ、あぁ? ……マジか? 今になってその言葉を聞くのか?
だが、もう手遅れだ。
意思とは無関係に、目が閉じていく。
何もない。
見えない。
聞こえない。
感じない。
そして、心臓が止まった。




