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第九話 なにもわからなくなる

「やっと次の街につきましたね」

「ここではなにもねえといいがな」

「どうでしょう」

 そんな会話をしながら見知らぬ街の道を歩いていた矢先だ。

「すみません!」

 突然目の前に現れた少女が、慌ててファウストの背後に隠れる。

「いないって言ってください…!」

 少女が小声で言った矢先、目の前にその少女を追いかけてきたのだろう二人の男女が走ってきた。

「あの、ここに女の子が来ませんでしたか?」

 そう聞かれ、一瞬ファウストとクリスは目を合わせると、

「いいえ、見てませんね」

 と答えた。

「そうですか…」

 二人は落胆すると、焦った様子で探しに走って行った。

 二人の姿が見えなくなったのを確認して、

「行っちゃいましたよ」

 とクリスはファウストの背後に隠れている少女に言う。

「あ、あちがとうございます…」

 少女は安堵した様子で息を吐いた。

 そちらに向き直って、ファウストは「家出少女か」と呟く。

 先ほどの男女と、目の前の少女は似ている。あの二人はこの少女の両親だろう。

「あなたたちは、旅人ですか?」

「ええ、善良な旅人です」

「善良な、は嘘だろ」

「黙っててくださいフォス」

 わらにもすがるような表情で聞かれ、答えた二人に少女は言う。

「お願いします! わたしをここから連れ出してください!」

 その言葉に、ファウストとクリスは顔を見合わせた。




 少女はアリシアと名乗った。

 その日の宿として訪れた宿屋の部屋、クリスは寝台に腰掛けたアリシアに、

「どうしてここから出たいんですか?」

 と尋ねた。

「…ここに、いたくなくて」

「ここ?」

「家に…」

「そうですか」

 あっさり納得してみせたクリスにアリシアが目を瞬く。

 クリスは部屋の外に出ると、隣の部屋の扉にもたれかかっていたファウストに笑いかけた。

「今日はお部屋一緒じゃないですね」

「普通の女はこんな男との相部屋は嫌がるんだよ」

「すみません。普通ではなくて」

「…なんで引き受けた」

 いつもは同じ部屋だが、今日はアリシアがいるため別室だ。

 怪訝なファウストの問いに、クリスは首をかしげた。

「はい?」

「一銭にもならねえ依頼だぞ」

「まあそうなんですが。………変ですよね」

「あ?」

 少しの間の後、クリスは笑って零した。

「彼女は家にいたくないと言うのも後ろめたそうだった。

 昔から、子殺しより親殺しのほうが罪深いと言われる。

 親が嫌いだと言うと、悪い子になる。

 子どもを嫌いな親なんて、たくさんいるのに」

「……それが動機か?」

 眉間の皺を深くして、ファウストは尋ねる。

 手を伸ばし、

「ここに、」

 クリスの胸に指を押し当てて。

「同じ傷があるからか」

「そんな傷があればよかったんですけどねえ」

 クリスは困ったように微笑んだ。

「私は、人の心がない怪物らしくて。

 本当はちっとも、あの子やフォスの気持ちがわからないんですよ」

「チッ。珍しくしおらしいこと言ってんな。調子が狂う」

「すみません」

 大して悪いとも思ってなさそうな顔で謝ったクリスに、ファウストは頭を掻くと手を伸ばし、クリスの後ろ頭を抱いて引きよせる。

 触れた唇は少しだけ冷たい感触だった。

「駄賃にもらっとく。理由、探ってくりゃいいんだろ」

「よくおわかりで」

 そのまま背を向けて歩いて行ったファウストを見送って、クリスは自分の唇をなぞる。

「駄賃になるんですねえ」

 そう、意外そうに呟いて。




 街中を歩きながら、ファウストは「なぜ駄賃などと言ってしまったのか」と考えてはいた。そのまま頭を抱える。なんか、すごく恥ずかしいことを言ったような気が。

「あの、…大丈夫ですか?」

 不意にその挙動の不審さを心配した住人に尋ねられ、ファウストはすぐ身を起こすと相手を振り返る。

「おい」

「ヒッ」

 低く声をかけたら相手が悲鳴を上げた。

 面倒くせえ、と思う。クリスなら全くびびらないのに。

「アリシアの知り合いだ」

「あ、ああ、アリシアちゃんの」

「あいつ、最近なんかあったのか?」

「ああ、結婚が決まったんですよ」

 相手の男が答えた内容に、ファウストは眉を寄せる。

「結婚? まだガキだろ?」

「それが領主様に見初められて、親も大喜びで」

「ふうん、なるほどな」

 領主など、若いはずはない。少なくとも十代の娘を嫁がせる先ではない。

 また貴族である領主が、街娘を本妻にするはずがない。

 これが理由か。

 そのまま宿屋に戻ると、クリスとアリシアが泊まっている部屋の扉を開く。

「クリス」

 自然に名を呼んで、応答がないことに気づく。

 アリシアはいない。

「おい、クリス」

 名を呼ぶが返答はない。クリスの姿はベッドの上にあって、瞼を閉じて動かないままだ。

 眠ってる?

 殺意もなにも感じない、無防備な気配。

 おそるおそる手を伸ばした。真っ白く細い首に指をかける。

 触れても、毒に蝕まれない。

 このまま指に力を込めれば、こいつから離れられる。

 こいつから逃げられる。


(本当に?)


 こいつは、俺を「フォス」と呼んだ。

 ファウストと呼ばれるのを嫌っているのを知って、ファウストなら愛称は別のものだろうに、ファウストとは響きの違う愛称をつけた。


『綺麗な名前じゃないですか。

「始まりの一人」って意味ですよ』


『今のあなたの名前を、呼んでくれる大切なひとはいるんですか?

 名前なんて、大切なひとが呼んでくれなきゃ意味ないんですよ』


『昔から、子殺しより親殺しのほうが罪深いと言われる。

 親が嫌いだと言うと、悪い子になる。

 子どもを嫌いな親なんて、たくさんいるのに』


 よみがえるのはいつも、胸に残ったその言葉たちで。

 殺したら、きっと楽になる。

 でも、今胸を締め付ける痛みも、時折感じるくすぐったさも、不可解な感情も、きっと全部わからなくなる。一生。

 そっと手を離した、矢先に瞼が開いて、クリスが身を起こす。

「意外でした」

 そう、意外でもなさそうに呟いた。

「お前、」

「殺されるかと思いましたよ」

「…わざと寝たふりしてたのかよ」

「そうだって言ったらどうします?」

 自分でも驚くような低い声が出た。そのまま持ち上げた手で彼女の頬を張る。

 大した力もこもっていない。


「やっぱり、てめえなんか殺せばよかった」


 そう吐いた声は、どこか傷ついた響きになった。


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