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第二十話 こころ・後編

「おい、クリス」

 不意に頭上で声がして、まぶたを開けたら視界いっぱいにその顔があったからびっくりしてしまう。

「うわっ」

 驚いて飛び起きたクリスの頭を避けてから、ファウストは目を瞬く。

「すげえリアクション」

「い、いえ、すみません。びっくりして」

 今は、どうやら朝らしい。目が覚めたら間近にファウストの顔があったので本当に驚いた。

「お前がそんな反応したの、本当にレアだな」

 しみじみと呟いて、それから可笑しくなったのかファウストはくつくつと笑い出す。

「ちょっと笑わないでください」

「だって、あのクリスが、最近面白い反応ばっかり。

 なんつーか、人間っぽくなってきたよな。お前」

「…人間みたいじゃなかったですか。今まで」

「まあな」

 はっきり頷いて、ファウストは言い切る。

「本当に、悪魔みたいな奴だと思ってたぜ」

「そうですか…」

 その言葉は、今まで何人もの人間に言われたはずなのに。

 どうしてだろう。胸が締め付けられる。

「でもま、そういうお前じゃなかったら、俺はついてきてないんだろ」

「え」

「悪い意味じゃねえよ。

 そういうお前だったから、俺はお前と出会って一緒に旅してきた。

 だから、ああいうお前も多分俺は好きなんだろうさ」

 さらりと、柔らかな笑顔で言われて心臓が高鳴る。弾むように。

「そ、う、なんですか?」

「ああ。お前に嘘吐いてどうする」

「そう、ですよね。フォスは、私に嘘は吐かないから。

 …よかった」

 ファウストの言葉に嘘はない。わかって、安心して嬉しくなった。

「そのくらいには、俺のこと信用してくれてんだな」

「信用してますよ。そりゃあ」

「そうかよ。…顔色、戻って来たな」

「え? 顔色?」

 ファウストが不意にクリスの顔をのぞき込んで安堵したように言う。

「さっきお前、うなされてたんだよ。だから起こしたんだろ」

「あ、そうなんですか。それはありがとうございます…」

「でも意外だな。お前がうなされてるとこなんて初めて見たぜ」

「そう、ですね」

 忘れてしまったけれど、多分なにか悪夢を見た気がする。

「変ですね」

「なにがだ?」

「私、悪夢なんて見たことなかったのに」

「昔から?」

 意外そうなファウストの声に、少し考える。

 おそらく一般的に嫌な夢なら、見たことはあったのだろう。

「ええ。いえ、それが悪夢にならなかった、が正しいんでしょうか。

 私、怖いものがなかったので」

「じゃあなおさらよかったな。怖いものが出来たんだ。

 ま、お前はいくらおっかなくても恐ろしくても、最初からちゃんと人間だったけどよ」


『お前は心が凍ってる』


 兄はそう言った。

 最初から人間だったと、あなただけが言う。あなただけが、いつだって。




「落石?」

「ああ、この街を出て少し行ったところの道で」

「次の街に行く道はほかには?」

「あるにはあるけど、山の中だからおすすめしない。

 危険な毒虫がいるんだ」

「…ふうん」

 その日の朝食後、宿屋のフロントでスタッフからそう聞いてファウストとクリスは顔を見合わせる。

「どうする? クリス」

「虫は厄介ですから、落石を退かすまで待ちましょう。

 獣ならどうにでもなりますが」

「そういや、お前の力って虫には使えんの?」

「使えないことはないですけど、標的を定めるのが大変なんですよ。

 私の力って、標的を捕捉していないと使えませんから」

「ああ、なるほどな…。

 じゃあしばらくここで待機だな」

 今回は仕方ない。そう考えたクリスに、ファウストは普段と変わらない顔で頷いたクリスの手を取る。

「じゃあちょっと来い」

「え」

 そうして連れて来られたのは二人が泊まっている部屋だ。

 寝台の上に座ったファウストに抱きしめられて、クリスはひたすら戸惑う。

「あの、フォス」

「なんだよ」

「なに、してるんですか?」

「充電」

「なんのですか…」

 意味がわからないし、やめて欲しい。心臓が壊れそうだ。

「今更に気づいた話だがな、俺も他人の温もりには飢えてたらしい」

「はあ」

「だからだ」

「意味がわかりませんよ」

「本当に?」

「ひゃっ」

 ふっと息をかけられてびく、と肩が跳ねる。

「み、耳に息を吹きかけないでください」

「以前のお前なら、同じことしてもそんな反応しなかっただろ」

「それは」

「俺は、それが嬉しい」

 そう話すファウストの表情は優しくて、嘘ではないのだとわかった。

「…嬉しい、んですか」

「ああ」

「…変わってますね、フォスって」

「お互い様だろ」

「いえ、フォスのほうが変わってます」

「いいや、お互い様だ」

「そんな」

 端から見たらくだらない応酬をして、ふとそのたくましい胸板に頬を寄せて、ふと気づいた。

 胸から、自分と同じくらい速い心音が聞こえる。

「え、あれ」

 声が、うわずった。驚いたから。本当に。

「どうした?」

「フォスの心臓の音、」

「なんだ、やっと気づいたのかよ」

 そう言って、ファウストが嬉しそうに笑う。

「ずっとうるさいまんまだ。お前といると」


(あ、)


 この前、ファウストが女性たちに囲まれていた理由がわかった。


(雰囲気がどことなく、柔らかくなったんだ。纏う空気が、優しくなった)


 出会った頃の彼は、触れれば殺されるような、そんな刺すような威圧感が身体中からにじんでいた。だから誰からも怯えられていたのに。

 彼の纏う空気が変わったのは、きっとあの夜から。

 地獄まで一緒だと、約束した時から。


(う、わあ)


 自覚してしまったら、駄目だった。

 顔が熱くなって、見られたくなくて、ファウストの肩に埋める。

「おい、どうした?」

「なんでもないです」

「なんでもなくねえだろ。おい」

「いいから」

「良くねえ」

「お願いですから」

 か細い声で紡ぐ。


「…見ないで」


 その声を聞いたファウストが、困ったように呻いて頭をがしがしと掻く。

「そんな声で頼むんじゃねえよ」

「どんな声ですか」

「男がどうにかしたくなる声」

 ファウストの肩に顔を埋めたまま頼りなく尋ねれば、ファウストが深いため息を吐いた。

「わかったよ。

 お前の頼みだ。…こうしててやる」

 ファウストは頷いて、クリスの身体をきつく抱きしめる。

 ずっと、不安なんて知らなかった。恐怖なんて知らなかった。

 この凍った心を、溶かしたのはあなた。

 あなただけに、動く心が胸の中で騒いでいる。

 抱きしめる腕がきつくて苦しくて温かくて、どうかそのまま、時が止まればいいと思った。




 その日の夜だ。トイレに行った帰り、談話室の前を通りかかった。

 談話室には数人の男女がいて、楽しそうに雑談している。

 それを横目に通り過ぎた時だ。


「ずいぶん仲睦まじいんだね」


 耳に馴染んだ、柔らかな声が響いてハッと息を呑む。

 弾かれたように振り返った先、先ほどまでその場にいなかったはずの亜麻色の青年がこちらを見て微笑んでいる。

「兄、上」

 気づかなかった。今更に思い出す。

 これが兄の力だ。

 ほかの人間に擬態する、変化の力。

「あのクリスが、大した進歩だ」

「なにが、したいんですか」

「おや、ずいぶん変わったね。以前はなにをしようと、決して僕を警戒しなかったのに。

 警戒する必要もないと、歯牙にもかけなかったのに」

「なにを、したいんです」

 心臓の音が、ファウストのそばにいるときとは違う音でうるさく鳴っている。

 これは警鐘だ。

「なにもしないよ。

 でも、彼は知っているのかな」

「なにを」

「お前の秘密を。

 忘れていないかい?

 お前は本来、男なんだよ?

 彼は、それを知らない。女性のお前を大切に思ったんだろう?」

 警告のように、兄は告げる。


「真実を知っても、彼はお前を大切に思ってくれるだろうか」


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