花火まじない
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
今年の夏、みんなは花火と縁があっただろうか?
大勢で見る打ち上げ花火、家の庭や公園などで行う家庭用の花火、いずれも見たならば印象深いものになるだろう。みんなはどの種類の花火が好きかな?
風情的に、日本には線香花火が似合っているように思える。つぼみから散り菊の状態まで、温度変化によって次々に変化していく様は人生のなんたるかを暗示しているような気さえするからな。フィクションでも、誰か重要な間柄の男女が語り合う際のツールとして有効に使われることが多い。
が、先生は個人的にはススキ花火をおさせてもらおう。
おそらくみんなも知っていよう。火薬を紙で束ねた状態で作られ、火を点けるとその名の通り、ススキを思わせる長い長い火を放射する。その勢い、火炎を放つ武器のように思えて振り回した経験とかあるんじゃないか?
そのような衝動に駆られても、別におかしい話じゃないと先生は思う。というのも、先生はみんなくらいのときから、このススキ花火による火花浴びせになじんでいたからだ。
地元のおまじないの一種らしくて、家族がそろって神妙に行うことも珍しくない。ちょっとそのおまじないについて、聞いてみないかい?
8月から9月にかけて、私たちの地元では先に話したススキ花火をおおいに売り出す。
それだけなら、他所でもあまり変わらないかもしれないが、先に話したおまじないが関係しているんだ。
ススキ花火が売り出されると、各家庭でそれらを購入。天気のよい夜ならば、ほぼすべての家が花火の用意をするだろう。自宅に庭があるならそこで、ないなら近くの公園で。
二本のススキ花火に火をつけ、その火の先端を交差させるように向きを調整する。危ないのは百も承知だが、これがおまじないをする第一段階なのさ。
何事もなければ、おのおのの色を保ちながら、燃やせるものがなくなるまで火花を放ち続けるだろう。
けれども、火の交差したところから色が変わることがあれば、注意しなくちゃいけない。
交差点のみならず、そこより先の二つの炎が完全に根元側とは別の色になったなら、その色によって様々な内容が読み取れるのだとか。
もたらされること、そのためにやらなくてはならないこと。大小さまざまにあるのだけど、先生の中で一番大掛かりになったときのことを話そう。
このときは近所の公園で、ススキ花火に火をつけていた。広い公園のあちらこちらに同じようなファミリーの姿があったな。おそらく10組は下らないと思う。
その家々で放つススキ花火の長い火花。その交差させた先が、根元側のだいだい色からぱっと鮮やかな緑へ変わったんだ。
ひとりだけでやっていたなら、そのようなこともあるかもしれない、と思っていた。緑色の光が花火にのぞくことだって、ときたまある。
けれども、それがここに集うすべてのグループで共通。同じタイミングとなれば、そうそうあることじゃない。
先生ははじめて見ることに感心していたが、付き添っていた家族はにわかに慌てはじめてね。花火を水につけてしまうと、他がそうしているように、家へ向かってまっすぐに戻るように言われたんだ。
家に帰るや、母親がニンニクをすり下ろし出す。
アリインより始まる変化を経て、あの顔をひん曲げたくなるような特徴的臭いを私は受ける羽目になったが、そのニンニクを母親は割りばし一本一本へたっぷりと擦り付けていく。
「今回のおまじないは、特に怖いもの。あんたにもちょっと我慢して、こいつを持っていってもらうよ」
ニンニクつき割り箸を手にし、母親もまた同じものを持ったうえで、あらためて花火の準備をする先生たち。
母親いわく、このニンニク付きの箸はダウジングに似たような役割を果たすという。
おまじないによって暗示された、よからぬ存在。そいつがいるところへ足を運ぶと、ニンニクがそれのついた箸の先端ごと落ちる。その場所へ、ススキ花火の火を浴びせるのだと。
半径1キロ以内に、その場所があることは先ほどの花火の色で判断がつく。
私たちが訪れたところは、某神社の境内の一角だった。それまで、こぼさないよう、落とさないように注意していたニンニクが、そこへ来るや勝手に落ちた。
衝撃もくわえていないのに、まるで腐って重みに耐えかねたかのようにニンニクのついた部分がもげて、土の上へ。土もまた割りばしを受け止めることなく、受け入れていく。
まるで水でできているかのように、ニンニク付きの箸は土の中へ潜り込んでしまい、そのままアリの巣を思わせる小さな穴をこさえてしまう。
同時に、その穴からは先ほどのニンニクとは異なる悪臭が漂ってきた。
何にたとえたらいいか分からない。ただ人間という種が嫌うであろう臭いを厳選し、片っ端からぶち込まねばこうはならないだろう。ひと吸いで、鼻どころか目も頭も激痛に苛まれるほどだ。
母親の指示ですぐに花火の準備に取り掛かる。そうして火をつけたススキ花火の閃光を穴目がけて注ぐように言われたんだ。
花火の音を上回る、だみ声の悲鳴が響き渡るが、やめないように母親に指示される。花火が燃え尽きてしまうまでの間、ここ以外でもそこかしこで同じような悲鳴があがっていたよ。
そして花火の火からすっかり遠ざかると、確かにはっきり空いていた穴は、きれいさっぱり塞がってしまっていたんだ。