17話 初めての休日
眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込み、男子寮の一室に柔らかな光を落とす。
春めいた陽気が布団の中の温もりを心地よく包み、部屋には静かな寝息が3つ、バランスよく漂っていた。
「……んあ〜〜……もう朝かぁ……」
ベッドの上で大きく伸びをしながら、レンがのそりと起き上がる。
髪はぼさぼさ、シャツは片方だけ肩からずり落ち、寝癖と一緒に朝を迎えたような顔をしていた。
「やっと起きたか。今日は街に出る約束してただろ?」
近くのベッドで既に目を覚まし、制服ではないラフな上着を羽織りながらソウマが言った。
眼鏡をかけ直し、ノートに何やらメモを取りつつ、手元には街の地図が広げられている。
「えっ……あっ、そうだったー!!」
レンは一瞬ポカンとし、次の瞬間バッと跳ね起きた。
「そうだよそうだよ、街に遊びに行こうって言ってたじゃん俺たち!くぅ~、ギリギリまで寝てた〜!!」
「それ、全部自分で言ってるじゃないか……」
ソウマは肩をすくめながら、既に用意していた外出用のカバンの中身を整える。
彼は準備に抜かりがない。朝食の代わりにポケットに携帯食をしのばせるあたりも、ソウマらしい。
レンが着替えにかかる横で、ふと彼はあたりを見渡した。
「……あれ、ルシアンは? いつもなら一番に準備終わってるはずじゃ……」
二人の視線が、部屋の奥にあるもう一つのベッドへと向けられる。
そこには、布団をすっぽりと被って、すぅすぅと安らかな寝息を立てているルシアンの姿があった。
「……寝てる」
「……完璧に寝てるな」
ルシアンは、どんな騒がしさにも動じず眠っている。
魔法の訓練や座学では誰よりも集中し、抜け目ない彼にも、こうして油断する時間があるのだ。
「おい、ルシア〜ン!」
レンが勢いよく布団を引っぺがすと、ルシアンは薄く目を開け、寝ぼけた声で言った。
「……今日は、授業はないだろ……?」
「ないけど!街に行くって!俺たち3人で!昨日も話してたじゃん!」
「……ああ、そういえば。……忘れてた」
とんでもなくマイペースな答えを残し、ルシアンは起き上がる。
ボサボサの前髪をかき上げながら、着替えへと向かった。
そんなやりとりの最中、部屋のドアがトントンとノックされる音が響いた。
ソウマが扉を開けると、そこには3人の女子が笑顔で立っていた。
「おっはよー男子〜!」
先頭で元気に手を振っているのはアカネ。すでに外出用の軽装で、木刀こそ持っていないが、活動的な姿だ。
「朝から騒がしそうだったけど、みんな起きてる?」
アリサが控えめに問いかけると、
「うん、ちょうど準備してたところ。どうかした?」とソウマ。
アイがにこにこと嬉しそうに続けた。
「ねえねえ、今日ってさ、せっかくだし街に出かけない?アクセサリーのお店とか行ってみたいな~って」
アリサも頷きながら補足する。
「雑貨屋や本屋も見ておきたいし、ちょっと美味しそうなカフェもあるの。午前から回っておけば、午後はゆっくりできるわ」
「ナイスタイミング!俺たちも街に出る予定だったんだよ!」
レンがすかさず食いついた。
「なら、いっそ一緒に行かないか?」
ソウマが自然に提案を広げると、
「それはいいけど……午前は別行動でよくない?女子で雑貨巡りしたいし、男子は男子で行きたいとこあるでしょ?」
とアリサが合理的な案を出す。
「午前は別々、昼に合流してご飯食べて、午後からみんなで遊ぶ!」
アイがまとめると、全員が賛成の意思を込めて頷いた。
「じゃあ男子は、せめてそれまでに準備ちゃんとしておいてよね?」
アカネがレンの寝癖を引っ張りながら軽くツッコむと、ルシアンがその光景を苦笑いしながら眺めていた。
「……急ごう。時間がもったいない」
そう言って、彼はベルトを締め直しながら出発の支度を終えていく。
その間、女子3人は部屋の前で顔を寄せ合って、今日のプランを楽しそうに練っていた。
「ねぇねぇ、最初はアクセサリーのお店行きたい!」
「アカネは武具屋じゃない?いや、あの甘味処でもいいけど」
「アリサの調べた輸入雑貨も気になるな~!」
6人は並んで学園の正門を抜け、街へと続く石畳の道を歩き出した。
朝の光が木漏れ日となって差し込む並木道には、小鳥のさえずりと、春の匂いが満ちている。
「この辺って、意外と静かなんだなぁ」レンが呟く。
「学園の敷地が広いからね。外との間に距離がある分、魔力の流れも穏やかになるんだよ」ソウマが補足する。
「えっ、そんなの初めて聞いた!ていうか魔力の流れって見えないのに分かるの!?」とアイが驚く。
「ルシアンも分かるよね?」とソウマが聞くと、「風が動かない感じがする。それに、鳥が低く飛んでる」とルシアンが淡々と答えた。
「それ、天気占い師みたいなこと言ってない!?」
「天然かよ……」
全員が笑いながら、街への道を歩いていった。
休日の街は朝から活気に満ちていた。
行き交う人々の笑い声、路上で売られる焼き菓子の香ばしい匂い、遠くから聞こえる楽器の音色――
学園の静けさとはまた違った、にぎやかでどこか温かな雰囲気がそこにあった。
「おぉ〜〜、やっぱ街ってのはワクワクするな!」
レンが目を輝かせながら、通りに並ぶ露店や看板を見渡す。
「今日は絶対、パンチ力が上がるアイテムとか見つけてやるぜ……!」
「そういうのがあるかは知らないが……まずはここだ」
ソウマが足を止めて指さしたのは、魔導具と武具の総合店だった。
剣や杖、魔道具や装飾品まで、幅広く取り扱っている有名店だ。
「ここ、学園関係者の出入りも多いって聞いたことあるぞ」
ルシアンも小さく頷きながら店に足を踏み入れる。
中にはずらりと並ぶ魔道具、棚に所狭しと積まれた特殊な素材や、ガラスケースに納められた高級品の数々。魔力がほんのり漂うような、不思議な空気が漂っていた。
「……あった」
ソウマがすぐにある一角へ向かい、目を止めたのは銀色の腕輪型の魔道具。
一時的に防御魔法の発動速度を上げる効果があるようだ。
「これ……かなり実用的だな。でも……値段が……」
タグに記された金額を見た瞬間、彼の顔が微妙に引きつる。
「……また今度、だな。貯金してからにしよう」
「すみません店員さん!パンチ力上がる装備とかないっすか?手袋とかリストバンド的なやつ!」
レンは真剣な顔で店員に詰め寄っていたが、
「お、お客様……パンチ力というか、身体強化系の補助具ならございますが……」
と困った顔で返されていた。
「それそれ!身体強化!それで!」
なんだかんだで満足そうに色んなアイテムを眺めるレン。
ルシアンは、透明な球体に閉じ込められた小さな岩石を手に取り、魔力を通して反応を確かめていた。
「岩属性の増幅石か。精度が高い……これを核にして術式を練り直せば、連携魔法の基盤に使えるかも」
完全に研究者の目になっている。
「ルシアンも何気にこういう店好きだよな」
「嫌いな理由がない」
淡々とした返答に、レンとソウマは苦笑しながら店内を見て回る。
結局、3人とも今日は購入を見送り、また来ようということで一致して店を後にする。
***
「ん?あれ、お菓子屋じゃないか?」
通りに出たところで、レンがふと立ち止まった。
店先に並ぶのは、小さな丸い焼き菓子や、キャラメルがかかったナッツなど、見るからに甘そうなものばかり。
「これ……全部、蜂蜜入りってことか?」
ルシアンが近づいて1つを手に取る。
焼きたての香りがふわりと広がり、自然と口の中に唾が湧いた。
「とりあえず1個、食べてみようぜ!」
レンが即購入し、がぶりと一口。
次の瞬間、目を見開き、バシバシとルシアンの肩を叩いた。
「うっま!ヤバい!これ超うまい!!おい見ろ!2個目買った!!」
「早いな」
「これは……甘いけど、後味がすっきりしてるな」
ルシアンもソウマもそれぞれ1つずつ購入し、歩きながらつまんでいく。
***
その後、ルシアンが見たかったという魔導書専門店へと向かった3人。
店内は静かで薄暗く、所狭しと並べられた本棚の間を、魔法灯がぽわりと照らしている。
「おおぉ……これは……すごい」
ルシアンが目を輝かせ、棚の隙間に入っていく。
「おいルシアン、迷子になるなよ?」
「こっちには防御魔法の解析系の本が揃ってるな……」
ソウマも興味を引かれ、書棚から何冊かを手に取る。
ルシアンが目当てにしていたのは、《大地属性の応用と分裂構築》。
ようやく見つけた時、彼は珍しく小さくガッツポーズをした。
「見つけた……これで岩壁の連携構築が試せる」
淡々としているが、顔がどこか嬉しそうだった。
「へぇ〜、俺も何か強化魔法の本とか……ないかな」
レンも適当な棚を見ては首をひねりながら、気になるタイトルを何冊か手に取っていた。
本を1冊だけ購入したルシアンが袋を手に店を出ようとしたところで、懐かしい声がかかった。
「……おお?ルシアンじゃないか!」
振り返ると、そこには同じクラスのディンとクロスがいた。
どちらも魔法を好んで使うタイプの人間で、ルシアンとは中が良い。
「ここの店、思ってた通り品揃えが良かった。ディンとクロスにも合いそうな本を何冊か見かけたよ」
とルシアンが言うと
「それは良かった。丁度俺たちも魔導書を見たいと思っていたから。」
「お礼と言ってはなんだが、良い店を教えようか?」
ディンの提案に対し、ルシアンがうなずくと、代わりにクロスが嬉しそうに指さした。
「あそこの角曲がったとこに串焼き屋があるんだけど、すごく美味しかったよ!3人も行ってみて!」
「ほう……情報交換、ありがとな」
ソウマが礼を言い、3人はそのまま教えられた通りへと向かう。
***
教えてもらった串焼き屋は、木造の屋台風の作りで、香ばしい香りが道端まで漂っていた。
並ぶ串焼きは、鶏、豚、魚、野菜などさまざま。
「どれ食う?」
「全部一通り!」
レンの即答に、ルシアンとソウマも苦笑しながらそれぞれ注文する。
一口頬張った瞬間、3人同時に言葉を失った。
「う、うまっ……!?」
「炭火の香りが……いい」
「やばいこれ、毎週来てもいいレベルじゃねぇか……」
レンはすでに2本目に手を伸ばしていた。
串焼きを堪能した3人は、屋台の横の簡易テーブルで一息つく。
「……そろそろ、昼飯の時間だな」
ソウマが時計代わりの魔道具を見ながら言う。
「でも色々食べすぎたな、昼飯食べれっかな…?」
レンが不安そうに呟く。
「まぁレンなら食えるだろ。それはそうと、集合場所……確か、中央広場の噴水だったよな」
ルシアンがうなずく。
その時、ふとソウマがレンに目を向けた。
「……そういえばレン、お前はどこか行きたい場所なかったのか? 今日はずっと俺たちに合わせてたような気がするが」
一瞬、レンは驚いたように目を丸くした後、いつもの調子で笑った。
「ははっ、別に行きたいとこなんかねーよ。こうしてお前らと出かけてるだけで、十分楽しいからさ!」
その言葉に、ソウマとルシアンが一瞬言葉に詰まり、わずかに目をそらす。
「……なんだよ、急に真面目なこと言ったな」
「……うん、たまには悪くない」
3人は照れ隠しのように笑い合い、立ち上がった。
陽光が街を優しく照らし、時計台がちょうど昼を告げる鐘を鳴らした頃。
「……あ、見ろよ、女子組もう来てる!」 通りの角を曲がったレンが、噴水広場を指さす。
そこには既に、アカネ、アイ、アリサの3人が集合場所で待っていた。 アカネはベンチの背に手をかけて立ち、アイとアリサは何やら話し込みながら、こちらに気づいて手を振ってくる。
「こっちこっち〜!」 「遅いぞー!」
「よし、行くか」 ソウマの言葉で、男子3人はゆっくりと歩み寄る。
近づくにつれ、彼女たちの足元にある、大きな紙袋の山が視界に入る。
「……ちょっと待て、めちゃくちゃ買ってないか」 ルシアンが眉をひそめると、アカネがにやりと笑う。
「ふふーん、聞きたい?」 「聞かなくても分かる。服とかアクセサリーとか、だろ?」
「正解っ!」とアイが嬉しそうに紙袋を軽く掲げた。 「アクセサリーと、お洋服と、あとね、髪飾りも買ったの!」
ルシアンの視線が自然とアイの右手首に留まる。 そこには、見慣れない銀色の細いブレスレットが光っていた。
「それ、新しいな。今朝はしてなかった」
「えっ、気づいたの!?」 アイがパッと顔を明るくしてルシアンを見る。
「よく分かったね、これ今日買ったやつだよ」
「朝してなかったからな」
「めっちゃ見てんじゃん……」 アイは頬を染めて、照れ隠しにふにゃっと笑った。
「アリサも買いすぎだろ〜」とレンが隣で声をかける。
「う……ちょっと勢いで買いまくっちゃった……」 アリサは苦笑しながら紙袋を持ち直す。
「でも、いちばん楽しそうだったのはアリサだったよね」 とアカネが言うと、アイも「うんうん!」と笑いながら頷いた。
「さて、そろそろお昼ご飯にしようか」 ソウマの一言で、話題が変わる。
「何食べるー?」 アカネが嬉しそうに尋ねると、レンが自信満々に提案する。
「実はさ、午前中にめっちゃうまそうなパスタ屋見つけたんだよ!」
「パスタ!いいじゃん!」 「センスあるね、男子組!」
そのまま6人は通りを歩き、男子が見つけたというパスタ専門店へと向かった。
道中、自然と3組に分かれて歩く。 ルシアンとアイは、買い物の話を続けながら笑い合い、 ソウマとアカネは、武器屋の話題で盛り上がり、 レンとアリサは、欲しかった服のことについて軽口を交わしていた。
***
到着したパスタの専門店は、煉瓦造りの落ち着いた外観の店だった。 昼時とあって混み合っていたが、店員がすぐに案内してくれた。
6人が丸テーブルを囲むように座り、ランチメニューを開いた瞬間、それぞれが一気に真剣な表情になる。
「……オイル系もいいけど、チーズも捨てがたい……」 「私はトマトソースの海鮮パスタにする!」 「チーズ山盛りって書いてあるやつが気になる……」
注文が終わると、自然と午前中の話題に花が咲いた。
「俺たち、午前はまず魔導具屋行って、次は魔導書の店にも行ったんだ」 とソウマが説明する。
「ディンとクロスに会ったんだよ」 とレンが続ける。
「へぇ、あの2人も街に出てたんだ」 「クロスが串焼き屋勧めてくれてさ。めちゃくちゃうまかった!」
「私たちは服屋さん巡りしてたんだけど……」 とアリサが話し始めると、アイが笑いながら続ける。
「なんとね、クラスの女子の半分くらいに会ったんだよ!」
「セレナ様もいたよねー」 アカネが言う。
「めっちゃ楽しそうに服見てて……で、隣には荷物いっぱい抱えたレオナードがいた」
「あいつ、完全に付き添いだったな……」 ルシアンが想像して小さく笑う。
「セレナって、普段は落ち着いてて真面目なのに……服のことになるとすごい勢いだったのよ」 とアリサが言うと、全員がクスクスと笑い出す。
「レオナード、女性だらけの店に連れてかれてめっちゃ気まずそうだったって」
「でも断れなかったんだろうな。あの兄妹、仲良さそうだし」
そんな他愛もない会話を楽しみながら、食事は進んでいった。
パスタは評判通り美味で、全員がそれぞれの料理を味わい、時折「それ一口ちょうだい!」とフォークが伸びる場面もあった。
やがて食後のドリンクが運ばれ、一息ついたところで、ソウマが時計を確認する。
「よし、そろそろ午後の部……行くか」
6人は、次の目的地へと向けて、再び席を立った。
食後の余韻を引きずりながら、6人は店を出てゆっくりと歩き出した。
真昼の喧騒がひと段落し、街の空気もどこか柔らかくなったように感じる。
「午後はどうする?」
そんな声に導かれるように、アイがぽつりと呟いた。
「午前中にね、ちょっと気になった店があったんだ。よかったら、寄ってみない?」
6人が向かったのは、弓矢で的を射抜くと景品がもらえる、ちょっとしたゲームの店だった。
「おー、楽しそうじゃん!やってみようぜ!」とレンが声を上げ、最初に挑戦したのはアカネだった。
「いっけー!」
木の弓を引き絞って矢を放つが、的の端をかすめて外れてしまう。
「む、難しい……」
「まあまあ、慣れが必要だって!」とレンが励ましながらも、自分も的を狙って撃つが、惜しくも外れた。
「……なら、私の出番ね」
アリサが静かに弓を構え、的の中心を見据える。
ピシュッ。
音も軽やかに、矢が的の中心に突き刺さった。
「一発……!」
続けて2発、3発。アリサは連続で的の中央を射抜き、景品をいくつも手に入れた。
「いやいや、ズルだろそれは!」
レンが思わず突っ込むと、アリサは得意げに笑いながら「特技を活かしただけよ」と肩をすくめた。
両手いっぱいに景品と、午前中に買った服の紙袋を抱えるアリサ。
「重いだろ、ちょっと持つぜ」
レンがさりげなく袋を受け取る。
「え、あ……ありがとう」
アリサが少しときめいたように頬を赤らめた。
「……甘いもの、食べたいな~」
ふとアカネが呟くと、ソウマが「午前に入ったお菓子屋、蜂蜜のお菓子が美味しかった」と言い出す。
「そこにしよ!」とアイも賛成し、6人は再び午前に訪れたお菓子屋へ向かった。
「これ美味しい……!」
女子たちも気に入り、甘いものに笑顔がこぼれる。
「ちょっと歩き疲れちゃった。ここで休んでいっていい?」
アリサの提案に、「俺残るよ」とレンが言い、2人は店に残ることに。他の4人は周辺の店を見て回ることにした。
4人が街を歩いている途中、セレナとレオナードに偶然出会った。
「おや、ルシアンたちじゃないか…」
レオナードが両手に紙袋を持ち、ややうんざりした表情だ。
「王子が荷物持ちって、珍しい光景だな」
ルシアンの軽口に、セレナは「普段のお礼よ」とさらりと答える。
「そうだ、男子服の専門店があったわよ。すごく評判いいって聞いたの」
その一言に、アイとアカネの目が光った。
「行こう、ルシアン!」 「ソウマも!」
ぐいぐいと腕を引かれ、2人は店に連行された。
「……着てみて!」
アイはルシアンにあれこれ服を選び、試着させる。
「これはどう?可愛い系」「いや、こっちは大人っぽいかも!」
「ちょ、ちょっと多くないか?」と困惑しながらも、ルシアンは黙って着替える。
アカネも真剣な表情でソウマに服を選んでいる。
「これ着てみて!」
ソウマが試着室から出てくると、アカネは「お、似合ってんじゃん!」と軽く笑った。
「……ありがと」
アカネの言葉に珍しく照れるソウマ。
「た、助けてくれ……」
「何言ってんのルー!まだまだあるんだから!」
ルシアンが小声で助けを求めるが、すでに諦めの表情だ。
結局、ルシアンもソウマもアイとアカネの勢いに押され、何着かの服を購入させられることになった。
「……魔道具を買えるのは、まだまだ先だな」
ソウマがぼそりと呟く。
外に出ると夕日が傾き始めていた。
「そろそろ、アリサたちのとこ戻るか」
向かってみると、なんとアリサをお姫様抱っこして歩いているレンの姿が。
思わず4人は物陰に隠れてその姿を見る。
「あれ完全にお姫様抱っこじゃない?」
「完全にそうだな。レンにもかっこいいとこあるんだな」
「アリサ顔めっちゃ赤くなってるじゃん。…でもなんかめっちゃ笑顔にも見える……」
「なんだか見てはいけないものを見ている気がするな」
4人の視線に気づいたのか、アリサが降ろしてほしそうにもがいている。
見ていたことがバレた4人は2人に近づく。
「レン、お前なんでアリサのこと抱えてたんだ?」
「そーだそーだ、それにお姫様抱っこって」
ルシアンとソウマがレンを茶化す。
「アリサさん、なんでお姫様抱っこしてもらっちゃってんですか?」
「もしかしてアリサさんからお願いしたんですか?レンく~んお姫様抱っこして~って」
負けじとアイとアカネがアリサのことをめちゃくちゃ弄っている。
レンとアリサは慌てた様子で弁明する。
「これは違うの!私が荷物いっぱいで疲れたって言ったらレンがいきなり…!」
「おいアリサ!なに俺が無理やりお姫様抱っこしたみたいな言い方してんだ!」
「だっーてそうでしょ!まさかそんなことするなんて思ってなかったのよ!」
「でもその割に嬉しそうだったよな」
ルシアンが刺す。
耐えきれなくなったアリサはその場で顔を真っ赤にして座り込む。
「ルー、ナイス」
「ルシアンよく言ったよ。アリサの負けだね」
アイとアリサがルシアンの肩に手をかけ、もう片方の手で親指を立てグッドマークを作る。
「大丈夫かアリサ?歩けるか?」
レンがアリサに気を使って声をかける。
「まぁ最悪歩けなくてもレンがまたお姫様抱っこしてやれば……、あ…」
ソウマが思わず口を塞ぐ。
「ソウマ、あんたね~……!!!」
思わず他の4人も笑ってしまった。
なんだかんだでやがて6人は並んで寮への道を歩く。
自然と女子と男子に分かれて歩き、男子側ではレンが口を開く。
「にしても、お前ら買いすぎだろ。どうしたんだよそれ」
「……いろいろ、あったんだ」
ソウマが遠い目をしながら答える。
女子側では、アイとアカネがアリサをニヤニヤしながら見ていた。
「アリサ~、あれは嬉しかったんじゃないの~?」
「う、うるさい!あんたたち、いじるのもその辺にしときなさいよ!」
「嬉しかったくせに~」 「そーだそーだ」
2人は笑いながら先に駆け出す。
「こら、待ちなさーい!」
アリサが追いかけて走り出す。
「なんだなんだ、俺も行くぞ!」
レンも続き、ルシアンとソウマも重たい荷物を抱えながら、のんびりとその後を追った。
ゆるやかな坂道を上り、寮が見えたころには空は茜色に染まり始めていた。
6人の笑い声が、夏の夕暮れにゆっくりと溶けていく。
――こうして、初めての休日は過ぎていった。
後半のニヤニヤは書いていて自分もニヤついてしまいました。