16話 模擬戦闘
初日の授業が終わってから、数日が経った。
それぞれの授業にも慣れ始めた頃、ついに“それ”はやってきた。
──戦闘訓練の授業。
午前と午後、丸一日を使って行われる特別カリキュラム。
座学とは違って実際に身体を動かし、属性魔法の授業とも違い、戦闘をメインにした授業だ。
「やっぱこういう授業が来ると、学園って感じするな!」
レンが訓練着を整えながら伸びをする。
「うん……緊張するけど、ちょっとワクワクする」
アイは胸の前で拳を握りながら、そわそわした様子を見せた。
「お互いの得意分野とか分かる授業って聞いたよ?つまり、アタシの剣技を思う存分アピールできるってわけだ!」
アカネはやる気満々で木剣を構える。
「それって……“戦う”って意味じゃないんだけどな……」
ソウマが呆れたように言うが、誰の表情もどこか明るい。
やがて、訓練場に集合の号令がかかる。
この授業を担当するのは、重厚な鎧を身にまとった教官──ゼクス・バラン。
学園の戦闘訓練の授業における責任者だ。
「よく集まったな。今日からお前たちは“戦闘訓練”を開始する。午前は“仲間を知る”。午後は“実際に戦う”。シンプルだが、最も重要な訓練だ」
ゼクス教官の号令と共に、生徒たちは隊列を組み、簡単な準備運動を開始した。
「まずは全員、自分の“得意な戦い方”を言え。魔法でも武器でもいい。自分の主軸はなんだ?」
ゼクスの質問に、順番に生徒たちが答えていく。
「私は攻撃系から支援系まで、色んな付与魔法が使えるわ。弓術と組み合わせて後方支援がメインになるわ」
アリサが落ち着いた声で答える。
「私は補助魔法!回復とか強化とか。相手の行動を縛ったりも出来るよ!」
アイは自信満々に笑う。
「剣!それだけ!」
アカネは剣を振りながら堂々した返答で周りを笑わせた。
「拳!殴る!以上!」
レンも負けじとシンプルな回答をする。
「俺は岩魔法がメイン。なんでも出来る」
その反応に周りは驚いていたが、ゼクスは静かに頷いた。
「僕は防御魔法と槍術。前でも後ろでも立てて臨機応変に戦えます」
前の3人と違い、ソウマ冷静に言葉をまとめる。
6人に続いてレオナード、セレナも答える。
「レオナードだ。雷属性魔法を得意としている。高火力の魔法が自慢だ」
「セレナです。水属性魔法が得意です。戦術指揮にも少し自信があります。」
他のクラスメイトも順番に自己紹介が終わるとゼクス先生は続けた。
「──今の話を踏まえ、3人1組で“連携構想”を立てろ。魔力残量、ポジション、役割の重複、全て考慮しろ」
ルシアンはソウマ、レンと組んで円陣を組む。女子組はアカネ、アリサ、アイで同様に構える。
「レンが囮になりつつ僕がサポート、ルシアンは隙を見て攻撃と防御をお願いしたい」
「俺が盾役になって、ソウマとレンで攻めてみてもいいんじゃないか?」
「どっちにしろ俺は囮になるってことだな!」
男子組は一見真面目そうに考えているがレンを囮にする前提で話し、どこか楽しそうな表情だ。
「私たち3人だとどうしてもアカネが1人で前で戦えってもらうことになるわね」
「ごめんねアカネ、その分サポート頑張るから!」
「任せて!全力で突っ込む!」
「…突っ込みすぎには気をつけてね……」
女子組のやり取りはどこか漫才のような雰囲気があった。
ゼクス先生が周りを見渡し静かに言う。
「午後は模擬戦を行う。今決めたチームで戦ってもらう。対戦相手はこちらで実力が近いものをになるようにしておく」
「昼休憩の時間も有効活用して戦略を練っておくように」
昼休憩に入り、6人は雑談をしつつ、午後の戦略についても話した。
「ねぇルー、午後の訓練結構楽しみじゃない?」
「あぁ。連携の確認には丁度いいが油断はできないな」
ルシアンが真面目な顔をして言ったのに対しアカネが話しかける。
「これ私たちのチームが当たることってあるのかな?」
「流石にないんじゃないか?男子と女子は流石に違うと思う」
ソウマは冷静に分析に答える。
「でももし戦うことになったら手加減はしねーぞ!」
「望むところよ」
レンとアリサが目と目の間をバチバチ言わせながら睨み合う。
時間はすぎ、午後の授業を迎える。
何試合か行われていき、自分の番はまだかと言わんばかりの6人がとうとう呼ばれる。
「──次の試合、レンチーム 対 アカネチーム」
ゼクス教官の口から告げられたその一言に、訓練場の空気が変わった。
「……え?」
「俺たち……次、アリサたちと?」
ソウマが目を見開く。
「まじか!昼の時“ないだろ”って言ったばっかじゃん!」
レンが驚きと笑いを半分ずつ顔に浮かべる。
「くくっ、面白いな。だったら、全力で行くしかないな」
ルシアンはどこか楽しそうに目を細めた。
対する女子組の方も驚いていた。
「ええっ!?ソウマ組と!? まじで!?」
アカネが跳ねるように叫ぶ。
「ルーたちと当たるなんて……ふふ、楽しみすぎるねぇ〜」
アイがにやにやと笑っている。
「本気の男子組とやれるチャンスってことね。無駄にはできないわ」
アリサが静かに弓の弦を確かめながら言った。
観客席からもどよめきが広がる。
「まさかの《独創》組の対決……!」「あの6人がガチで戦うのかよ……!」
入学試験で《独創》を見せたい実力者たちの直接対決。
それは否応なく、クラス全体にとって注目の一戦となっていた。
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「作戦通りいくぞ」
ソウマが言うと、ルシアンとレンも頷く。
「僕が《絶対防壁》で先陣を切る。レン、続いてくれ。ルシアンはフォローを頼む」
「了解。隙を見て《ストーンカーテン》で締める」
「おーし、女子組に本気を見せるか!」
男子組が陣を取り、対面に女子組も構える。
「まずは私が強化魔法でアカネを底上げ。突っ込んで相手の動きを止めて」
アイが指を鳴らす。
「任しといて!私の剣、止められるかなー!」
「後方から《一撃必中》を使って撃ち抜く。……ルシアンでも避けられないように」
アリサの視線は真っすぐにルシアンを捉えていた。
ゼクスが手を上げる。
「準備はいいな──模擬戦、開始!」
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「防御魔法《独創》レベル15──《絶対防壁》!」
ソウマの全身が青白い魔力に包まれ、硬質な魔法障壁が身体の外に浮かび上がる。
彼の全身を覆うその壁は、あらゆる攻撃を遮断する“動く砦”。
「行くぞ!」
ソウマが先頭に立ち、レンもそのすぐ後ろに続く。
「拳に風を乗せて──ぶん殴る!!」
レンの拳が風を巻き起こしながら唸る。
「岩属性魔法レベル6──《フォール》!」
ルシアンが中距離から地面を隆起させ、壁を生成。
味方の移動を助ける足場を作り、敵の動きを遮る。
「アカネ、今よ!強化魔法──《リキッド・ブースト》!」
アイの魔法がアカネにかかり、彼女の全身からオーラが立ち上る。
「行っけぇぇえええええ!!」
アカネが木剣を振りかざし、ソウマに突撃するが──
「効かない」
“絶対防壁”が木剣の一撃を弾く。何度振っても、衝撃はすべて無効化される。
「ちょ……ガチで無敵じゃん!?ソウマずるくない!?」
「その隙に──もらった!!」
レンの拳が風をまとい、アカネの体を吹き飛ばす。
ギリギリで受け身を取ったアカネが距離を取る。
「アリサ、お願いっ!」
「《独創》弓術レベル11──《一撃必中》」
アリサの弓が淡く光り、魔力の矢が放たれる。
それは自動追尾する狙撃術──本来避けるのは不可能。
「……でも、俺が守る」
ルシアンが立ち上がり、詠唱する。
「《独創》岩属性魔法レベル12──《ストーンカーテン》!」
バシュゥゥン!!
地面から無数の岩柱が旋回しながら現れ、レンとソウマの前に立ち塞がる。
矢は弾かれ、二人は傷一つなく突進を継続。
「うそ……あれが……《ストーンカーテン》……!ルシアンズルすぎ!」
「これが、俺たちの全力だ!!」
レンがもう一撃アカネに打ち込み、ソウマの槍がアイの動きを制限する。
同時にルシアンの壁がアリサの視界を完全に遮断し、弓の射線を潰す。
ゼクスが手を上げる。
「──ストップ!レンチーム、勝利!」
訓練場が再びざわついた。
「……勝った……!」
「やったな、ルシアン!」
レンがガッツポーズを取り、ソウマは静かに頷く。
女子組も大きなダメージこそなかったが、勝敗は明らかだった。
「はぁぁぁあ、完敗だぁ……でも楽しかった!」
アカネがあっけらかんと笑う。
「くぅぅ、完全に戦術で上をいかれた……!悔しい!」
アリサが悔しげに唇を噛む。
ゼクス教官がまとめに入る。
「お互い、よく戦った。戦術も練られていた。だが戦場では、相手の上をいけなければ意味がない」
「そのために、もっと知恵を絞れ。もっと、仲間を知れ」
教官の言葉が、勝敗を越えて生徒たちに響いていた。
こうして、戦闘訓練初日の模擬戦は幕を下ろした。