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魔法階梯  作者: 雨ヒヨコ
13/24

13話 授業の始まり

朝日が静かに差し込む王立学園の男子寮。


石造りの荘厳な建物の一角、3人部屋の一室で――一日の始まりが、ゆっくりと動き出していた。


「ん……んがぁ……さむ……んぅ……」

布団の山の中から、くぐもったうめき声が聞こえてくる。


レンだ。

ベッドの上で仰向けにのびきり、眠たそうに瞬きを繰り返しながら、のろのろと起き上がる。


「……おはよう、レン。やっと起きたか」

壁際の窓辺で制服のボタンを留めていたソウマが、ちらりと視線を向けて微笑んだ。


「ソウマ……おはよ……早くない? もう着替えてるの?」

「今日は初授業日だからな。寝坊して初日から遅刻なんて、御免だろ?」


「まー……そうだけどさ……」


レンはあくびを噛み殺しながら伸びをした。

白と藍色の学園制服は、ベッドの脇の椅子に丁寧に畳まれている。ソウマの仕業だろう。


「ていうか……ルシアンは?」

ふと、部屋を見渡してレンが尋ねる。


「そこだよ」

ソウマが顎を軽くしゃくると、レンの視線の先には――


「……ぉーい……声がでかい……あと5分……」


完全に布団にくるまり、顔だけを覗かせたルシアンの姿があった。

乱れた黒髪が枕に広がり、まぶたは閉じたまま。声だけははっきりしているが、まったく起きる気配がない。


「うわ、ルシアンまだ寝てんの!?」

レンが声を上げる。


「いや、起きてる。耳だけは起きてる」

ソウマが肩をすくめる。


「起きろって! 今日から授業始まるんだぞ!? 初日なんだぞ!?」

「うるさい……それ、昨日も言ってた……」

「いや昨日はまだ始まってなかったじゃん!」


「……目は開けてる。心は起きてる……身体だけが追いついてないんだ……」


「もう完全に寝言じゃん!」

レンが苦笑しながら、ルシアンの布団を引っ張ろうとするが、ルシアンは見事な動きで巻き直し、さらに深く潜り込んだ。


ソウマがくすっと笑う。

「ルシアンは寝起きが悪いって言ってたな。昔から変わってないな」


「そうだっけ?」

「3年前の冬祭りの日、お前が朝から雪玉投げて起こしたの、まだ根に持ってるらしいぞ」


「うそ!? まだあれ怒ってんの!? 冗談だったのに……!」


「……根に持ってない……けど、寝てるときに氷の玉ぶつけられたら誰でも怒る……」


「聞いてたーーー!!」


ルシアンの布団から小さく声が聞こえ、レンが盛大にのけぞった。


その光景を見て、ソウマは静かに笑う。

「……まぁ、今日も平和そうだな」


緊張してもおかしくない朝なのに、この部屋の空気はどこか穏やかだった。

それは、きっとこの3人が一緒の部屋だからだろう。


「さあ、ルシアン。あと5分なんて言ってると、飯抜きになるぞ」

「うぅ……飯は大事……起きる……起きます……」


もぞもぞと布団の中から、ようやくルシアンが顔を出す。

眠たげな目をこすりながら、ベッドの端に腰を下ろした。


「そろそろ行くぞ」


3人は制服に袖を通し、それぞれの支度を終えると、朝の光の差し込む寮の廊下へと足を踏み出していく。


男子寮の階段を下り、広い石造りの廊下を歩くルシアンたち。

真新しい制服の襟元を引っ張りながら、レンが不満げに声を上げる。


「うーん、やっぱこの制服、首元がきついんだよなぁ……。オレ、もうちょいゆったりしたのがよかったな」


「寝癖直してる間も同じこと言ってたぞ」

ソウマが横で静かに返す。


「俺も、昨日ちょっと首締まったけど……別に慣れたら平気だった」

ルシアンが淡々とつぶやいた。


「そういう問題じゃないんだよ〜」

レンが大げさに首を回すと、ルシアンは小さく笑みを漏らす。


そんな穏やかなやりとりの最中、角を曲がった先でひらりとスカートが揺れる。

アイ、アリサ、アカネの3人がこちらへ歩いてくるところだった。


「あっ、いたいた〜! おっはよー、ルー、レン、ソウマ!」


「おはよう、アイ。アリサ、アカネも」

ソウマが丁寧に頭を下げる。


「うん、おはよう」

アカネは大きなあくびをしながら手を振り、

アリサは落ち着いた仕草で挨拶を返す。


「ルシアン、おはよう。……それ、寝癖じゃない?」


「……まじか」


ルシアンが無表情のまま髪に手をやると、

すかさずアイが一歩踏み出した。


「もう、じっとしててルー! 今すぐ直してあげるから!」


「あー、別にいいけど……」


「あーじゃないの。せっかく制服着てるんだから、ぴしっと決めなきゃ!」


「あいかわらず仲いいな、あの二人」

レンがにやにや笑いながらつぶやく。


「うん。もう自然すぎて違和感ないよな」

ソウマが苦笑しながら頷く。


「アイってほんと器用だよね〜。私だったら絶対、ルシアンの髪引っ張っちゃう」

アカネが口を尖らせると、


「いや、それは器用とかじゃなくて問題でしょ」

アリサがさっとツッコミを入れる。


そんなやりとりの間も、アイは真剣な顔でルシアンの髪を整え続けていた。


「よしっ、できたっ! うん、かっこいい!」


「……サンキュ」


ルシアンが小さく礼を言うと、アイは満足げに頷く。


「今日、初めての授業だもん。ルーはいつもよりちょっと格好つけてくれてもいいんだよ?」


「……別に狙ってねぇよ」


「ふふっ、知ってるけどね〜♪」


そのやりとりに、周囲は特に驚く様子もなく、

ただ「いつもの二人だな」と微笑ましく見ていた。


「で、今日ってどんな授業なんだろう?」

レンがふと疑問を口にする。


「教室、入学式の時と同じ場所でしょ?」

アリサが答える。


「うん、あの白い扉のとこだよね〜。なんか、わくわくするな〜!」

アカネが目を輝かせる。


「楽しみだな」

レンも頷き、ルシアンがふっと笑った。


「……ま、どうせロクな授業じゃない気もするけどな」


「おーい! 初日から投げやりな発言禁止〜!」


「はいはい、じゃあ行こうぜ」

ソウマが全体をまとめるように言い、6人はまた雑談をしながら歩き出す。


「でも、昨日と違って、なんか学園って感じだなぁ」

レンが伸びをしながら歩く。片手には制服の上着をラフに引っ掛けていた。


「だね! 今日はちゃんと“生徒”っぽい!」

アイがはしゃぐように答えた。昨日までの緊張感から一転、少女の足取りは軽やかだった。


「最初の授業って、なんかワクワクするなー!」

アカネが両手を広げて外の空気を吸い込むように言うと、アリサがそれを見て苦笑した。


「そのテンション、維持できればいいけどね……」


「まあ、どういう授業か分からないしな」

ソウマが肩をすくめて言った。


そして一歩前を歩いていたルシアンが、教室の前で立ち止まる。

無言でドアを開けると、ガラリという音とともに、静かな教室の空気が流れ込んできた。


教室には、すでに10名ほどの生徒が到着していた。数人がグループで談笑しており、昨日のような堅さはほとんどない。思い思いの朝を過ごす、静かな始業前の時間だった。


「おっ、見て見て。席、もう決まってないっぽいよ?」

アイが教室を見渡し、指差して言う。


「じゃあさ、6人で固まって座らねー?」

レンが早速前方の窓側あたりを指差して提案する。


「それが良さそうね。うしろすぎると先生に目をつけられるし」

アリサが小さく頷き、自然と流れは決まった。


「んじゃ、俺はルシアンの隣でいいや!」

レンがさっさと前列の席に腰を落とし、机に荷物をドサリと置く。


「……ほんと、お前は毎回そこな気がする」

ルシアンが呆れ顔を見せると、レンはにっこりと笑って肩をすくめた。


「俺はこっちでいいよ」

ソウマはルシアンの斜め後ろに座り、アカネはその隣に。


「私たちもここがいいね!」

アイとアリサは前列の端に並んで着席した。


「お、ルシアンたちも来たか」

声をかけてきたのはガルド。彼の後ろには、剣士のハルトと無口な拳使い、ジンの姿もあった。


「よぉ、昨日の夜、寮どうだった?」

ガルドが豪快に笑いながら尋ねてくる。


「俺は……ベッドが快適すぎて逆に目が覚めたな! 筋トレして寝直したわ!」


「眠れなかったなら寝直せてないだろ……」

ハルトが冷静に突っ込む。


「うちは快適だったよ。すぐ寝ちゃった」

アイがにっこり笑うと、レンが後ろを振り向いた。


「俺も! 寝た記憶がないくらい爆睡!」


「ルシアンは?」

ソウマが隣を見て聞いた。


「……まあ、普通だったな」

ルシアンはそう答えて窓の外に視線を投げる。


「なんかルーって、何でも普通って言うよね」

アイが笑いながら肘でつつく。


「いやいや、ルシアンの普通は、多分“超快適”くらいの意味だろ」

ガルドが笑いながら言い、周囲からくすりと笑い声が上がった。



その時、教室のドアが再び開く。

レオナードが、マルクとシドと共に現れた。


続けて数分後、セレナがミレイユ、クラリーチェと共に現れる。


彼らが姿を現すと、教室内に一瞬だけ緊張が走ったが、それもすぐに和らぐ。


「おはよう、レオナード、セレナ」

ルシアンが落ち着いた声で挨拶を投げると、2人は小さく頷いた。


「おはようございます、ルシアンさん」

セレナは微笑みながら返し、マルクたちと隣の列に着席する。


レンがひょいと体を乗り出した。


「そういえば、王族の寮ってどんな感じだった? 豪華だったりするのか?」


「気になる気になる~!」

アイが身を乗り出す。


セレナは少し笑って、言葉を選ぶようにして口を開いた。


「いいえ、同じ寮ですよ。個室でもなければ、お風呂が特別でもありません。ただ……クラリーチェさんとミレイユさんの寝息が可愛らしくて癒やされました」


「セレナ……それは恥ずかしいです……!」

ミレイユが顔を真っ赤にしてうつむき、クラリーチェも眼鏡をクイッと押し上げた。


一方、レオナードは少しだけ困ったように微笑む。


「特に変わったことはなかった。ただ……夜遅くまで隣のシドが魔法構文の整理していて、ちょっと眠れなかったな」


「それってつまり、うるさかったってことだろ?」

マルクが横から茶化すように突っ込んで、周囲から笑いが起きた。


「……まあ、それなりに慣れは必要だが、悪くはなかった。お前たちはどうだった?」


「俺は最高だった!」

レンが即答し、また教室が少しだけ明るくなった。


午前のチャイムが鳴り響いたその瞬間——

教室の扉が「ギィ……」と、ゆっくり開いた。


「……あ、先生?」


最前列の生徒が小さく声を漏らす。

そこから次第に、生徒たちの視線が扉の方へと集まっていく。


入ってきたのは、一人の女性教師だった。

淡い金髪を無造作に結わえ、銀縁の眼鏡をかけた30代ほどの女性。

目元にはやや隈があり、表情は特に笑っても怒ってもおらず、なんだか眠そうな雰囲気を纏っている。


ローブの裾をすり足のように引きずりながら、静かに教壇へと歩いてくる。


「……なんか、ぼーっとしてない?」


小声でレンが首をかしげる。

「え、でも意外と綺麗な先生じゃない?」とアイがひそひそ声で返す。

練の隣で、ルシアンは無言で様子を見ていた。


教師は教壇の上に何も置かず、そのままぽつりと名乗った。


「今日からこのクラスの歴史を担当します。カミラ・ローゼンベルグです」


特に挨拶らしい挨拶もなく、チョークも持たず、出席も取らず。

ただそれだけを言うと、間を置いて少しだけ生徒たちの顔を見回した。


「……好きに座ってていいって、聞いてるわよね?」


生徒たちの何人かがうなずくと、彼女は小さく「ああ、そう」と返した。


「じゃあ、さっそく授業を始めましょうか。……ええと、最初は……そうね。みんながこの国のことをどれくらい知ってるか、軽く聞いてみようかしら」


そう言って、ようやくチョークを手に取ると、黒板に「王国の歴史」とだけ書いた。


「あくびしてても、寝てても、私は怒らないから」


そう付け加えると、小さな声で「あたしも眠いし」とぼそっと呟いたのが、前列に座っていたノエルにだけ聞こえた。


教室内には、微妙な笑いと困惑が混じった空気が流れる。


——こうして、生徒たちにとって初めての授業が、少し風変わりな形で始まったのだった。


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