12話 伝説の代
広々としたホールに賑わいが満ちていた中――
穏やかで澄んだ声が、空気を静かに変えた。
「ルシアンくん、レンくん、ソウマくん、アカネちゃん、アリサちゃん、アイちゃん。少し、学園長からの“ご挨拶”に付き合ってくれる?」
場のざわめきが一瞬で止まり、振り返る者たちの視線が一点に集まる。
ホールの中央に立っていたのは、薄いピンク色の長髪を柔らかく束ねた女性。若々しい容姿だが、瞳の奥に宿る眼差しは深く、優雅さと威厳を同時に漂わせている。
セラ・エインズワース。王立学園の学園長にして、この国でも名の知れた高位魔導士である。
「緊張しなくて大丈夫。ただちょっと、お話がしたいだけなの」
彼女の微笑みに、ルシアンたち6人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
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場所は学園長室の奥、普段は使われていない来賓用の談話室。
高級感漂うソファと丸卓を囲むように座る6人の前に、セラともう1人の教師が立っていた。
ヴィル・ハウザー。魔法理論の権威にして、50代半ばの知識人。
その鋭い視線は、常に真実を見抜こうとする知性を感じさせる。
「改まった形になってしまってごめんなさいね。でもこれは、我々教師陣にとっても重要な機会なんです」
セラが前置きし、続ける。
「単刀直入に言うと、あなたたちの入学試験――特に実技。あれは……正直、驚きだったわ。まさか《独創》を、あの段階で使ってくるなんて」
「筆記試験の点も、まぁ……高い子は高かったわね」
その言葉に、レン・アカネ・アイが少し目を逸らす。
「《独創》は、卒業時点でも扱えるのはごく一部。我が校の方針でも、レベル10相当の魔法技術を目標に指導しているのです」
ヴィルが静かに、だが重く言った。
「君たち6人が試験で見せた技術は、もはや……驚愕を通り越して、現実味がなかった」
セラが優しく語りかける。
「どうして、こんなにも若くして《独創》に至れたのか。あなたたち自身、自覚や心当たりはあるかしら?」
最初に手を挙げたのはソウマだった。
「僕は……あります。ある程度、“段階”のようなものを意識していました」
「段階……?」
ヴィルが身を乗り出す。
「はい。僕の防御魔法は、最初は盾を作るだけでした。それが複数展開、反射、偏向、吸収と進化していき……それぞれ“できるようになるまで何百回も試す”ことが必要でした」
「そして“これはLv9だな”とか、“ここから先はLv10だ”と、感覚としてですが、明確にわかるようになったんです。その次に見えてきた魔法が、独創でした」
「……非常に理論的だな」
ヴィルが感心したように頷いた。
続いてアリサが手を挙げる。
「私も似ています。私は弓と付与魔法の複合なんですけど、ただ矢の威力を上げるだけでなく、“速度”や“軌道の制御”の方が遥かに難しくて……そこにレベルの概念が見えてきた気がします」
「付与を一度に複数かける。タイミングと質を極限まで高めていく。そうやって練習と記録を繰り返すうちに、“レベルが1つ上がった”と感じる瞬間がありました。その延長が《独創》でした」
「なるほど……独学でその領域にたどり着くとは」
セラが感嘆の声を漏らす。
「王国騎士団の弓兵にも、似たような経緯で《独創》に至った者がいると聞いたわ。アリサさん、あなたの分析と努力は見事よ」
そしてアカネが元気よく手を上げる。
「私は感覚かなー!剣と魔法を色々組み合わせて試してたら、気づいたら独創っぽくなってた!お兄ちゃんたちにもいっぱい見てもらってたから、それも大きいのかも!」
「……もしかして、リース姓?」
ヴィルが眉を上げる。
「はいっ!リース・アカネ、騎士団長ラインハルトの妹です!」
「なるほど、セイリュウだけでなく、王国騎士団長の血筋まで……」
セラとヴィルが顔を見合わせ、納得の表情を浮かべた。
控えめに手を挙げたのはアイだった。
「私は補助魔法の《独創》なんですけど……あんまり難しいことは考えてなくて。ルシアンのために、ずっと魔法をかけてたら……気づいたら、なんか凄いのができちゃってて……」
目をそらして、小さな声で呟くアイ。
「ルシアンは気づいてなかったかもだけど、私けっこう頑張ってたんだよ?」
「ほう、完全に試行回数での技術習得か。しかもルシアンに向けて、とはね……」
セラが目を細めると、ルシアンは相変わらずの無表情で静かにアイを見た。
「それで、ルシアン。君は《独創》を2つ、いや……それ以上見せていたが」
「ええ。実際には、今使える《独創》は7つあります。レベル11から17まで」
「――なに?」
セラとヴィルの声が同時に重なった。
「ど、どうしてそんな段階まで……?教えてくれ」
ヴィルの問いに、ルシアンは少し目を伏せながら、淡々と語り始める。
「昔、家の近くで“変な女”に出会いました。見た目は浮浪者みたいだったけど……魔法の知識量が異常で」
「話をしてみたら、『お前は素質がある』って言われて。しばらくの間、その人に魔法を教わったんです」
「“変な女”って……」
セラが眉をひそめる。
「術のセブンスター。マーリンです」
その名を聞いた瞬間、セラは吹き出した。
「……ああ、納得。確かにマーリンは変な女だわ。でも知識と才能だけは、桁違い」
「なぜ彼女が君を……?」
「たまたま声をかけたら、マーリンの話を理解できたって。それが理由みたいです。『お前が最初で最後の弟子だ』とも言ってました」
ルシアンがさらりと言うと、ヴィルは顔を覆った。
「……もう、驚きを超えてるな……」
セラがにやりと笑う。
「じゃあ君たちは、学園史上初の“入学時に《独創》を操る6人組”ということになるのね」
「これは……伝説の代になるかもしれませんね」
ヴィルが静かに呟いた。
「ありがとう。あなたたちのことが少し分かったわ。……これからも学園生活を思う存分、楽しみなさい」
「はい!」
6人は揃って返事をし、談話室を後にする。
部屋に残ったセラとヴィルは、扉を見つめながら言葉を交わした。
「まさか、マーリンの弟子だったとは……」
「正直、アカリの時以上の衝撃です。あの子1人でも伝説と言われたのに、6人も同時に……」
セラが真剣な表情で言った。
「3年生はアカリが突出してて、他の子たちがついていく形だった。でも今回の6人は、全員が自立して才能を持っている。あの子たちは……おそらく、間違いなく3年を超えるわ」
ヴィルは深く頷きながら、小さく呟いた。
「……あの子たちを育てられる教師が、果たしてこの学園にどれほどいるのか」
セラの視線が、まっすぐに遠くを見つめる。
その瞳には、**“希望”と“警戒”**が入り混じっていた――。
途中で出てきた初登場のキャラについて…
ラインハルト・リース
アカネの兄で、若くして王国騎士団の団長の席に着いています。アカネと同じく剣を使う剣士で三兄弟(妹)全員が剣を使う設定です。
アカリ
王国学園の3年で入学時から飛び抜けて強い生徒です。既に実力は5年のセイリュウも超えています。