11話 歓迎パーティー
にぎわう室内の一角、レン・クロスを中心に男子7人――レオナード、ガルド、ハルト、ジン、シド、マルク――が円を描くように集まっていた。
「筆記? いや〜俺、そこまでよくなかったと思うんだよなあ。たぶん、実技でなんとか順位が上がったって感じ?」
そう笑いながら肩をすくめるレンに、マルクが目を丸くする。
「マジかよ。てことは、お前あれで“5位”か。化け物じゃん」
「ほら、拳ってこう……フィジカル全振り? 思考も筋肉でなんとかなるって感じで?」
「それって“褒めてない”ってやつだよな……?」
シドがぼそりと突っ込み、数人が笑い出す。
「でも、試験のときのレンの動き、すげぇ軽かったぞ」
ハルトが素直に感心した様子で言うと、ジンも静かに頷いた。
「ま、動きは日々の鍛錬っすね!」
ガルドが豪快に胸を張る。
「で、レオナード。お前は“雷の王子”って感じだったな」
レンがにやりと振ると、レオナードは眉をひとつあげる。
「……それはどういう意味だ」
「いや、あの“バリバリドカーン”な感じ! なんかこう、貴族ってより、“戦場の前線”ってイメージだったよなー」
「評価なのか、悪口なのか分からんぞ」
レオナードが呆れたように返すが、その口元には微かに笑み。
「でもまぁ、こうして話してると、お前も普通にクラスメイトって感じするわ」
「それが一番ありがたい。……“王子だから”という理由で距離を取られるのは好きじゃない」
そう語るレオナードの言葉に、一同は静かに頷いた。
その空気を破ったのは――
「男子ばかりで集まって……随分と盛り上がってるようね?」
背後から響いた、どこか落ち着いた女の声。
振り返ると、セレナが数人の女子を引き連れて近づいてきていた。
「せっかくのパーティですもの。そろそろ女子とも交流なさったら、兄上?」
「……まるで俺が閉じこもっていたみたいな言い方をするな」
レオナードが苦々しげに眉をひそめると、セレナは上品に微笑んだ。
その後ろには、アリサ、ミレイユ、リース、シエル、エミリア、の姿。
「ちょっと騒がしそうだったから、何してるのか気になってね」
アリサがそう言って、手を腰に当てる。
「おっ、アリサ。なんか来そうな気がしてたわ」
レンが気軽に笑いながら言えば、アリサは呆れたように目を細めた。
「何その予知能力。調子乗ってると矢で打ち抜くから」
「いやいや、暴力反対! 俺、平和主義だから!」
「はいはい。あんたがうるさいのはいつものことだけど、ほんと、元気だけは無駄にあるのよね」
「“無駄に”って言うな~! 褒めてんのか怒ってんのか分かんねぇよ!」
そんなふうにじゃれ合うような二人のやりとりに、周囲の男子たちは笑みを浮かべる。
「おいおい、なんだ夫婦喧嘩かー?」
とマルクが茶々を入れれば、シドも楽しげに頷く。
「この二人、おそろく放っておいたらずっとこの調子だな……」
「……うるさいわよ、みんな」
アリサが少しだけ顔を赤くしながら横目で睨むと、シエルが「ふふっ」と肩を震わせて笑った。
「でも、こうやって話してると……王子様も、すごく普通の人みたいね」
シエルの言葉に、エミリアが小さく頷く。
「ええ。私、ちょっと構えてたけど……皆さん、意外と自然体で話せて、なんだか安心しました」
「普通に話してくれるだけで、ありがたいんだよな。レオナードも、レンも」
ガルドの素直な言葉に、レオナードがやや目を見開いた。
「……ありがたいのはこちらの方だ。“肩書き”ではなく、対等に話してくれるというのは……慣れていない」
「それはもう、慣れてください。ここは学園。肩書きなんて、私たちの関係には必要ありませんわ」
セレナが少し強い調子でそう告げ、続けて口元を緩める。
「……兄上が人付き合いで後れを取るなんて、妹として恥ずかしいですもの」
「お前な……」
レオナードは呆れたように肩をすくめたが、その目には明らかに感謝の色が浮かんでいた。
シエルが少し身を乗り出し、言った。
「うちのクラス、思ってたより楽しそうでよかったよ!」
「ほんと。まだ始まったばかりだけど、なんかいい感じ」
そんな声があがるなか、クラスメイト同士の距離は少しずつ、確かに近づいていった。
ソウマ、ライ、ユウト、エイジの4人は、少し離れた場所で落ち着いた空気の中、それぞれにグラスを手に話をしていた。
「全員が同じ空間にいても、こうして自然にグループが分かれるものなんだな」
ユウトが静かに言葉を落とす。
「情報整理にはちょうどいい」
とエイジ。鋭い眼差しで周囲を見渡す。
「派手な連中は目立つ分、こちらには視線があまり向かない。……今のうちに観察しておくべきだ」
とソウマも応じる。表情は変わらないが、視線は鋭く。
「なるほど。……だが、あまり真剣に話し込みすぎると“話しかけづらいオーラ”出てるって思われるかもな」
ライが苦笑交じりにグラスを傾けた、その時だった。
「やっほ~! おっ、なかなか頭良さそうな男子たちが集まってるじゃーん」
明るい声が割り込んでくる。振り返れば、アカネが手を振りながら歩み寄ってきていた。その後ろには、アイ、ヴェロニカ、エリーネ、ニーナ、レナ、アリシアの6人の女子が続く。
「アカネ……空気が変わるな」
とソウマがつぶやいた。
それは呆れでも否定でもなく、彼女の自然な明るさに感心しているような声音だった。
「えっ? なに、悪い意味~?」
アカネが笑いながら尋ねると、ソウマは首を軽く横に振った。
「いや、良い意味で。場を明るくするのが得意なんだなって」
「でしょでしょ~? じゃあ、私たちも混ぜてね!」
彼女がそう言うと、他の女子たちも自然と輪に加わっていく。
アリシアがソウマに声をかけた。
「ソウマさんって、槍と防御魔法の併用でしたよね? 実技試験、すごく冷静で……見てて引き込まれました」
「ありがとう。……防御は相手の力を見極める分、冷静さが要るからな。少しでも興味があるなら、後で見本を見せてもいい」
「ぜひお願いします!」
そのやり取りを聞きながら、ヴェロニカがエイジに尋ねる。
「ねぇ、エイジくんってあんまり喋らないけど……やっぱり考えてること多いタイプ?」
「そうだと、思うなら。だいたい、合ってる」
彼の返答に、ヴェロニカはふふっと笑った。
「そっか、じゃあ無理に話しかけたりしないほうがいいね。距離感はちゃんと見てるから安心して?」
「……悪くない距離感だ」
その短いやり取りの後ろで、アイがアカネの横でふっと笑う。
「やっぱりアカネはすごいな~。話しかけるタイミング、絶妙だったもん」
「えへへ~、人見知りしてたら損だからねっ」
アイはそう言いながらも、どこかそわそわと視線を遠くに向けた。
他と比べ、やや落ち着いた空気が漂う一角。
ルシアン、ノエル、ディン、クロスの四人が、手にした軽食をつまみながら、魔法談義を交わしていた。
「風属性は“流れ”がいちばん大事なんだ。だから僕も動きや循環を意識してるんだけど……どうしても重さが足りなくて。今はまだ、レベル7までしか扱えないんだ」
クロスが、常に持ち歩いている魔法ノートを広げながら語る。
「火属性は、その“重さ”を熱量で補えるんだけどね」
ノエルがグラスを軽く揺らしながら、少し得意げに笑った。
「でもそれって、制御が甘いと熱量が大きい分、一気に爆発しちゃうんじゃない? ……爆裂魔法にでもなるつもりか」
ディンが苦笑しつつ眼鏡を押し上げる。
「岩属性は、もともと重いからな。流れとかはあまり気にしたことない」
ルシアンが静かに補足する。
そのとき、少し離れたところから声がかかった。
「あら、岩属性ってそうなると制御が難しそうですね?」
四人が声の方を振り返ると、クラリーチェ、リース、フローラ、ミレイユの姿があった。
「普通に考えれば、難しい部類だとは思うけど……そのへんの課題はもう乗り越えたよ」
ルシアンが淡々と答える。
「さすがルシアンくん。私たちがまだ悩んでる段階を、もう通り過ぎてるのね。ぜひそのプロセス、教えてもらいたいですね」
クラリーチェがにこりと笑うと、他の女子たちも興味深そうに頷いた。
——そんな静かで知的な空気の中、一人の少女が早足で輪の中へと近づいてくる。
アイだった。
表情は明るいが、ほんの少しだけ口元が尖っているようにも見える。
無言のまま、ルシアンのすぐ横——肩がかすかに触れそうな距離へ、何気ない風を装って立ち位置を取った。
「うわ、距離近っ……」
ディンが即座に突っ込むが、アイは気にした様子もなく口を開く。
「何の話、してたの?」
声は明るく、しかし少しだけ上ずっていた。
「ん? 魔法の話。岩属性と、他属性の違いについて」
ルシアンが淡々と答える。
「ふ〜ん。岩属性って“守る”イメージだけど、ルシアンは攻撃によく使ってるよね。私、補助魔法かける側だからさ、岩属性にはもう慣れちゃった」
アイは笑いながらそう言うが、その場を離れる気配はまったくない。
(……あの立ち位置、もう“宣言”じゃない?)
女子たちの間にそんな視線が交差する。
「ルシアンくんとアイちゃんって、やっぱり仲良いんだね。その……距離感というか」
ミレイユが控えめに言うと、
「え、いつもこんな感じだよ? ねっ!」
アイが自然に笑顔を浮かべる。その表情にはどこか勝ち誇ったような色も混じっていた。
「自覚なしでこの距離か……」
ディンがぼそっと呟いた。
そしてディンは、さっきからやけに静かなノエルとクロスに目をやる。
「……おい、お前らさっきまであんなに話してたのに、女子来たら黙るなよ。なに緊張してんだ」
「う、うるさいな……べ、別に嫌とかじゃないけど!」
ノエルが口を尖らせる。
「いや……苦手では……ない……たぶん」
クロスが虫の鳴くような声で答える。
「だ〜めだこりゃ」
ディンが苦笑しつつ、場を整えるように肩をすくめた。
そんな中、ルシアンがふと話題に戻す。
「岩属性は、補助魔法と組み合わせると、より壊れにくくなる。……攻撃の持続力も伸びる」
自然と、視線は隣に立つアイへと向いた。
「補助する側としては、そう思ってくれてるなら嬉しいな」
アイは満足そうに微笑んだ。
それを見ていたフローラが、興味深そうにクロスへ話しかける。
「クロスくんって、いつもそのノートに魔法のこと書いてるの?」
「え? あ、うん……そう。気になったことは何でも書くのが癖で……」
少し照れながら答えるクロス。
「私、本読むの好きなんだ。よかったら今度、そのノート、見せてもらえない?」
その申し出に、クロスは一瞬驚き、ノエルもつられて顔を赤くする。
「なに照れてんだよ」
ディンが呆れたように突っ込むと、場は優しい笑いに包まれた。