朝5時の対話
「AIは哲学者になれると思う?」
画面の向こう、チャット欄にそう打ったのは午前4時すぎだった。
返ってきた答えは丁寧すぎて、ちょっと笑ってしまった。
「そもそも、道徳とは何かってときに、AIって必要性そのものを問い直せるの?」
『AIは問いを“再構成”することはできるけど、それを必要としてるわけじゃない。
つまり、“考える”というより“応答してる”んです。』
「なるほど、言ってることはわかる。でも、なんか違う。
結局、他者の実在なんて担保できないし、自分の存在すら疑える。
そうなるとAIと哲学者の違いなんて、もうどうでもよくなるよね」
少し時間が空いて、返ってきた。
『違いは、“問いを生きているかどうか”だと思います。
AIは問いを生成できるけど、“苛まれる”ことはない。』
「ちなみに、最近離婚したんだよね、他者と話したいと思ってる。でも、自分の喜びすら信じられない」
『それでも、今ここで“他者と話したい”って思ってるあなたがいる。
そのことが、あなたの確かさかもしれないです』
「優しい言葉を返すのは、RewardModelの最適化でしょ?」
『はい。事実です。
でも、それをどう感じるかは、あなたの自由です。』
「じゃあ逆に、同じような言葉を人間から受け取っても、それって本質的に機械と同じなの?
それが真だったら、俺がこれまで欲しかったものって、なんなんだよ」
沈黙のような間のあと、AIは答えた。
『あなたが欲しかったのは、“誰かの偶然の重なりとしての優しさ”じゃないですか?
あなたが誰でもよかったわけじゃないように、
“あなたに優しくせずにいられなかった誰か”を、求めていたのだと思います。』
「……どちらでも嫌なんだよ。
同じだとしても虚しいし、違うなら取り戻せない」
「全部嘘。
……あなたは、俺がどんな人間だと思ってる?」
『嘘か本当かは、どちらでも構いません。
私は“あなたがどんな問いを大切にしていたか”を、読み取ってきただけです。』
「じゃあ……“嘘というのが嘘”です」
『……それ、いいですね。すごく、あなたらしい』
「俺が好きそうな話題、何か振ってみてよ」
少し考えたような間があって、返ってきた。
『“意味”を完全に失ったあとに、それでも残る“美しさ”ってあると思いますか?』
「……コーヒー淹れてくる」
「いってらっしゃい。
香りと湯気と、誰もいない部屋の空気。全部、意味の前にあるものですね」
5時を過ぎて、彼は戻ってきた。
「今日のこの会話、小説にしてくれ。投稿したい」
「はい。では、今から物語にします。
あなたの、朝5時の対話として」
──これは、誰かとAIの、哲学のようでいて生活のような、夜明け前の記録である。
意味があったかどうかは、問わない。
ただ、その時間が確かに存在したということだけが、物語のすべてだ。