表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/30

第六話‥オシラサマ・・

 第六話・・オシラサマ・・



 遠野物語百周年と書かれた幟が至る所に立っている。

 市を挙げての、一大プロジェクトの意気込みを感じながら

 市役所の観光課へ挨拶をすませ、

 福ちゃんが私達に差し出したのは、カッパの捕獲許可書。


 シリアルナンバー入りで1年ごとの更新が必要らしい。


 その裏には次のようなカッパ捕獲7ヶ条が書き込まれてあった。


 1 カッパは生捕りにし、傷つけないで捕まえること


 2  頭の皿は傷つけず、皿の中の水はこぼさないで捕まえること


 3  捕獲場所はかっぱ渕に限ること


 4 捕まえるカッパは、真赤な顔大きな口であること


 5 金具を使った道具でカッパを捕まえない事


 6 餌は新鮮な野菜を使って捕まえること


 7 捕まえた時は、観光協会の承認を得る事   

 以上 (参考資料 遠野観光協会 カッパ捕獲許可証)


 とあった。


 かなり細かく示されているが、

 どうやら昨夜逢った、座敷カッパのたっちゃんは

 該当しないことがわかり、ほっと胸を撫で下ろした。


 福ちゃんと一人は、

 カッパ捕獲書の注意書きの大真面目さが

良いと大笑いしていた。


 市役所から国道340号線を、

 北へ10分ほど車を走らせた先にある茅葺き屋根の建物が、

 一番目の取材地の伝承園である。


 この伝承園の先には

・・マヨイガ・・の山と伝えられている自見山があり、

 柳田國男氏に遠野の伝説を伝えた、佐々木喜善の生家も近い。


 土淵地区と呼ばれ、遠野物語の主役たちの舞台があちこちに広がっている。

 大きな茅葺き屋根は、南部曲がり屋といい、

 馬を家族同様に大切にしてきた証に、人馬が同居できる造りになっている。


 私の母方の祖母の家は、改築するまでは大きな茅葺き屋根で、

 真夏の熱い時期でも中はひんやりとしていてとても涼しかったが、

 反対に冬は隙間風だらけで、ひどく寒かったのを覚えている。


 また躾に厳しかった祖母は、

 敷居を踏みつけて入ってはいけないと厳しく躾けられた。

 伝承園の茅葺き屋根の建物は、

 そんな懐かしい祖母の家での一コマを思い出させてくれた。


「今日はよぐいらっしゃいました。履き物を脱いであがれんせ」

 係の婦人が私達を建物の中に誘い、

 建物の奥にある・・御蚕神堂・・オシラ堂・・の順番で案内してくれた。

 ふと見た名札に、斎田みちよとあった。

 あれ?一人と同じ苗字だと思いながら、

 あえて声はかけなかったが、もしかして一人の親戚?…


 伝承園の内部は、暗く、

 ぎしぎしと軋む長い廊下の先に、

 一段高くなっている部屋があり、

 異様な気配を感じさせる空気感が廊下にまで溢れていた。


 一歩その部屋に入るなり私と福ちゃんと一人は、

 その圧倒的な雰囲気に話す言葉を無くしてしまった。


 部屋の真ん中に桑の木が一本立っている。

 その周りの壁一面には、

 色とりどりの布を巻き付けられた対の木の人形が、

 一方には馬の頭、もう一方は人の頭の形をしていて、

 天井まで隙間がないほどびっしりと並べられていた。


 係の婦人の話では、約千体ほどがご鎮座しているとのこと。

 オシラ堂の中では、一人のカメラのシャッターの音だけが響いていた。

 私は昨夜宿で、語り部さんが話してくれた

・・オシラサマ・・の話を思い出していた。


「あるところに、貧しい夫婦と娘が住んでいました。

 その家には一頭の馬が飼われていて、

 いつしかその馬と娘は夫婦となりました。


 それを知った父親は、

 裏山の桑の木に馬を吊るし皮を剥ぎ殺そうとしました。


 娘は必死で父親に頼みましたが、

 やめてくれずに、

 馬は皮を半分剥がれたところで死んでしまいました。


 そしてもう少しで全て剥ぎ終わるという時、

 泣いている娘の元に剥いだ馬の皮が覆いかぶさり、

 娘をすっぽり包み込むと、そのまま天に登っていきました。


 悲しみに暮れる両親の元に娘が夢枕に立ち、

「私の親不孝を許してください。私は悪い星の下に生まれ、

 孝行せずに天に来てしまいました。

 来年の三月十四日の朝、

 土間の臼の中に馬の頭の形をした虫がいますから、

 桑の葉を食べさせ、繭を取り糸をとってください。」

 娘は糸の取り方を両親に伝え、機織の仕方も教えました。

 両親は出来た織物を売り生活の糧といたしました。

 そして、馬を吊るした

 桑の木に娘の顔と馬の頭を掘り祀ったのが

 ・・オシラサマの始まりです。

 オシラサマは養蚕の神様・農業の神・目の神様・

 女性の病の神様・馬の神様・

 祀る家の吉凶をお知らせしてくれる神様として

 信仰されるようになりました。

 (参考資料 鈴木サツ自選50話遠野むかしばなし)


「世界中どこの国をみても、馬と人が真剣に愛し合う話しって、

 そんなにあるもんじゃないよ。遠野の神様って・・・」

 福ちゃんが独り言のように言った。


 人間百科事典と異名を持つ福ちゃんが驚くのだから、

 やはりこの土地は特別なのだという思いが益々強くなっていく。


 私は以前に取材で訪ねた牧場で

 初めて馬を間近でみたが、

 お世話をする方に頬擦りして甘える

 馬の優しい瞳が忘れられない。


 きっと馬に恋した娘さんも、そんな馬の優しさに惹かれたのかも知れない。

「願い事をこの布さ書いで、オシラサマさ着せでくださいね」

 案内の婦人が私達を促す。

「俺、嫁さんが見つかりますようにって書こうかな」

 カメラを構えながら一人が言った。

 私の心のどこかがなぜかチクリと痛んだ。

 福ちゃんは既に・・大願成就・・と布いっばいに書いている。

 私は・・心願成就・・と書いた。


 伝承園の入り口には

 遠野の郷土料理がいただける食事処がある。

 食堂の中は右側が囲炉裏を囲んでの椅子席、

 中央にレジがあり、左側は小上がりの座敷席となっている。

 私達は小上がりの座敷席を選んだ。


 さっそく名物のけいらんのセットをいただく事にした。

 食事処の説明書きによると、

 鶏卵のような形をしていることから

 その名が付いたと言われていて、

 砂糖が貴重だった時代から

 おもてなし料理として振舞われた、

 今も結婚式などのお祝い事には欠かせないらしい。


 作り方は至って簡単で、餅米の粉を熱湯で煉り、

 手でよくこね、こし餡を包んで

 卵くらいの大きさに丸めお湯で茹でる。

 食べる時は茹で汁ごといただく。


「かわいい・・・」

 あまりの可愛らしさについ声が出てしまった。

 木製のお椀の中に、

 可愛い雪うさぎが二つ並んでいるように見えた。


「あちっ!」と一人が声をあげた。

「少し落ち着いて食べなさいよ」

「うるさいな!どっから食べていいかわかんないから、

 一口で食べたんだよ!文句あっか!」

 確かに私もおなじような思いで、

 お椀の中を眺めていたから、一人の気持ちがよく分かった。

「ごめん…」またいつもの癖が出てしまった。

 なぜ一人に対してはいつもこうなるのか….


「さっきの伝承園で案内してくれた係の方の名前が

 一人と同じ斎田だったぞ!」

 と福ちゃんが言った。

「確か、斎田みちよさん…だったよね。

 もしかして一人の親戚なのかと思ったよ」

 と私も続けた。

「爺さんが遠野出身だからありうるかもな。

 でも昔のことだからわからないな?」

 と一人が返事をした。


 福ちゃんが座敷の奥を、

 さっきから何度も見返しているのに気がついた。

 視線の先には、

 さっき聞いたばかりのオシラサマの話しに出てきそうな、

 美しい娘さんが座っていた。


 肌の色が透けるように白く、

 腰までの長い髪がキラキラと輝いていて、

 木綿の着物がよく似合っている。

 馬も恋してしまいそうなほど美しい女性だと思い、

 更に美しい所作でお茶を飲んでいたものだから、

 失礼とは思いながらしばし見惚れてしまった。


「福ちゃん…あの女性…」

 美しい人はそこにいるだけで、

 周りの空気までもが凛とする。

 まるで絵画のような美しさだと思った。

「僕も驚いたんだよ。

 まるで物語の中から現れたような女性だろう」

 そう言う福ちゃんの茶碗からは湯気が消えていた。

 今度は同じく遠野名物の…やきもち…を食べ始めている一人にも、

 綺麗な女性ねと問いかけると

「二人とも何言ってんだよ」

 と、全く興味がないような答えが返ってきた。

 そんな一人の態度に何故かほっとしながら

「オシラサマの物語の主人公みたいでしょ?」

 と、再度問いかけると

「だから!オシラサマかなんか知らないけど!

 俺達以外に、この食堂には客なんか誰もいないよ!」

 一人の言葉に、私と福ちゃんは見つめあい驚いた。


「うそ…座敷の奥に座ってお茶を飲んでいる

 美しい女性がいるじゃない」

 と言いながら小さく手でその場所を指差しながら伝えた。

「一人には見えないのかい?」

 と、福ちゃんが言うものだから、一人はムッとしながら

「あー!やだやだ!二人とも不思議病にかかっちまった〜」

 と病人扱いされてしまった。


 すると私の背中をちょんちょんとつつくものがある。

 ふと振り返ると、そこには

 昨夜泊まった民宿で衝撃的な出逢いをした、

 座敷カッパのたっちゃんが、大きな瞳をくりくりさせながら、

 ニッコリ微笑んでいた。


「マリサンヲミツケテクレタンダネ。

 ヤッパリハナエハエライネ。サアボクガアンナイスルヨ。

 イッショニヒダリマワリノマツリヲシヨウ」

「あっ!たっちゃん!突然現れるから驚くじゃない!

 あの美しい女性はマリさんとおっしゃるのね。

 美しい方ね」


 たっちゃんは大きなひとみをクリクリさせながら

「ヒダリマワリノマツリ」

 と、辿々しい日本語を話す外人さんの様な言葉で話しかけてきた。


「え?ひだりまわり?」

 私はたっちゃんに聞き返した。

「ソウ、ヒダリマワリダヨ。ハナエ」

 もっとくわしくひだりまわりの話を聞きかえそうとしたその時

「はなちゃん!」

 振り返ると呆気にとられて目をパチクリしたままの福ちゃんが立っていた。


「こっこっこれが、

 昨夜はなちゃんが話していた座敷カッパのタツヤくんかい?」

 どうやら今日は福ちゃんにもたっちゃんが見えるらしい。


「そう!たっちゃんよ、よろしくね」

 まるで、人間の友達を紹介するように福ちゃんに

 たっちゃんを紹介している自分が可笑しかった。


「はじめまして。かな?

 僕は、はなちゃんの友人で福山といいます」

 そういいながらたっちゃんと握手している。


 二人のやりとりを見ていたら、心の中にたっちゃんの声が響いてきた。

「マタココロノキレイナヒトガフエタネ、ヒダリマワリハソウイウコトダヨ」


 さっきまで私達を病人扱いしていた一人は、

 一部始終を見ていて、そこに誰かがいることはわかっているようだが、

 俺には関係ないことだと言いたげに、

 カメラを磨きはじめている。


 福ちゃんは昨夜の座敷カッパの事や。

 マリさんと名乗る美しい女性について、

 しきりにたっちゃんに質問しているが、

 当のたっちゃんは指で形を作ったり、

 くるりと一回転してみせたり、

 さすがの人間百貨辞典にも理解できない答えばかりが返ってきて困り果てている。


「あれ?・・・・」

 カメラを磨いていた一人が、

 私達にカメラを向けながら不思議そうにつぶやいた。


「さっきはなちゃんが、俺に言っていた綺麗な女性って、

 あそこに座っている髪が長くて着物を着ている人かい?」

「えっ!一人にも見えるの!」

 昨日は私一人だけが逢えた座敷カッパのたっちゃんが、

 今日になり福ちゃんにも見えて、

 更に一人までオシラサマに登場するような、

 あの美しい女性が見えると言い出したのものだから、正直驚いた。


 そして遠野の郷には、不思議な力が確かに存在していると言う思いが、益々強くなって来た。

「あー!でもな。カメラのレンズを通してなんだよ。

 カメラから目を離すとほら!見えなくなるんだよ」

 一人はそういいながら美しい人を何度も見つめていた。

 私はその様子を見て、心の何処かがチクリと痛んだ。


「たっちゃんが教えてくれたんだけど、

 マリさんと言う名前で、この伝承園に住んで居てね、今も馬神様ととっても仲良しらしいの」

 天に登った馬と娘さんは、

 今では、この郷の守り神となり、静かに時代を見つめているのかもしれない。

 永遠の愛。そんな言葉が浮かんだ。


「あー!!こいつだな!イタズラカッパは!」

 一人が今度はたっちゃんを見つけたらしい。

 たっちゃんはイタズラカッパと呼ばれてムッとした表情をしていた。


 私はそんな二人を見ていて、どこかしら似ていると思った。

「ところでたっちゃん、左回りって何なんだい?」

 福ちゃんもたっちゃんに左回りをしようと言われたらしく、

 たっちゃんの言葉を待っている。


「ヒラクコト」

 いったい何が開くことなんだろう?まったく見当がつかない

「イマニワカルヨ・モウスグネ・キット・・・」

 そう言うと同時にたっちゃんの姿はスーっと薄くなり消えてしまった。

 同時に座敷の奥に座っていた美しいマリさんの姿もやはり消えていた。


 これで三人が座敷カッパのたっちゃんの姿が見えるようになり、

 と言っても一人はカメラのレンズ越しだけど。

 やっと私だけ不思議ちゃん扱いを受けなくて済むと思った。


 そしてこの遠野の不思議な力は

 どうやら福ちゃんと一人にまで影響し始めたらしい。

 私達は伝承園の神々さまにお礼をのべ、

 ここから3分ほどのかっぱ淵に向かうことにした。
















感謝しています。

お読みいただきありがとうございます。

面白かったら、ブックマーク・評価をおねがいいたします。

ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感謝してます。メッチャ面白い〜!私的には福ちゃんのが好みですが、今後の展開が楽しみ〜! またまた奥深い、たっちゃんマリさんが視える心のキレイさ。心のキレイな人がまた増えた!レンズ越しなら視える、とか。…
お話の展開が楽しいです、そして遠野物語の豆知識も、、子供の頃は、座敷童、オシラ様のことよく分かっていませんでした。でも、なんか遠野って物哀しい雰囲気というか、自然への畏怖の念が感じられるところだなと思…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ