俺は彼女を絶対に守る
出会いはフードコートだった。
仕事のことで、俺は落ち込んでいた。前田さんの仕事を引き継いだのだが、前田さんのようにうまくできなかった。
先方さんはまた前田さんみたいに愛想がよくて面白い男が来るものと思い込んでいたのだろう。ペットボトルのお茶をいきなり頂いたが、会話をするうちにどんどん態度が冷めていき、遂には会話をしてもらえなくなった。
30歳にもなって上手なことの一つも言えない。
俺はなんてつまらなくて、他人の期待に応えられない男なのだろう。
部屋にじっとしていられなくて、用もないのにショッピングモールに出かけ、フードコートで一人、もやしラーメンを食べていると、彼女が向かいの席にやって来たのだった。
「すいません、ここ座ってもいいですか?」
顔を上げると制服姿の女子高生だった。
周りを見るとフードコートは満席だ。
「あ、どうぞ、どうぞ」
俺は精一杯の愛想笑いを浮かべ、彼女に席を勧めた。
彼女はテーブルに水を置くと、人懐っこく話しかけてきた。
「もやしラーメンかぁ……。美味しそう。あたしもそれにしたらよかったな」
知らない人間に話しかけられるのは好きではない。
しかし不思議と迷惑に思わなかった。自分より10歳以上下だからか、あるいは彼女の笑顔があまりに人懐っこいからか、俺は素直に言葉を返すことができた。
「俺、もやしラーメン食ったら無敵になるんだ。嫌なこと全部忘れて、リセットできるんだよ」
ほんとうのことを言ったのに、彼女は芸人のギャグでも聞いたかのように、大きな口を開けて笑った。笑われるのは気持ちよかった。
そして彼女は言ったのだった。
「じゃ、おじさん。あたしがもしモンスターに襲われたら、無敵になって助けてくれる?」
なんだか胸の奥から力が湧いてきた。
スーパーヒーローになった気分で、俺は答えた。
「ああ、お安い御用だよ。ただしもやしラーメンさえあれば、な!」
ショッピングモール内に轟音が響き渡り、巨大な触手を何本も振りかざして、モンスターが出現した。
力をくれた彼女の笑顔が恐怖の色を帯びるのを見て、これではいけないと俺は焦った。彼女はいつでも笑顔を浮かべているべきだ。
「逃げるぞ!」
ほんとうはモンスターに立ち向かい、華麗な必殺技で倒してみせたいところだったが、生憎俺はただの人間だ。悔しいが逃げるしかない。
彼女の手を掴むと、逃げ惑う他の客たちの横をうまくすり抜けて、俺は走った。
俺は他人とズレている自覚がある。それが役に立った。
他の客たちが皆、かたまりのようになって動けなくなり、一人ずつモンスターに食われているのを横目に見ながら、俺たちは階段に向かう。
「あれは何!? おじさん!」
「わからん! 俺に聞くな! とりあえず逃げるしかないのは確かだ!」
他の客はどうなってもいい。
俺に笑顔をくれた彼女だけは守りたかった。
俺は彼女を絶対に守る。
自分がどうなっても、彼女だけは絶対に守る!
階段の下から巨大な触手が現れ、襲いかかった。
俺は手に持っていたビジネスバッグで振り払おうとするが、モンスターの力はあまりにも強大だった。
俺の横へ逸れたモンスターの触手が、その先端が口のように割れ、サメのような牙が並んだそれが、彼女の脇腹を食った。
「君!」
俺は叫びながらビジネスバッグで触手を叩き続けた。しかしとっくに遅かった。あっという間にモンスターは彼女を物言わぬ赤黒い肉片に変えてしまっていた。
大丈夫だ。
俺は彼女を絶対に守る。
俺は急いでフードコートに駆け戻ると、食いかけだったもやしラーメンを自分の口に叩き込んだ。
「リセット!」
向かいの席に彼女が戻ってきた。
俺を肯定してくれる笑顔を見せてくれた。
「逃げるぞ!」
俺はリセットするなり彼女の手首を掴んだ。
抵抗された。当たり前だ。しかし強引に、たとえ変質者と間違われても、俺は彼女を守りたいのだ。
モンスターが現れた。巨大な触手を振り回すその死角を縫って、俺はちょうどそこにやって来ていたエレベーターに駆け込んだ。
「あれは何!? おじさん!」
「同じ質問を何度もするな! とりあえず逃げるしかないのは確かだ!」
エレベーターの換気口が激しい音を立てて開き、上から触手が襲ってきた。彼女を頭から飲み込むと、ゆっくりと咀嚼をはじめた。
俺はエレベーターを走り出ると、全力で階段を駆け上った。フードコートへ戻ると、食いかけだったもやしラーメンを急いで口に詰め込む。
「リセット!」
向かいの席に彼女が戻ってきた。
俺を肯定してくれる笑顔をまた見せてくれる。
何が何でも彼女のことを守る! 男の使命感のようなものが俺を突き動かした。
「次は屋上へ逃げるぞ!」
問答無用で彼女の手首を掴むと、彼女の笑顔が怯えに変わる。それを見ないようにして、俺は駆けた。
モンスターが現れた! 彼女が俺に聞く。
「あれは何!? おじさん!」
「知らんが、俺はおまえを守る! それだけだ!」
俺は信じた、こうしているうちに、きっとハッピーエンドに辿り着けると。