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4.バンカーデバイス

 稼働前の最終メンテナンスを終え、隔壁表面のカバーを閉鎖すると、その大型機構は耳の奥まで通る重い音で電源の投入を知らせた。このシステムに破綻は許されない。生きていることが基準状態であり、観測可能なことが基準状態であり、最も突き詰めて言えば、内部が完全に封鎖され、外部の直接観測を許さないことこそが基準状態なのだ。「フォギング・セル」は、このように狂気的な環境維持能力を最低限度の稼働要件として保証し、仮に重大な問題に直面したとしても、自動的に状況を安定しつつ、内部の観測者を保護しなくてはならない。

「よし、そういうわけで、きみもようやく正式稼働だ。CP-01、起きてるかい?」

 額の汗を拭いながら、技師は小部屋の虚空に語り掛ける。

『CP-01、稼働状況に問題なし』

「おぉー!聞こえる、聞こえるよ!よし、それじゃあ報告を……」

 CP-01、この実験環境を自動的に維持する管理作業AIに対する指示がフランクな口調のままではいけない。できるところでは少しでも恰好を付けるのが彼女の美学だ。技師は一瞬考えた後で、咳払いと共に命令を下した。

「CP-01、無人環境の維持状況を報告せよ!」

『無人環境維持報告、了解』

 魂のないシステムは、技師と同じ声で返答する。

『実在座標系の密閉、開放状態。

 存在座標系の密閉、開放状態。

 非アクティブ状態パラメータの参照により、警報発令は保留。

 カオス・シードの保管状況、閉鎖。

 標準観測主体1名の内包を確認。報告事項は以上』

「バッチリ!」

 技師は歓声を上げながら、足取り軽く「隔壁」に近づく。フォギング・セルとカオス・シード・チェンバーを隔てる一枚の分厚い壁は、デバイスにとっては両面で情報の入出力を行うための、いわば双方向に開かれた眼のようなものだ。

「ぼくはマイカ、きみを作った補助AIプロジェクト主任技師だ。そして、きみが外界と繋がるための声を提供した者でもある。よろしくね」

『記憶しました』

 彼女――少なくともマイカにとっては、自分の分身か、新しく家族に迎えた妹のような気持ちで接していた――から聞こえてくる自分の声を堪能しながら、端末の画面に確認の指先を走らせる。

「そうそう、それでね……えっと、CP-01っていうのは、きみのマシンとしての区別名、品番みたいなものなんだけど」

 作業補助AIとして彼女に与えられたコード「CP」はCarrier Pigeonの略だ。内外を完全に隔絶する実験環境における唯一の風穴であり、その存在自体がそれぞれの状態に一切の悪影響を及ぼさないように保つ。そのために、入力された情報を自身の内側で希釈し、希釈し、繰り返しぐるぐると認識して付随情報をそぎ落とす。それが「伝書鳩」たる彼女の使命である。

「ずっときみをCP-01、って呼ぶんじゃちょっと味気ないよね」

 CP-01は押し黙ったまま、ただマイカの言葉を認識し続ける。

「世界の観測から外れ、定義強度的に一段低い位置から対象を捕捉するこのシステムを喩えて……きみに名前を贈ろうと思うんだ」


「“バンカーデバイス”。きみの名前はバンカーデバイスだ。覚えた?」


『……記憶しました』

「よしよし。それじゃあ、バンカーデバイス。今日は動作確認でちょっと長くなるけど、最後まで付き合ってね!」

『動作確認、了解。メンテナンス対象の入力を要請』


後日、実験当事者である主軸観測者にはCP-01のマニュアルが共有された。

表紙に貼られた付箋の内容は以下の通りである。


「この子はバンカーデバイス。品番じゃなくて名前で呼んであげてくださいね!」

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