2.会見:新観測システム
観測台 技術開発総合本部における会見の一節。
(前略)
……「ライタールーム」。旧来我々が利用していた汎用的他世界観測手段です。つまり、対象となる世界の情報を抜き取り、コピーして再現する。媒体は何でも構いませんが、これによって任意の定義空間と、内包される現実にアクセスできます。ご存知の通り、この手法によって捕捉に成功した世界は数知れず、また一方で、手の届かなくなった世界も数知れない。対象の情報を取得できなくなることが、そのままアクセスの喪失に繋がります。たとえば、これは「外世界の脅威」に分類されるような特定の上位存在の攻撃や、その他外世界に巣食う無数の脅威存在が出現することで、容易に我々の視界を外れてしまう、ということですから、勿論極めて大きな不都合です。観測台が掲げる「第2の理念」に反する状態を、長らく解決できないままでいたのです。
我々の歩みが進み始めたのは、ある小さな世界に発生した事件がきっかけでした。ゼロエントロピー世界死。勿論個別の事象としては悲劇ですが、それほど稀ではない滅亡要因に見舞われた世界がありました。他の多くの世界と同様に、必要に応じて我々が介入し、新しい日々を作り直そうと計画されましたが……その世界では事情が異なりました。
親愛なる友人の助けにより、私自身の存在が世界の一部として機能し、従来外部からは認識困難であった当該事象の巻き起こる世界内部を、より詳細に観測することができたのです。この非公式なオペレーションで得られた最大の成果こそ、「確率フォグ」という事象の原理解明です。
(中略)
……かくしてカオスに対する干渉技術を獲得したセクター2は、兼ねてより提唱されていた新技術の確立に取り掛かりました。「霧曇る部屋」、今回の主題として取り上げる新観測システム、「フォギング・セル」です。
このシステムでは、対象の現実を呼び出して形成するための「カオス・シード・チェンバー」と、これを投影して扱うための「フォギング・セル」の二つのユニットを用います。推定動揺率を圧縮した制限下のカオスをシードとして精製し、知性体にとって理解可能な水準に落とし込みます。セル内はフレーム3の確率フォグを投影する形になるため、生身の人間を置くのはいささか危険と思われますが、これは従来通り、経口投与式の現実補強剤でカバーすることが可能です。
とはいえ、この空間内に配属された人員は、その情報的封鎖状態を維持するため、一時的に外部からの直接的観測を外れ、「未証明」の存在と位置付けられます。それが、これら二つの部屋から成るシステム本体の実行領域を「無人環境」と呼称する所以です。この中には観測者がいる一方、そこに誰かがいることを証明できなくする。この技術を知性体として実用レベルに押し上げたのは、おそらくこの摂理群で我々が初めてでしょう。
(中略)
第7次までの実験で、この手法が有効であることは確認済みです。
次回の実験では、実際に複数の知性体を封入しての動作実証を行い、同時に、第4次実験以降執拗にシステムへ干渉してくる不明実体の正体を解明していくことを目標とします。率直に言えば、あの上位存在に関する情報が不足しています。セクター3の見解では「原初の火」、つまり世界の起動エンジンを役割に負った上位存在であると報告が上がっていますが、まだ実体を十分に確認できていないのです。「第2の理念」の実現のため、我々はこの不確定要素を放置することなどできません。
実験はアルス時間の2024年、4月の末に実施予定です。
実施にあたっては、無人環境管理AIである「CP-01:バンカーデバイス」を補佐に置き、常に内部の状態を本部から見守ります。危険を伴う検証ですが、参加者の存在含め、すべての状態は保全されますので、安心してご参加ください。
何としても、“彼”に会いに行きましょう。
“彼”は我々を見ています。
公開実験へのご協力を、何卒、よろしくお願いいたします。
終わります。
記者は後日、「”彼”とは上位存在のことか」と質問したが、
スポークスパーソンはその発言のことを記憶していなかった。