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エルシアのクッキー

 

 コンコン


 扉を叩く手が、緊張に震える。


 エルシアの片手には小さなバスケットが掛かっていた。

 中からは今朝、彼女が作ったばかりのクッキーが美味しそうな匂いを漂わせている。



(……いきなりお菓子を作ってくるなんて、やっぱり重い女かしら)



 それでも。


ーー最近、殿下は忙し過ぎてちゃんとした食事もされていないってケインさんも言ってたし。



 いや、きっとこれも言い訳だ。



 あのお披露目パーティーの帰り道以来、クロードのことが気になって仕方ないエルシアは無意識に彼に会う口実を探してしまっていた。



 そこに、陛下から公式の誕生祭とは別で、本当は今日がクロードの誕生日だと教えられたのだ。


 


「エルシア、引っ越しは明日じゃなかったのか?」


 不思議そうな顔をしながらも嬉しそうなクロードと、訝しげなケイン。



「……は、はい。ご挨拶だけ先にと思って」



(な、なんて切り出したらいいのかしら)



 緊張して、上手く言葉が出てこないエルシア。


 ドキドキドキ



「あっ、あの。陛下から今日が実際のお誕生日と聞いて……本当にささやかなんですが。こ、これ!」



(わたくし、声が裏返っちゃってますわ)


 ズイッ


 片手にかけていたバスケットをクロードに手渡しながら、エルシアはもう、いっぱいいっぱいになっている。



 反対に、中身を覗いたクロードは嬉しそうだ。



 色とりどりに詰められたクッキーは、クロードの健康を考えて、ほうれん草やかぼちゃ等の野菜が練り込まれていた。


 


「エルシアからプレゼントなんて! 嬉しいよ。これは、伯爵家のシェフが作ったのかい?」


 にこやかに微笑むクロードと、それを聞いて青ざめるエルシア。



(……やってしまったっ)



 ここに来て、エルシアは自らの失態に気付く。

 そうなのだ、普通の伯爵令嬢は料理なんてしないのだった。



 エルシアの家が貧乏だったため、人件費削減の一貫として幼少期から母とキッチンに立っていたけれど、これは普通ではないのだ。



(どうする? シェフが作ったって言う?)



 エルシアはバスケットの中にあるクッキーを見つめる。


 伯爵家でも数少ない来客の時には、おもてなしとして、エルシアがお菓子を焼いていた。



ーー苦情を言われたことはない、わよね。



 チラリとクロードと視線が合った。



(ああ、だけど相手は殿下よ? プロと素人の違いなんて分かるに決まってるわ)


 エルシアはお叱りを受ける覚悟を決めた。


 

「……実は、それはわたくしが作った物なんです。ごめんなさい」


「なんだって!?」



 クロードとケインの声が重なる。


 それもそのはず。


 バスケットに丁寧に並んでいるクッキーは、どう見てもプロが作った者だ。


 普通の貴族令嬢なら、クロードに好かれたくてシェフが作った物を自分が作ったと言い張る者もいるだろう。



ーーだが、エルシアはそんな令嬢ではない。



「……本当にエルシアが作ったのか?」


「は、はい」



 申し訳なさで縮まるエルシア。


 対してクロードは喜びのあまり、震える手で1枚抜き取ると口に運んだ。



「殿下!」


 ケインが毒味されていたない物を口にすることを叱るが、無視してクロードは1枚食べきった。



「うまい! こんな美味しい物は初めて食べたよ、エルシア」


 満足そうな、幸福感溢れる笑顔。



 トクン



「あ、ありがとうございます」



(そんな顔でお礼を言われたら……嬉しくなる)


 思わず、はにかむエルシア。


 そんな彼女を見てクロードも嬉しそうだ。



 もっともっと可愛い顔が見たくて、クロード言葉を続ける。



「食感も香りも最高だ、エルシアは料理上手だね」


「ああ、それは伯爵領の小麦粉のおかげですわ……」


 けれど、その台詞にエルシアの顔は何故か曇るのであった。

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