たからモノは、記憶の片隅と共に
しばらく書いていなかった、短編のリハビリを兼ねて書いてみました。
それでは、どうぞ。
今でも、たまに思い出す。
転校する前日の事を。
仲良しだった、あの子との会話を。
あれは、小学生の時。
忘れないよ、あの事は。
そして―――
▪▪▪
転校する二日前の、月曜日。
クラスメートに転校することを伝えた。
その日の昼休み。
「………知晴ちゃん、本当に転校しちゃうの?」
紫帆がそう、言った。
彼女が一番の仲良しで、驚きを隠せなかった。
「うん。お父さんの仕事の関係でね。」
「………」
紫帆は哀しそうな顔をした。
「きっと、また何処かで会えるよ。」
私がそう言うと、紫帆はくちびるを噛み締めた。
その表情を見て、私は何も言えなかった。
紫帆は仲良しと言っても幼馴染みだったから。
小さい頃から、ずっと一緒だった。
喧嘩もした。
……それでも、悪いところを認めて謝った。
それもあって、仲は深くなった。
哀しくなるのは、私だってそうだった。
紫帆と離ればなれになるのは、嫌だった。
……でも、割りきるしか無かったのかも。
▪▪▪
翌日。
転校する前日。
「知晴ちゃん、おはよう。」
登校時間、いつもの通り紫帆が話しかけてきた。
「おはよ、紫帆ちゃん。」
「ねえ、知晴ちゃん。」
紫帆がふと呟く。
……何か言いたげな感じがする。
「どうしたの。」
「放課後、学校の裏山に来て。渡したい物があるの。」
そう言うと、彼女はそそくさと歩いていった。
「……渡したい物って、なんだろう。」
▫▫▫
放課後、学校の裏山に向かった。
大きな一本桜のところに、紫帆が居た。
「お待たせ、紫帆ちゃん。」
そう言うと、紫帆は頷いた。
「で、渡したい物って?」
「これ。」
小さなポシェットから、栞を出した。
桜の花の押し花付きの、手作りな栞だ。
「………栞だなんて、どうして?」
「ほら、知晴ちゃん、図書委員をずっとやってたし。本を読むの好きでしょ。本に挟む栞が要ると思った。……だから。」
涙が流れたのが分かった。
「ごめん、違うのが良かったかな。」
紫帆が慌てるように、そう言う。
私は、首を横に振った。
「……凄い、嬉しいよ。ありがとう、紫帆ちゃん!」
▪▪▪
それから、数年経っただろうか。
私は、転校した地でそのまま過ごし、書店のアルバイトをしながら大学生活をしている。
……のだが、ふとしたキッカケで、小学校時代の地元に帰ってきた。
理由はわからない。……けど、休みを利用してここへ来たいと思った。
小学校とか、商店街とかを見て回った。
「うわあ、変わりないわね。」
ちょっとだけシャッターが下りてるお店があるけど、商店街は変わりはなかった。
で、とある喫茶店に目が止まった。
ちょうど開店の時間だろうか、エプロンを着た女性が『開店中』の札を出した。
右目の下にある、2つの泣きぼくろ……その人に見覚えがあった。
「もしかして、紫帆ちゃん?」
私がそう言うと、彼女は私の方を見た。
「……知晴ちゃん!」
▪▪▪
そのまま、喫茶店の中へ入った。
私は、カフェオレを頼んだ。
「まさか、ここでまた知晴ちゃんに会えるとはね。」
紫帆がそう言う。
「たまたまよ。……紫帆ちゃんが、喫茶店をしてるだなんて思いもしなかったけど。」
そう返すと、紫帆は照れた顔をした。
「まだまだひよっこだけどね。」
ふと、栞の事を思い出した。
「そう言えば、紫帆ちゃんから貰った栞……まだ使っているのよ。」
カバンの中から、栞を出した。
少し汚れているけど、大切に使っている。
「でも、何で桜の押し花なの?」
気になった事を聞いた。
「桜の花びらって『私をわすれないで』っていう花言葉らしいの。………だから、私の事を忘れないで欲しいなぁなんて。」
▪▪▪
私の携帯の背景は、桜と共に撮ったかつての友達とのツーショット。
………そして、貰った栞。
かつての友達と、貰った『たからモノ』。
それは、記憶の片隅と共に残り続ける。
そうであって欲しいのは、私も一緒。
絶対に、あの時の思い出は忘れないから。
読んで頂き、ありがとうございました。