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はじめまして、ようやく会えましたね


「え、あれ、起動しちゃったの?」


 以上、半年後に発見したグラウスの証言。


 僕は、容赦なく足蹴にしたね。ドロワース見えそ、とか言われてさらにものを投げた。これはユーリカのものなんだから勝手に見んな!


 こほん。

 入れ替わったままの僕と彼女は一年ほどそのままで、回りくどい文通で交流することになった。

 僕の入った彼女の体は、一応、伯爵夫人。夫がある身で、他の男と頻繁に会うわけにも、手紙を送りあうこともできない。そもそも、通常の出入りは監視されているし、手紙なんて中身を見られてポイ捨てされる。

 そのため、双方偽名で別の住所に手紙を送っている。それをまた送りなおしてもらう手続きを経てひと月に数度の連絡がせいぜいだ。


 そんな一年の間に、逃げ出す手はずを整えた。

 正直、こんなところにいたっていいことがない。それはユーリカも知っていたものの行く先がないのでそのままにしていたらしい。まあ、ほどほどに快適だったようだ。

 でも、僕もこのままでバレるというのは嫌なので今後の保証をする代わりに出ていくことにした。

.


 必要な荷物もない。せいぜい、本と日記程度と言われていたので、それだけを鞄に詰めて抜け道を通り抜けて外に出る。

 ここを逃げ出したらハイランドの助手として看護の仕事につくことになっている。貴族の娘が、働きにでるというのは不名誉ではあるけれど彼女は気にしないらしい。

 もっともしばらく働くのは僕なんだけど。設定上、遠縁の娘を頼まれてということだそうだ。


 そのハイランドは抜け道の向こう側で待っていた。小型の馬車でも道ふさぎでちょっと邪魔そうに見られていた。

 ハイランドはそれを気にしてか荷物をひょいひょいと運んで、最後に僕へ手を差し伸べた。

 思わず僕は顔をしかめたね。それからツンと澄まして手をとった。


「しっかし、やっぱりウケる」


「なにがだ、この馬鹿が」


「言い方。ユーリカ嬢は麗しきご婦人」


 ばさりと扇を広げて不快な表情を半分隠すのもなれたものだ。ちゃんと社交の場を広げていくとご令嬢、大変と思う。腹の探り合いとか闇が深い。


「さて、エスコートされるのには慣れた?」


「不快。つーか、僕はどうしたわけ?」


「そわそわしてお待ちかね。半月後の夜会をお楽しみに」


「……すげー怖いんだけど」


 風の噂によれば、すらっとしたイケてるおやじになってるっぽい。なにそれ、僕じゃない。という感じで恐怖。

 戻って維持するのむりじゃね?と思うよ。本当に。

 それはユーリカさんがイケメン過ぎるだけーっ!


 ハイランドはにししっと笑うだけだった。




「まあ、戻れないかもね」


 以上、偏屈占い師の証言ですの。

 無言で辞典を投げましたわ。手近に合った攻撃力が一番高そうなものでしたから。いっそ、置時計とも思いましたけど、時計が可哀そうですもの。


 それが、半年くらい前のことでした。

 そこから本格的に動いて、逃亡する準備が整いました。決行は決まっているそうなのですが、私には知らせてくれませんでした。

 夜会で会わせてくれるといいましたけど、どういうことなのでしょうね?

 なにか、企んでるみたいですが知らせたくないということ。殿方は隠し事が多くていやになります。拗ねて見せてもハイランド様は全く可愛くないと嫌な顔をするだけですし。


 今の私はチェスター様ですものね。ちゃんと代わりをしますわ。お戻りになられても困ってしまうようなことは私のプライドにかけて阻止しますわ!


 チェスター様の本業は印刷業でした。出版社というわけではなく、依頼を受けて印刷し、製本、それから一部宣伝をするというお仕事なのだそうです。

 安い新聞から、祈祷書まであらゆるものを手がけるというのは少々誇張しているかもしれません。


 なんでも、空っぽの書斎を見て、これ全部、埋めたいと思ったんですって。今では、図書館を作っているそうですよ。

 貸本屋の経営も一部していて、他国からの本の輸入も手がけているとか。


 ささやかながらと気に入りの出版社などを推薦したりもしましたが、そちらも順調そうでよかったです。

 今まで手掛けていなかった女性向けの情報誌も注目されつつあり、新しい時代を思わせます。


 さて、貴族としては金儲けというのははしたないことであると思われています。ですから、チェスター様も貴族なのにという視線を向けられることもしばしばです。

 仕方ないと今までは思っていましたけど、借金ばかりしている貴族を見ているとなんだかバカらしく思えてきます。

 今後は自力で稼がないと領民からの税収では賄えないのではないでしょうか。


 ……まあ、私は貴族ではなくなるのでいいのですけど。ユーリカの名を捨てるわけではないのですけど、あの家から逃亡したのですからあの方の妻でも、貴族でもなくなるわけです。


 それを言えばチェスター様も貴族籍を抜けることになっています。戻らないなら仕方ないよねぇととっても嬉しそうでした。

 とっても! 嬉しそうでした!

 よっぽど嫌だったんですね……。


 というわけで、仲良く平民落ちですわ。なんだかわくわくしてきていますの。

 チェスター様が貴族として最後に出席する夜会で、私たちは初めて会うことになっています。


 とても、楽しみです。




「……グラウス何考えてたわけよ?」


 夜会にこっそり侵入しているグラウスをハイランドは見つけた。こっそりといいながら、金髪碧眼の美貌は目立っている。誰? という視線は向けられるものの威圧するような微笑が、人を寄せない。


「いやぁ、なんかさー、魂入れ替えの前世紀の遺物があったんだよ。

 相性良ければ入れ替わっちゃうってやつ。気になるじゃん? 楽しみになっちゃうじゃん?」


「なぜ、そこで自分にしない」


「観察できない、つまんない」


 口をとがらせるエルフ。子供のようだが、実際子供である。

 二百年ほど生きるエルフであるが、子供時代は人間と同じくらいの速度で成長する。ハイランドやチェスターと同じくらいの年なので、見た目は大人、中身はまだ子供という感じ。それにしたって子供過ぎるが。


「観察ってどこから見てた」


「覗き」


「……さいてーだなー」


 教育しそこなったんじゃないだろうか。ハイランドは頭が痛い。エルフは子供を人に預ける習慣があるが、選ぶ人を間違えたとしか思えなかった。

 チェスターの叔父はだいぶ、いや、かなり、問題児でその影響下にある幼馴染はだいたい世の中からはみ出している。

 その叔父は現在も偏屈じじいとして、政治の世界で采配をしているのだから恐ろしい。


「さてさて、今、一番いいところだから黙るように」


「なに?」


「呪いを解くのは、真実の愛なんだよな」


 こいつ、いう事欠いて呪いって言ったぞ。

 ハイランドがジト目で見れば、グラウスはぐいっと頬を挟んで別の方向へと向けさせた。


「首がもげ……」


 人が、恋に落ちる瞬間を、強制的に目撃させられた。

 後にハイランドはこう回想する。



 視線を交わして、微笑んで、ふたりはこういった。


「はじめまして、ようやく会えましたね」

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