第5話 少しだけ前の話と今の話
「あの、綾藤先輩!いま、良いですか?」
俺が綾藤美礼として昼休憩を迎えたその時、俺はすぐにちょっと前に会ったバスケ部の貴公子に声をかけられた。
「あー、えぇっと………はい?なにかしら?」
クラスの中なので、俺は恥ずかしながらも女のふりをする。
「お弁当、一緒に食べましょう」
「お弁当?うーん、どうしようかなぁ……」
と俺が悩んでいると。
とんとん、と肩を叩かれた。
振り向くと、そりゃもうとんでもなくおぞましいオーラを放った笑顔の悠花がいた。
………なんでだろう、背景に仁王像が見えるんだけど?
「……美礼?ちょっと良いかしら?」
「…………あの、悠花さん?お顔が大変恐ろしいのですが?」
「貴方も、少しだけ待って貰える?」
「あ、はい!全然待ちます!」
バスケ部の貴公子こと三品永遠君は、恐れを知らないのか、笑顔で元気よく返事をした。俺ならできない。
悠花に少し引っ張られて、三品から離れる。
「何?あれは」
「あれ?あー、三品のことか?」
「それしかないでしょ?あの子、この学校じゃ女子人気の高い有名人よ?それが何でアンタのとこに?」
「よく分からん。美礼とも知り合いってわけじゃなさそうだったし、接点といえば前の放課に助けたことくらい?」
「絶対それじゃない。その時にナンパでもしたの?美礼の顔して」
「いやするかよ!俺、一応男なんですけど?」
「なんでもいいけど、あの子がアンタの元に来てることは事実なんだから、何とかしなさいよ」
「そうは言ってもなぁ………あれだけ待ち遠しそうにしてるのに、断りづらいよな」
「でもアンタがその格好で一緒にいたら、美礼があの子と噂されちゃうのよ?アンタの行動は、いずれ綾藤美礼として影響を及ぼすんだから」
「あー………でも、良いんじゃないか?あいつ人気者なんだろ?美礼も、きっと気にいるよ」
「は?」
「いやさ?美礼も彼氏とか、欲しいのかなぁーって思って」
「は?は?は?………アンタそれ、本気で言ってんの?」
「いや何をそんなに怒ってんだよ?わざわざここで冗談言う必要ないだろ?」
「はぁ?はぁぁぁぁ?………呆れた。アンタって本当に美礼の事を考えてないのね。馬鹿」
「おいおい、何でそんなに言われなきゃなんねーんだよ。俺だって色々………」
「もういいわ。好きにしなさい。付き合いきれないわ、本当」
「あ、おい!悠花!」
悠花はとても機嫌が悪そうに帰っていった。
なんだよあいつ。確かに迷惑かけて悪いけど、今回に限っては自分から話しかけにきたのにさ……何をあんなに怒ってるんだよ。
まぁいいやあいつの事は。女子の考えてることなんて男の俺が考えたって無駄なんだから。
俺は三品の元に戻った。
「いいよ、食べよ、弁当」
「え、いいんですか!?お友達とかは………」
「あー……多分大丈夫だよ」
悠花もどっか行っちゃったし、知らない女子たちの中でご飯を食べれるほど俺のメンタルは強くない。
「本当ですか?やった!」
ぴょこん、と跳ねた。
何だこいつ、ちょっと可愛いじゃないか。もし俺が女なら、こういう男に惚れていたんだろうか。
「じゃあ、どこ行きます?」
「うーん、そうだねぇ………」
俺は深く考えた。
例えばここで食べようものなら観衆の視線の的になる事は確実だし、かといって他の人目につく場所で食べるならそれはそれで噂が立つ。
まぁ美礼とこの三品とかいう人気者が噂になる分には別に良いんだが、明日以降も来られては困るからな。今日だけにしておきたい。
「えっと、良いところ知ってるんだけど、そこで大丈夫?」
「はい!どこでもついて行きます!」
「うん、重いかな?」
俺は美礼の弁当を持って席を立った。もちろん、往年のRPGの様に、背後には三品が連れ立ってきている。
「ちなみにどこに行くんですか?」
「えっとね、静かな所でご飯を食べたいなぁって思ったんだけど……」
「なるほど。というか、綾藤先輩ってそんな感じでしたっけ?なんかこう、もっと勇ましい感じがあったと思うんですけど………?」
「え?…………あ」
そういえばそうだったぁ………!
と、後から悔やむから後悔っていうやつなんだけどね。
よく考えたら、2時間目の放課に会った時はもう金輪際会わないと決めてたから、めちゃくちゃ素でしゃべってたんだったぁ………
どうしよう。
「うーん、えーっとね………」
「あ、もしかして、人前ではあまり見せたくない姿とかですかね?だとしたら無礼にもその話してしまってすいません!」
「え?………あー、うん、まぁそんなところかな?」
どうしようとか思ってたらなんか都合の良い解釈をしてくれたのでその案を使う事にする。
出来るだけ素でいられる方が楽だし、どうせこの三品と仲良くなることなんてないだろうからな。美礼に迷惑がかかる事は恐らくないだろう。きっと多分おそらく。
俺たちはそうして、学校の端っこにある花壇へと向かうのだった。
★☆★☆★☆
「へぇ、それで、お2人は幼馴染なんですね」
「そうそう、蓮二とは長い付き合いになるんだよ」
「あれ、研野先輩?ご飯全然進んでないですよ?」
「………」
とまぁこんな感じでお弁当を持って4人集まったというわけだった。
横並びに4人、左から順に、吹池さんという女の子、美礼(研野蓮二の体)、俺(美礼の体)、三品というふうに座っている。
ていうか美礼の横に座ってるちっちゃい女の子は誰だ?俺の知り合いにこんな女の子いたっけな?
それとも、前に悠花から電話があった、研野蓮二と一緒にショッピングモールに行ってたとかいう女の子なんだろうか?
まあいずれにしても、特別俺の日常に差し障りがあるわけではないから、別に良いんだけどね。
「それよりも、三品と吹池さんも知り合いなんでしょ?」
「はい!綾藤先輩達ほど深い仲ではありませんが、僕たちは中学からの知り合いなんです」
「………まぁ、そんな所です」
なんかちっちゃい女の子凄い俺を睨んでくるんだけど、なんで?
ずっと敵対心を向けられていても困るので、真相究明をすることにした。
「あ、もしかして、三品となんかあったりした?」
デリカシーがなかったかもしれないが、もし揉めているなら俺を巻き込まないで欲しいので直接聞いた。
「………いえ、何もありませんが?」
「そうですよ。会ったら話すくらいの仲ではありますよ」
あれれ?違うのか?じゃあなんでなんだ?
三品と仲が悪くないのだとしたら、なぜ?
…………あ!
と、そこで1つの考えに辿り着いた。
「まさか……あの、吹池さん!」
「はい、なんでしょうか?」
「お………私、全然三品とは仲良くないから!もうぜんっぜん!もうホント希薄な関係で今日だけの関係っていうか、とにかく全く何にもないからね!」
そうか!吹池さんは、三品の事が好きなのか!だから俺が三品と一緒にいて不快感を抱いていたのか!
全然気づかなくてごめんなさい!
「なんなら、席とかも変わろうか!?」
「………はい?別にいいですけど」
あれれれれ?なんか状況が進展してなくないか?
よく分からんから三品に聞こう。
「………おい三品。ってあれ?何してるの?」
三品の方を見ると、三品は白目をむいて口を半開きにしていた。
なんだこの変な顔。俺を笑わせようとしてるのか?
「な、仲良く、ない………今日だけの、関係………」
「え?何?なんて言ったの?」
………何?この状況?