第2話 放課後の過ごし方:美礼の場合
「あ、見てください!あれ、可愛い!」
もふもふと揺れる髪の毛は、彼女の心の楽しさを体現しているようで、その小さくメルヘンな体に似つかわしく、ポップなぬいぐるみに心を躍らせていた。
彼女の名は、吹池桜。
蓮二に可愛い便箋を渡した女の子だ。
そして私の、恋敵でもある。
そんな彼女と今、私は大型ショッピングモールに遊びにきていた。しかも、蓮二の体で。もちろん吹池さんは、私が蓮二ではないという事を知らない。
「ほら、先輩も!見てくださいこれ!すっごい可愛いです!」
吹池さんは、店の前に飾られている毛深いクマのぬいぐるみを指差してにこにこ笑っていた。
なんとも可愛らしい姿だが、私はこう見えても彼女と同じ性別なので、何も心が躍らない。
「あの、吹池さん?」
「先輩、さん付けなんていいですよ。『桜』と呼んでください」
「それでね吹池さん?」
「……んもぅ」
「そろそろ遅い時間だし、吹池さんも門限とか、あるでしょ?」
「遅い時間って、まだ5時半ですよ?それに、うち結構緩いんで、あんまりそういうのは気にしなくていいですよ」
「うん、あ、うん。そっか、うん。なんか、うん」
まぁ、そりゃそうだよね。私だって、蓮二とこんなところ来たらはしゃいじゃうしね。
でもね、誠に私事で悪いんだけど、私蓮二の体を借りた綾藤美礼という者なんです。言っても信じてくれないだろうけど。
「あ、ゲームセンターですよ!私、あんまり行ったことなくて………一緒に行ってくれますか?」
吹池さんはどうやら、人にお願いし慣れているようだ。
でなければ、こんなに上目遣いのちょ〜ぜつ可愛いおねだりのポーズなんておいそれと出てこないよ。
「………うん、いいよ、行こう」
何でこんな面倒な事になってしまったのか。
それは全部、つい数時間前の私の行動が悪い。
★☆★☆★☆★☆
授業が終わって、放課後。
校舎裏の、木の下。
あの小さなもふもふの髪の毛が、風にふわふわと揺れていた。
「………あ、研野先輩」
その少女は、私……いや、蓮二の顔を見るや、神妙な顔がふっと笑顔になった。
それでも顔は少し強張っている。
「こんなところに呼び出して、どうしたの?」
「あ、えっと、その」
反応を見て、今のはちょっとキツい言い方だったかな、と自分で反省した。
私は蓮二では無いが、この子にとっては好きな人で、その相手に勇気を振り絞って告白しようとしている。
そんな少女に、偽物の私は失礼な態度を取ってはいけない。
「えっと、そ、その、な、なんていうか………」
ドギマギしていた。私は話すまで、じっと待つ。
「えー……っと……」
…………
…………
…………
…………
…………
…………長い!
とか言っちゃいけないんだけど、それでも長い!
絶対告白って分かってる雰囲気の中、ずっと待つのがこんなにも辛いなんて。
頭では分かっていたけど、いざ体感してみると全然違う。
「あの、大丈夫?」
「ひゃ、ひゃい!?」
これは、不味いな。
私は彼女と同じ性別だからなんとなくわかる。
これは、相当テンパってる。
このままでは、彼女の告白は、しかももしかしたら初めてかもしれない告白は、大失敗に終わってしまう。
なんとかしなくては!
………なんて事を思ってしまったのが、間違いでした。
この後の発言によって、よりややこしい事態を招いてしまうのです。
「えっと、今から一緒に買い物行かない?」
★☆★☆★☆★☆
そして、冒頭に戻る。
「あ〜楽しかった!私、先輩とここにまた来たいです!」
私の前をかけていく吹池さん。幼い容貌と行動によって、まるで高校生には見えない。
「走ると危ないからね」
私と吹池さんはいま、モールの屋上に来ていた。
屋上は街の景色が見える、軽い広場のようになっていて、カップルやら家族連れやらがちらほらいる。
空を見上げると、すでにどっぷりと闇が訪れていた。
「ごめんなさい、はしゃぎすぎました」
吹池さんは私が追いつくと、ぴょこっと頭を下げて謝った。
男の人は、私みたいな真面目な女より、こういう小動物みたいな女の子の方が好きなんだろうか、とふと思った。
「まぁ、そんなに人もいないし、大丈夫だとは思うけどね」
「そうですね。でもやっぱり、高校生として、大人っぽい行動を心がけないと!」
そう言って、えいや!と拳を突き上げる姿は、何とも愛らしかった。
そんな彼女が、愛らしい姿とは全く打って変わったような、真剣な表情をした。
「あの、それで、先輩。こんなに気を遣わせてしまって本当に申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございます」
「え?あ、うん」
突然頭を下げられて、驚いてしまう。
「今なら言えます。研野先輩」
「え?言える、って、あ」
告白の続き。
そんな事は、どれだけ鈍感馬鹿だろうが、容易に分かることであった。
「私、先輩のこと好きです。先輩といると、とっても楽しいです。先輩と、またこうやって一緒に遊びに行きたいです」
あまりに真摯で、あまりにも思いがこもりすぎている。
溢れ出る好きの気持ちが、蓮二では無い私の心を、毒のように蝕む。
「私じゃ、駄目ですか?」
駄目。
そんな事は、言えなかった。
言う資格なんて、なかった。
私は蓮二に片想いし続けて、幾年かたって、未だ自分の思いをこうやって伝える事は出来ていない。
私よりも一歩先に踏み出した、勇気ある彼女の心を、私は裏切る事は出来るのだろうか?
………やっぱり、そんな事はやっていけない。
「………凄い嬉しい。凄い嬉しいよ」
「………え?じゃ、じゃあ!」
「でもね?」
『でもね?』
これは、私の心への逆接でもあった。
「…………1週間。1週間待ってほしいんだ」
「え?」
「お願いします」
告白の回答の保留。これは、単なる女の子のキープだ。
こんな事をする人間は、クズだって事は、私も分かっている。蓮二の評判が、ガタ落ちしてしまうかもしれない。
けれど、そんなクズの私は、虚構の蓮二を嘘で組み上げて、さも自分に都合の良いような結末に、持っていこうとしているのだ。
まるで神にでもなったように。
吹池さんは、戸惑いながらも了承した。
私はまた一つ、罪を重ねた。