第1話 お願い
「え?今日は元に戻りたくない?」
俺が美術帰りの美礼と会って元に戻ろうとしたら、美礼は元に戻りたくないと言い放った。
「元に戻りたくないって言われてもなぁ……俺は俺で、部活もあるしさ?」
「部活も、今日は休ませて欲しいの」
「え、えぇ?サッカー部って結構厳しいから、1日休むだけでも一苦労なんだけど………」
「分かってる、分かってるよ……でも、お願い」
………なんとも自分勝手な話だ。人にお願いをしている割に、自分の用件は伝えようとしていないのだから。
けれど、美礼の顔(自分の顔だけど)を見ている限り、とてもおふざけで言っている様には見えなかった。
「うーん………まぁ、1日だけならいいよ。でも、お前のその、用事?が終わったら、ちゃんと俺の体返せよ?」
「分かった。絶対に返す」
真剣な表情で、美礼はそう言った。
………そんな真剣な顔でお願いされるの、いつぶりだ?ホント、そんな顔されたら、断れないよ。まぁ、自分の顔だけど。
「じゃあ、午後の授業に戻るわ」
「うん、分かった。本当に、ごめんね?」
「あーあー、いーいー。1日くらい、どーってことねーよ」
美礼に謝られると少し照れてしまう俺は、乱暴に返事を返すのであった。
★☆★☆★☆★☆★☆
美礼のクラスに戻ると、昼休みだから皆んな弁当を食べたり、学食へ行ったりしていた。
「美礼ー、こっちこっち!」
と、悠花が入り口にいた俺に向かって、手招きをしている。
呼ばれた方を見ると、悠花と、その他2人の女の子が机を並べて座っていた。
「あ………いま、行くねぇ〜………」
これは、結構不味い。悠花だけなら別に気を使うこともないが、残りの2人の女の子との関係なんて、俺分からないぞ?
仕方なく、美礼のカバンの中にあった弁当を持って、既にくっつけてあった机に着いた。
だが、俺が落ち着く暇もなく、会話は始まってしまう。
「やっほー美礼、遅かったじゃん!」
女子Aの攻撃!
「あ、うん!ごめんね、先生に呼ばれて」
俺はひらりと身をかわした!
「え?でも、さっき隣のクラスの研野君と屋上に行ってなかった?」
女子Bの攻撃!
「え……?え、えっと、あの……そう、先生に呼ばれた後、ちょっと蓮二にも呼ばれて!」
俺に弱ダメージ!
「ふぅん、蓮二に、呼ばれて、ねぇ……」
悠花の攻撃!
………って、なんでそんなに怪しそうにしてるんだよ。
「えぇ!?研野君に呼ばれて!?研野君って言ったら、サッカー部のレギュラーの人でしょ!?あ、そういえば美礼、幼馴染だもんね?」
「え、えぇ?まぁ、そうなんだけど……」
「どんな関係、どんな関係なの!?」
「関係?……ただの幼馴染、とか?」
げしっ、と悠花が俺の脇腹を突く。
てか、なんで突いたし!?お前美礼の中身が俺だって分かってやってるだろ!?
悠花を横目で睨む。
と、悠花からは蛇みたいな睨みが帰ってきた。
はい、ごめんなさい。
「本当にただの幼馴染ぃ?」
「ずっと一緒にいてぇ?」
「ほ、本当だよ?……なんか、2人とも顔が怖いよ?」
助けを求める様に悠花の方を見る。
と、悠花はさも涼しげな顔で俺の方を見ているだけであった。
いや、助けて!助けてよ!?
咄嗟に俺は、悠花にだけ見えるように、SOSのサインを送った。
これは、『これマジで洒落にならん奴』って瞬間にのみ繰り出される、半円型にした両手を上下させて高速でSとOを繰り返すサインなのだ。
それを見た悠花は、流石に「やれやれ……」と言った表情で俺に助け舟を出してくれるようであった。
「2人とも、そのくらいにしてあげよ?美礼が誰を好きかなんて、今更確認しなくてもわかるでしょ?」
「………まぁね、それもそうだね。ごめんね?美礼。いっぱい聞きすぎた」
「反応が可愛くって、つい、ね?」
悠花の言った一言で、女子2人が手を合わせて謝ってきた。
おお、すげぇ……悠花の一言で、2人が静かになった……
これは感謝しなきゃな、感謝……
………ていうか、今の話の中に聞き捨てならないところがあったんですが。
俺は少しだけ悠花に顔を近づける。
そして、2人にしか聞こえないような声で、聞く。
「………美礼の好きな人が分かるって、マジ?」
「………は?」
いや、しょうがないじゃん!?いくらただの幼馴染だからって、いやただの幼馴染だからこそ、その幼馴染の好きな人って気になるじゃん!
聞いたらダメなのは分かってるんだよ!?
でも、気になる、気になるのぉぉぉお!!
「………誰?誰なの?」
「………アンタ、それ本気で聞いてる?」
「え?うん。え?俺でも知ってる人?」
「………」
「え……?誰、誰なの?」
俺がそう聞くと。
悠花の表情が消え失せる。
それどころか、まるで地球上の氷が全てここに集まったかのようなとてつもない冷気を発する瞳をしている。
睨む眼光は、美礼の中に住まう俺の事を、包丁で滅多刺しにしそうな程、鋭い。
あまりの眼光に、自然と涙目になってしまう。
「あ、あの……ごめんなさい。下心丸出しで、その……」
喋ろうとすればするほど、目に涙が溜まっていく。
怖い、怖すぎるって……!心臓が止められそうな程に睨まれるのに、心臓の鼓動がうるさい……
目からは涙が出て、全身から汗が吹き出す。
「………はぁ、これじゃあ美礼も苦労するわ」
悠花はその眼光をついぞ緩めないまま、俺の昼休みは地獄と化して終わるのだった(他の2人と話す時は優しい顔になる)。
もちろん、弁当の味なんて覚えてない。