第18話 独りよがり:蓮二の場合
美礼と心が通じ合えなくて、約束が違う!ってなって、自分でも体が制御できなくて、泣いてしまって。
そうして走って逃げた時、俺が逃げた先にやって来たのは美礼ではなく、永遠だった。
「綾藤先輩!」
涙が止まらない。自分の体に入っていた時は、こんなに泣いてしまうことなんてなかった。
「うっ、ひぐっ、うぅ……」
嗚咽が止まらなくて、上手く喋れない。
「辛かったですね……」
永遠は俺の横に座って、背中をさすってくれた。
それを振り解いたり、拒絶したりするなんてことは、当然心にも思わなかったわけである。
「うぅ……永遠……」
「はい、なんですか?」
とても優しい声だった。
「俺、どうしたら、いいかな……こんなに、辛いのも、わけわからない、から……」
一緒に昼飯が食べれなかったからってなんだ。美礼と昼飯を食べないことなんてむしろ普段通りだろ。
と自分に言い聞かせてみても、心はそうは思わない。
「俺が、何を、考えてる、のか……教えてくれ、永遠……」
永遠に聞いても分かるはずもないというのに、俺は永遠に聞いてしまっているのだ。
「綾藤先輩。先輩が心の底で何を思っているのか分かりませんが、今の先輩を見てると分かることがあります」
「……なに?」
「綾藤先輩は、研野先輩のことが本当に好きなんですね」
「……あ」
言葉にされるとはっきり腑に落ちた。
感覚ではわかっていたことだった。自分の容姿を男だった時よりも気にして、美礼から言われたことで酷く落ち込んだらして。
これはもう、好きなんだろう。
「自分の、体なのに……好きに、なって、いいの?」
「それはわからないですが……もし好きになってしまっているなら、良くなかった心だとしても、変えることなんてできないでしょう?」
それもそうだ。良くないことだからと言われても、俺のこの心が捨てられるわけがない。
しかし、段々頭の曇りが冴えていって、永遠に言われたことを反芻していたら、永遠に対しての疑問が今度は生まれた。
「永遠は、俺にそんな心気づかせて、良かったのか?」
「良かったっていうのは?」
「だって、もし俺が、美礼のことが好きってなったら、永遠のこと、選ばなくなっちゃうだろ?」
今はもう、美礼のことで頭がいっぱいだった。
見た目は俺のはずなのに、そんな美礼を好きになってしまっている。
永遠は俺に告白して来てくれているわけで、今の状態は困るのではないか。そう思ったのだ。
「そうですね。それは困ります」
「やっぱり」
「でも」
永遠は遮るように言う。
「でも、綾藤先輩は、今のぐちゃぐちゃの心のままだと、誰のことも好きになれない気がしたんです。だから、そんな辛い気持ちを少しでもほぐしてあげたかったんです」
「永遠……」
「そして、綾藤先輩の、研野先輩への気持ちに整理がついたら、今度は僕を選んでください。それまで待ってますから」
ああ、そうか。
いま、ちゃんとわかったことがある。
永遠のことも好きだ。
2人のこと好きになってしまうことなんて、多分あんまりないことで、良くないことだとわかってしまう。
でも、良くないからと言って、心を変えられるわけじゃないからーーー
だから、自分の行動には誠実さを求めよう。
永遠に対しても、美礼に対しても。
誠実な選択をしなくてはならない。
「……永遠、ありがとう……」
どうなるかは分からないけれど……
でも、未来と心から話し合ってみたい。お互いに何を考えているのか話し合ってみたい。
「俺、ここで、美礼を待つよ……」
もし来なかったら、それで終わりでも良い。
だけど、もし来てくれたなら。来てくれたなら、しっかり話をしよう。
「分かりました。僕を選んでくれるって、信じていますね」
永遠はそう言って、去って行った。
俺はまたうずくまる。1人になるとどうしても心細くなってしまうものだ。
美礼がやって来たとしても、ちゃんと話せるかはわからないけどーーー
少しずつ、ゆっくり、心を打ち明けていこう。
そうやって考えていた時に、美礼はやって来た。
「蓮二!!」
呼ばれて、駆け寄って来て、美礼は話す。
「蓮二、やっぱりここにいた」
「蓮二、少しづつでいいから、私の話を聞いて欲しい」
「まずは、ごめん。さっきは、本当に酷いことを言った。謝って許してもらえることだなんて思ってない。でも、少なくとも謝らなきゃいけないと思った」
「蓮二に勝手に気を遣って、それで無神経なこと言って、傷つけた。ごめんなさい」
美礼からの言葉は、頭に入っていた。
きっと美礼は、俺の心に気づいていないのだろう。
謝らなくて良いことを、謝っていると思った。
そう思った時、さっきの永遠の言葉を思い出す。
『綾藤先輩は、研野先輩のことが本当に好きなんですね』
あの言葉は、俺が美礼のことを好きだという意味で捉えたがーーー
文面通りに捉えることもできるんじゃないか。
俺はこの体になってから、美礼のことが好きになってしまったのだ。
女子の体になってしまったからだと、勝手に考えていた。そして、それも1つの理由としてあるのだろう。
だがそれ以上にーーー
美礼は、俺のことが好きだった?
それに気がついた時、俺は心が抑えられなくなっていた。




