第16話 約束の行方:とある場合
三品永遠が研野蓮二の入った《綾藤美礼》の元を訪れた時、蓮二は心ここに在らずと言った様子だった。
「お昼ご飯食べましょーよ」
永遠が愛想を振りまいて話しかけても、まるで手応えはなかった。
正常な様子でなかったが、かと言って永遠がどうにかできるような問題でもなかったので、返事を待つことにした。
「あー………いくか、屋上」
「もし体調が悪いなら、無理しなくてもいいですよ?」
「いや、大丈夫。まぁ、いつまでも引きずってちゃいけないよな、三品も来てるわけだし」
「なんか吹っ切れたんですか?」
「うん、そんな感じ」
蓮二が立ち上がったので、永遠も事情は聞かずについていくことにした。
ようやく自分のことを見てくれたように感じたので、永遠は心が少し浮き足立つ。
学年が違う永遠が蓮二と話すためには、昼休みと下校くらいしかまとまった時間は無い。
だから、今の綾藤美礼の格好をした蓮二にアタックしている永遠にとっては、この時間は貴重だった。
しかし、教室から廊下に出た時であった。
「ん?あそこにいるのって………」
蓮二が何かを見つける。
永遠も釣られるように、蓮二の視線の先を見る。
少し遠くからでも、誰なのかはっきりわかった。
研野蓮二の体に入った綾藤美礼と、吹池桜の2人である。
手に弁当を持った2人は、数回言葉を交わして、2人でどこかへ歩き出そうとしている所だった。
その姿を見て、蓮二がなんでさっきあそこまで落ち込んでいたのか、聡明な永遠にはすぐにわかってしまった。
(綾藤先輩にご飯断られたんだなきっと)
と同時に、この悲しみに暮れるような蓮二の背中の意味を理解した。
「………んだよ、それ」
「ちょ、先輩!」
けれど、その時にはもう蓮二は駆け出していた。
「《蓮二》?」
「用事って、それ?俺の代わりに、吹池さんって事?」
★☆★☆★☆
「………研野先輩?行きましょうよ」
桜が戻ってきて、美礼を覗き込むように言った。
「そうは言っても……」
美礼は、ちらりと蓮二の様子を伺うが、その表情からなにか1つの感情を読み取ることは出来ない。
喜怒哀楽を超えた複雑な感情がないまぜになった、無表情ともとれる顔。
「行けばいいだろ」
「え……?」
蓮二は表情を変えずに言う。
「行けば良いじゃん。最初から、そのつもりだったんだろ?」
「ほら、ああやって言ってくれてますし、私達も行きましょう?」
桜は、チャンスと言わんばかりに、美礼を急かす。
だが、美礼はこの場においての正解が分からなかった。
「……とりあえず、言い訳をしてみてはどうですか、《研野先輩》?《綾藤先輩》を嫌な気持ちにさせた言い訳を、してみて下さいよ」
永遠は美礼にそう言い放った。
次の行動に迷っていた美礼に助け舟を出す、永遠の優しさだったのかもしれない。
「《美礼》、勝手に変な気を遣ってごめん!でも、三品君は2人での方が良いかと思って……」
「俺は?」
「え?」
「俺の事は、考えなかったわけ?」
「い、いいや!?勿論、考えたよ!?でも、私達は幼馴染だし、もうそういうのじゃないかなって……」
「ふーん……」
「み、《美礼》……?」
蓮二は、そこから、何も言わずに俯いた。
首元からたらりと、髪の毛が重力に従って垂れ下がった。
「……俺、これからお前ともっと良い関係築けると思ってた。でも、勘違いだったんだな」
顔を上げた蓮二の表情は、笑顔。
「ごめん、迷惑だったよな、ホント。俺、もうこういうのやめる。我慢するからーーー」
笑みを浮かべた口元が、端から揺れる。
漏れ出る様な言葉は、湿った吐息に包まれていた。
「ーーー俺を置いていかないでよ」
言った途端、頬を雫が流れた。
蓮二は、それを振り切る様に、美礼のいる方とは逆側に走り出した。
「蓮二!」
美礼も、それを追いかけようとする。
蓮二の体なら、美礼の体にすぐに追いつけるだろう。そんな考えだったのだが。
「先輩は、行かせませんよ」
永遠が立ち塞がった。
「三品君どいてよ!」
無理にどかそうとしても、退いてくれる様子ではない。
永遠の表情は、怒りを剥き出しにしたままだった。
「………僕は、言い訳しろとは言いましたけど、本当に見苦しい事だけ言うとは思いませんでした」
「は、はぁ?」
「《綾藤先輩》と幼馴染だからどうこうって言ってましたけど、一時の恋愛感情でここまで事情を拗れさせたのはどこの誰なんですかね」
「あ……」
永遠に言われて、美礼はついさっきまでの自分の発言を振り返った。
『三品君は2人での方が良いかと思って……』
『私達は幼馴染だし、もうそういうのじゃないかなって……』
いつの間にか、蓮二を拒絶していたのだ。
幼馴染だからと一方的な理由を押し付けて、蓮二から向けられた好意を、邪魔だとばかりに跳ね除けたのだ。
「あれ、私、なんで……?」
そもそも、蓮二に好意を向けていたのは、美礼だったのではないか?その事に、今初めて気がついた。
蓮二に向けていたはずの好意を、いざ向けられたら拒絶する。
永遠が怒るのも当然の事だった。
「分かりましたか?自分がどれだけ酷い事を言ったのか」
「あ、あれ?な、なんで……おかしい、おかしいよ……」
美礼は、自分でもよく分からなかった。
気づけば、いつの間にか蓮二を押し返していた。
始めは自分が桜からの告白を隠した事から始まったのに。蓮二が好きだから、好きだったから、入れ替わりが戻らなくなったのに。
「私、いつの間にか、好きじゃなくなってたの……?」
「貴女はそこでずっと考えていて下さいよ。僕が先輩を追うので」
永遠はそう言って走り出した。
だが美礼は、自分がとった行動のおかしさに、愕然としていた。
蓮二を拒絶した自分が、嫌で嫌でたまらなかった。
「と、研野先輩?大丈夫ですか?」
桜の問いかけも、美礼には聞こえていない様なものであった。




