第15話 変わった心
入れ替わって数日が経って、変わったと思ったのは何も体だけではなかった。
むしろ、美礼の体で数日過ごして、ようやくこの体にも慣れてきたと言えるくらいにはなった。無茶な事して転びかけたり、とかはなくなった。
でも、心の方は違った。
入れ替わって、俺の家に美礼と泊まった日。
あの日から、俺の心の中に、俺じゃない誰かの心が入ってきたみたいだった。
そして、美礼の体で日々を過ごすに連れて、風船に空気が入っていくみたいに、俺の本当の心を押し出して、今度はその誰かの心が俺を占領し出した。
それどころか、今も俺は、女子トイレの鏡の前で自分の前髪と格闘中なのである。
「………何してるんだ俺は」
前髪が決まらないとか言ってる美礼を昔見た時は、何を言ってるんだと思っていたが、まさかその気持ちがわかる時が来るとは………
ため息を一つついて、結局決まらないまま女子トイレを出た。
他の人はそんなに俺の前髪のこと気にしてない、ってわかってるんだけどね。なんかやっちゃうのね、こういうのって。
「綾藤先輩」
と、俺が廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
こんな呼び方をするのは1人しかいない。
「三品、ここお前の学年の階じゃないでしょ?」
とか言っているが、呼ばれた時は俺の心臓の辺りからぽわぁっと温かい気持ちが溢れ出た。
つまりは、嬉しかったんだろう。
「えへへ、先輩に会いたくてきちゃいました」
「男に言われても嬉しくないですー」
きっと今の俺は言葉とは裏腹に、結構笑ってるんだろうな。
三品は事情を知っているので、特に何かを隠すことなく話している。元々話し方とかは気にしてなかったけどね。
「今日お昼ご飯一緒に食べましょうよ」
「ご飯?………なんか、お前と一緒に食べるって言うと、クラスの女の子に若干嫌な目で見られる気がするんだけど」
「なんでですか?」
お前がモテ男だからだろ。
なんて言ったら、三品は調子に乗るだろうか。そんなことを考えてるだけでも楽しくなってしまう自分が恨めしい。
「でもいいよ。一緒に食べようか」
「本当ですか!?やったー!」
こんな事で喜んでもらえて安上がりだな本当。
と、そんな所に俺の見知った顔がやって来た。
というか、正しく俺の顔だった。
「あれ、《美礼》?と、三品君?」
「研野先輩」
「2人で一緒にどうしたの?」
「いや今、お昼ご飯一緒に食べる約束してたんだよ」
「あーなるほど」
正直に言って、美礼の、元の俺の顔が見えた時、ちょっと嬉しかったです。
そんな俺とは対照に、三品の顔は浮かなかった。
「どうしたの?」
「いや………その、研野先輩は良いんですか?綾藤先輩とご飯食べても」
「なんで?」
「だって、今の《研野先輩》は、《綾藤先輩》じゃないですか!元々の自分の体なので、先輩には筋は通したくて」
「あはは、全然大丈夫だよ。私は、《蓮二》に私の体の事は任せてるから。それに、とやかく言えるような立場でもないし」
三品の深刻そうな顔に対して、美礼の表情はアホっぽく見えると言うかなんというか………
って、よく考えたら自分の顔がアホっぽく見えるってことになるじゃん!それはそれでなんだかなぁ。
「それじゃ、別にこれからも私の許しとかなくそこにいる《美礼》の事誘っていいからね」
そう言って美礼は立ち去ろうとする。
その背中を見て、俺は、自分が残念な気持ちになっているのに気がついた。
だとしたら、やる事は一つだよね、うん。
「待って、美礼!」
思わず、《蓮二》ではなく、その中身の美礼を読んでしまったが、周りには人はそんなにいなかったので問題はないと思う。
「一緒に食べようよ!お昼!」
「えぇっ!?」
1番に驚いたのは、三品だった。
「だ、だって、ふ、2人で………」
「でもさ!みんなで食べた方が美味しいじゃん!」
「そうでもないですけど………」
「ほら、みれ………《蓮二》もさ!」
美礼は、ちょっと戸惑った表情をしたけれども、逡巡した後こちらに戻って来た。
「三品君は、いいの?」
「いいよな、な?」
「えぇ………あ、綾藤先輩がそれでいいなら、いいですよ………」
「やったぁ!」
今度は、俺が大袈裟に喜んだ。
三品が、俺と2人で食べたかったのは分かっている。あれだけ真っ直ぐと告白されて、それでも返事を先延ばしにしているのだから、俺が不誠実な事も自覚している。
けれど、心がこの2人を欲しているんだ。
三品にも、美礼にも、2人共に、俺の心は漣が立つみたいだ。
いつか2人のうち、どちらかを選ばなくてはならない。そして、その先に行けるとは必ずしも限らない。
そう思うだけで、胸がキュッと苦しくなった。
誤魔化すように大袈裟に笑う。
「どうしたんですか急に笑って?」
心配そうに三品は見てくる。
「ううん、何にもないよー」
あぁ、やっぱり変だ。
俺でもない誰かが、俺の心を乗っ取って、美礼の体を操っている。
「《蓮二》も、楽しみだよなー?」
「ふふ……《美礼》ほどじゃないよ」
2人には、悪い事をしている。
この感情は、やっぱり俺には持て余す。




