第14話 入れ替わって数日後:悠花の場合
私は、ずっと後悔していた。
なんであの時『三品君に本当の事言えば?』なんて言ってしまったのか、とか、なんでこれまで2人が入れ替わりを頻繁に行っている事をもっと強く止めなかったのか、とか。
彼らは私の責任では無いと言ってくれるが、その言葉を聞けば聞くほど自己嫌悪に陥る。
2人が入れ替わってから数日が経って、2人が入れ替わっているのが徐々に日常になりつつあった。
そうして変わってしまった事は、もう戻らないのでは無いかと錯覚してしまう。
「あ、悠花!おはよー」
私が教室に入ると、クラスメイトと談笑していた綾藤美礼ーーーもとい、研野蓮二が私に挨拶をした。
一時はどうも無気力に見えたが、最近は元気を取り戻して、積極的にクラスメイトと関わり合う様になった。
私の席に荷物を置き、蓮二達の輪に加わる。
「それでさ、昨日のテレビでさーーー」
蓮二は楽しそうに話をしている。
元々蓮二はサッカー部の人間で友達も多く、明るい人間だった。
それが美礼の体に入って、慣れてしまってからは元の蓮二に戻ったかそれ以上に明るくなった気がする。
元々静かだった美礼が急に元気になって違和感があるかと思われたが案外そうでもなく、見た目が美礼なら美礼に見えるというものだった。
そして、蓮二の姿を見れば、まさしく綾藤美礼そのもので、所作の一つ一つも男には見えなかった。
髪も最初こそぼさぼさだったが、何日か経って元の美礼と同じような髪になったし、最近は美礼とは違って髪を後ろで縛っていた。
だから時折、この美礼を見ても、本当は美礼が明るくなっただけで、入れ替わりなんか起こってないんじゃ無いかと思ってしまう。
「ーーーい、悠花、悠花?」
「………ん?どうしたの美礼?」
「いや、なんか今日の悠花変だよ?ずっとぼけぇっとしてるし」
「大丈夫よ。朝だからまだ眠いのよ」
「はぁ、なるほどね……」
本当に、不思議だ。
もうこの美礼は、美礼でも蓮二でも無い。
もっと新しい人格で、もっと誰でも無い人格。
アンタは、誰?
「美礼」
とその時、クラスのドアのところから美礼が呼ばれた。
みんなして声のする方を見ればそこに立っていたのは研野蓮二ーーーの見た目の綾藤美礼だった。
「あ、れ、蓮二!おはよ………」
「うん」
美礼はそのままクラスに入ってきて、蓮二の元に来た。
かく言う蓮二は、近くにいた私の袖を少しだけ摘んでいた。
「ど、どうしたの!?こんな、朝早くに……?」
「いや、教科書忘れたから。現文なんだけど、美礼のクラスは今日現文ないでしょ?貸してほしいなって」
「あ、あー!そういうことね!?うん、分かった!」
会話をする蓮二はどこか上の空に見えるし、怯えてる様に見えるし、はたまた、『そうで無い』様にも見える。
蓮二は急いで廊下に出て、ロッカーから現文の教科書を取ってきて、美礼に渡した。
「ありがと、美礼」
「うん、またなんかあったらいつでも来てよ!」
「はは、うん、分かった」
美礼はそう言って去っていった。
蓮二は美礼が歩いて行った方を呆けた様子で見ている。
「………美礼、どうしたの?」
仕方なく私が声をかけると、
「う、ううん!?なんでもない、なんでもない!」
と慌てて返してくる。
慌てている理由は明確には分からないが、大体想像がつく。
今の蓮二の一連の行動は、本当に恋する乙女みたいな雰囲気だった。隠しているつもりなんだろうが、周りにはバレている。
だけど、それが変だって事は私には分かる。
だって、蓮二は今美礼の体で、美礼は今蓮二の体なんだ。つまり、元の自分の体を見合っているのに、それに恋するなんて有り得ない。
だから私は、蓮二は『美礼の体に残された蓮二への恋心に振り回されている』のだと勝手に思っていた。
そうでないならば、私の数少ない男の友人が自分に恋する狂人になってしまった事になる。
と、ここまで長く考えて来たが、実を言うと、蓮二は『三品永遠』にもこの様子を時折見せるのだ。
これに関してはよく分からない。
元々蓮二が男好きの気性を持っていたなら理解できるが、果たしてそうは思えないし、美礼の体が三品永遠へ恋心を持っていたとも思えない。
蓮二の心は、女子になりつつあるのだろうか。
「悠花?まだぼーっとしてるよ?やっぱり体調悪いんじゃ………」
「いや、大丈夫よ。ちょっと考え事してただけ」
ああ。
私を見つめる美礼は美礼じゃない。
美礼も、蓮二も、この世から消えてしまったんだろうか。
果たして体が元に戻ったとしても、変わってしまった心までも元に戻るんだろうか。
考えれば考えるほど、後悔は終わらない。




