第13話 お泊まりの夜
夜ご飯のカレーを食べ終わって、俺達は2人で2時間くらいテレビを見た後、時間が9時前であることに気が付いた。
「………風呂、入ろうか」
なので渋々、俺はこう提案せざるを得なかった。
「お風呂か………まぁ、体は清潔にしておきたいよね」
「今はお互いの体を借りあっている状態だからな。お互いを綺麗にしあうしか道はない」
この言葉は美礼に言っただけではなく、自分に言い聞かせるための言葉でもあった。
というわけで。
俺たちは風呂に入るための準備として、水着に着替えあった。
俺は美礼の体に入れ替わった時、美礼の体をまじまじと見た事なんてこれまでなかったから、これからどうしても下着姿や裸を見なくてはいけないと思うと、頭が痛くなった。
まぁ今日は目隠しをして、美礼に着替えさせてもらったんだけど。
2人して脱衣所に入って水着になると、なんだか変な気持ちになった。
格好としてはプールに行く時の格好なので、別におかしいことはないと思うが………
お互い緊張して、あまり顔を合わせられなかった。
風呂場のドアを開ける。
俺の家は普通の家なので、風呂場に高校生が2人入ると、やっぱり狭い。
けれど、なんとかして2人で風呂に入る為にーーーー
ーーーー美礼に後ろから抱き抱えられる様な形で、風呂の中で座っている美礼の両足の間にすっぽりと入った。
「………蓮二?なんかこれ、ちょっといかがわしく無い?」
「しょ、しょうがないだろ!?俺だって不本意だよ………こんなんじゃ、落ち着けないし……」
「別々に体を洗って別々に入れば良かったんじゃ……?」
「それでも良いけど、俺は女子の風呂の入り方なんて分からないから、髪が痛んだり肌が荒れたりしても知らないぞ?」
「………そういえばそうだった」
一緒にお風呂に入る最大の理由は、美礼に女の子のバスマナーを教えてもらうことにあった。
数分何も言わずに2人で風呂に入って、それでもあまり気まずいとかはなく、ようやく俺は髪を洗ってもらう決意をした。
「………そろそろ頼むわ」
「あー………そうね、なんかもうどうでも良くなってきたわお風呂が良すぎて」
シャワーを出してお湯になるのを待ち、2人して風呂を出る。
俺はあらかじめ出して置いた風呂用の小さな椅子に座り、美礼は後ろに立った。
「とりあえず今日は私が髪を洗ってあげるから、目瞑っててよ。洗いながら教えるからさ」
「はーい……」
美礼はそういうと、俺の髪をお湯で流した後、シャンプーを付けた。
よく考えてみれば、誰かに髪を洗ってもらうなんていつぶりだ?
昔は親に髪を洗ってもらっていたはずなのに、自分でやり出したのはいつからだろう?
美礼の手はゴツゴツしてるが、力加減は優しい。
髪の洗い方を説明してくれているが、気持ちよくて眠くなってきたな……
「………んじ、蓮二!聞いてる?」
「ッは、はい!?聞いてる、聞いてるよ!?寝てないから!」
「ちょっとぉ………お風呂場で寝ちゃったら風邪引くよ?私の体は蓮二の屈強な体とは違うんだからね?」
「悪い悪い………なんか、長い髪を誰かに洗ってもらうのって気持ちいいんだな」
「そう?あんまり感じた事無かったかも」
「はは、もしかしたらお前が上手いからかも。良いお父さんなるよ」
「ちょ、お父さんって!私、女だから!」
「ッア、そうじゃん!!な、なんか、勝手にお前の事男として見てたわ………てかそうなったら俺がお母さんになっちまうな」
「ちょ、か、勝手に結婚しないで!?」
「違う違う!お前の体で結婚するとかじゃないって!言葉の綾っていうか………てか、こんな状態じゃ、理解者のお前としか結婚出来ないって!」
「え……?私、としか……?」
「美礼?」
それきり美礼はぎゃーぎゃー言ってこなくなった。
しかも、そっから数分間髪とか体とか洗ってくれない放置時間を食らったので、本当に風邪引きそうで怖かった。
★☆★☆★☆
なんやかんやで俺達は風呂から出て、俺は美礼に髪を乾かしてもらい、歯磨きをして布団に入った。
俺は押し入れの中から客人用の布団を取り出し、入った。美礼には、俺がいつも寝ているベッドに入って貰う。
「……なんか、自分家で自分のベッドで寝ないなんて、変な感じだな」
「…………蓮二の匂い………」
「美礼?どうした?」
「ヘッ!?な、なんでもない、なんでもないよ!?」
「動揺しすぎだろ………」
電気を消して真っ暗にしてるから美礼の姿は見えないが、テンパってジタバタする美礼の姿がありありと浮かんだ。
「………未だに、女の体になったっていうのは、完全には慣れないな……」
「………え?」
「目線も低いし、走るのも遅いし、前届いてた所にも届かないし………あと、自分のはずなのに、美礼がちょっと怖いし……」
「怖がらせてたんだ………ごめんね?」
「いいんだ。勝手に怖がってたのは俺で、美礼は悪くない……けど、たまに『このまま戻れなかったら』って考えるんだ。非力な体で、思う様に体が動かなくて、届くと思った所にも手が届かなくてさ………勝手が違いすぎて、不安なんだ」
「蓮二………」
少しだけ重い話をしてしまったからか、少しだけ沈黙してしまう。
「……悪い、変な話ーーー」
「蓮二」
俺の言葉を遮る様に美礼が言うと、暗闇の中、布団から出る音がした。
と、直後、俺の布団に入ってきて、背中から抱き締められた。
「大丈夫。私が蓮二の体でいる時は、私が蓮二を守るから。蓮二がか弱くなっても、私が蓮二の分まで頑張るから………」
美礼は俺の耳元で囁く。
体格差のせいからか、それともこの何かも知れぬ安心感のせいからか、俺は全身が包まれてるみたいだった。
「だから、私を頼って………私が蓮二に頼ってばかりなのは申し訳ないけど、蓮二も私に頼ってほしいの……」
「美礼………」
「ごめん、ごめんね、蓮二………私のせいで、蓮二を不安にさせた………」
「………美礼のせいじゃーーー」
と言おうとしたら、美礼からすうすうと寝息が聞こえた。
多分、男の体で過ごしていつもよりも消費カロリーが多かっただろうし、精神的疲労もピークだったんだろう。
俺は美礼の腕からするりと抜け出して、いつも寝ている自分のベッドに入って布団をかぶった。
俺も疲れたから、寝よう………と思っていたはずなのに、何故だか心がざわざわして少しの間眠れなかった。




