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プロローグ:美礼の場合

 私は蓮二と別れたあと、早速教室に―――



 ―――ではなく、男子トイレに向かった。

 幸い男子トイレには誰もいなかったし、いても慣れてるからもう何も思わない。


 堂々と、トイレの個室に入る。


 そして、内股座り。



「…………蓮二の体」


 早速学ランを脱いだ。

 段々夏に変わり始めて来た5月の中旬。学ランの中は蓮二は半袖であった。


「…………蓮二の腕」


 その腕でぎゅっと体を抱きしめる。


 運動部で鍛えられた筋肉が、体を締め付ける。



「…………っはぁ……」


 思わず吐息が漏れる。


 蓮二の太めの腕でぎゅっとすると、まるで自分が蓮二に抱きしめられているような気さえした。



 蓮二の体に入るという事は、蓮二そのものになるという事だ。


 これは私にとって、大変幸せな事である。


 が、それと同時に距離が遠くなるような気さえした。


 1番近くて、1番遠い。

 それが、()()()()()()()()()()()()()()という事だった。


「…………ふぅ」


 蓮二の成分を十分に摂取したから、授業も頑張れそうな気がする。まぁ、元々授業はサボらないけど。


 この想いは、蓮二には伝えない。伝えられない。

 もし付き合ってくれたらそれは嬉しいけど、もしかしたら自分達の関係に満足して、もう入れ替わってくれなくなるかもしれない。


 私の我儘だけど、この薄灰色で爛れたヘンテコな関係をまだ崩したくはないのだ。


 好きな相手になり代わる。

 この背徳的で甘美な行為は、到底捨てられそうもなかった。



「…………はぁ。出よ」


 自分の心に踏ん切りをつけるために、独り言を言いながら、立ち上がってトイレを出た。



 蓮二の体になると、いつも視界の高さに驚く。

 蓮二は私の体に慣れてたみたいだけど、私はまだ慣れない。


 男として生きるためのスイッチは切り替わるけど、私は男にはなりきれない。


 そこだけで言ったら、蓮二も同じか。いつも私の体であぐらかいたりしてるし。男子トイレに行く事はなくなったけどね。


 私は内股にならないように気をつけながら、教室へ向かう。


 誰にも見られてないのに、誰かに見られている気がしながらもようやく教室に辿り着く。


 ドアに手をかけて、開けようとした時。



「あ、あの!研野蓮二ときのれんじ先輩!」


 後ろから声をかけられた。


 振り向くと、思ったよりも小さい来客。


「え、えっとぉ……お、俺になんか用?」


 蓮二の話し方を思い出して喋る。


「あ、あの!こ、これ、受け取って欲しくて!」


 身長は、140センチくらいだろうか?目を瞑って頑張って喋るともふもふと揺れるボブの髪の毛は、なんだか母性というか庇護欲が掻き立てられる。


「ん?何これ、手紙?」


 差し出されたのは、ピンクの可愛い便箋の手紙。


「ま、また後で!」


「え?あ、うん」


 手紙は蓮二に宛てられたものだから私は見ない方がいいだろう。



 …………だが、しかし。


 このピンク色のお手紙は、なんだか嫌な予感がするというもので。


 うん、絶対そうだよ。分かるよ、分かっちゃうよ誰でも?

 こんなあからさまだったら、気づいちゃうよねぇ……蓮二も。



 いや、うん、間違い無いよね。これは、幼馴染として、点検?とか、そういうやつ?


 あー!悪いと思っているのに、手が、手が勝手にー!



 ぺらり。



『わたしは、まことに勝手ながら、一方的に研野先輩の事を見させていただいておりました。わたしの想いを、聞いてほしいです。よければ放課後、校舎裏の木の下に来てくれませんか?』


 はい。決定です。告白です、これ。


 うわぁ!見ちゃった!見ちゃったよ!本当にごめんなさい!


 私は蓮二の事を想っているのに想いを伝えることのできない臆病者なのに、貴女の勇気のお手紙を勝手に読んでしまいました!


 神とさっきの女の子に心の中で土下座をする。




「お、なんだ?蓮二。お前ラブレター貰ったんか!?」


 後ろから冷やかしの声が聞こえる。


「お、お前は、寺内」


「おん?なんだ?よそよそしいなお前」


 確か、蓮二のサッカー部の友達だったような………



「てか、見てたのか?」


「ん?おう!もう、ばっちりとな!てか、お前が入口に突っ立ってるのが悪い」


「確かに」


 それは分かる。

 けれども。私は今、とんでもないお願いをしようとしている。


 だけど、それを許して下さい。神よ、あの女の子よ、蓮二よ。


「おい、その話、2度と俺にするなよ?」


「え?」


「2度と、するなよ?」


「え?な、なんか蓮二、顔怖く無いか?」


 本当にごめんなさい。

 私、蓮二の事を勝手に独占しようとしています。



「は、はい!もう言いません!」


 本当にごめんなさい。

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