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第12話 お泊まり:美礼の場合

 私達が元に戻れない事が分かった時は、私は不安で仕方なかった。


 けれど、蓮二として蓮二のお母さんと会話を交わして、私がこの世界に研野蓮二として存在しているんだと分かった途端ーーー



 ーーーー言い知れない満足感が私から溢れた。


 こんな事考えてるのは、蓮二に対して不誠実で、真っ直ぐ見向きできないような不健全だと分かっている。


 けれど、好きな人の体に入って、好きな人になり切っている事へ、今までの人生で感じたことの無い異質な刺激を感じた。


 ごめん、蓮二。




「蓮二、大丈夫?」


 ソファに座ってテレビをぼけっと見ている蓮二に声をかける。



「お、おぉ………なんだ、もう良いのか?」


「うん。後は煮込んで、ご飯が炊けたら完成だよ」


「おぉ………言われてみれば、確かに良い匂いがしてきた様な………」


 私は会話しながら、蓮二の隣に座った。



「そういえばさっき変だったけど、大丈夫だった?」


「え?………だ、大丈夫………のはず」


 私が真っ直ぐ見つめようとするが、曖昧に視線を逸らして尻すぼみな返事が返ってくるだけだった。



「どうしたの?………あ、まさか、お腹空いてなかった?だったらごめん!蓮二の体、なんでかすっごいお腹空いて、私中心で考えちゃってたかも!」


「違う違う!大丈夫、腹は減ってるから……」


 蓮二はそう言って、また私の視線を逃れようとたじろいだ。


 ………やっぱり変だ。いつもの蓮二みたいに堂々しないで、なよなよしてるって言うか、女の子っぽいっていうか………


 いつも私の体に入った蓮二は、私の格好をしてる筈なのにまさに男って雰囲気だった筈だ。


 なのに今の蓮二は………ちょっと男勝りな女の子って感じだ。



「ずっと顔隠してるけど、どうしたの?」


 その上蓮二は私によく顔を見せてくれない。

 テレビの方を見ながら、必死に私に目を合わせない様にして、右手で口元を隠していた。


「な、なんでもないから!」


 蓮二はぴしゃりと私に返した。


 ………なによ、そんなにつんけんどんな態度取らなくたって良いじゃんか。そりゃ蓮二にはいっぱいお世話になってるけど、私だって蓮二の都合で入れ替わった事だってあるんだから………

 

 私は少し、ムキになってしまった。

 相手が私の幼馴染の蓮二で、今の蓮二が私とそっくりな見た目をしているせいかもしれない。



「ほら、顔見せなさいよ!」


「え!?ちょ、ちょちょ!」


 というわけで私は蓮二の腕を掴み、退かすのを強行する事にした。


 とは言え、今の私は元の蓮二の体。抵抗する蓮二は勿論私の体なので、運動部と帰宅部の筋力の差はそうそう補える物ではない。



「や、やめてくれよ!」


「アンタがちゃんと私の事見てくれるまで、やめないから!」


 蓮二は私の事を押し返そうとするがびっくりするくらい何の意味もない抵抗で、全力を出さなくても大丈夫な程だった。


 だが蓮二は今度は押し返すだけでなく、足をジタバタして私から逃れようとしていた。



「ちょ、暴れたら、うわぁっ!?」



 そして、ソファという小さな土俵で戦っていたからかーーー



 ーーー気づけばソファからずり落ちて、床に蓮二を押し倒す様な体勢になっていた。



 蓮二の両腕は見事に顔から離れ、その顔が露わになると気づいたのは、蓮二が首や耳まで赤くなっていた事だった。


 目をぎゅっと瞑って、必死に私から逃れようとしている蓮二の姿は、男にも私にも見えない。


 力無く私に押し倒されている彼女は、私の全く知らない女の子で、女の子を力任せに押し倒せてしまうこの体が、とても恐ろしい物だと感じた。



「…………み、美礼……!ど、退いて………」



 蓮二の震える唇は、まさに限界と言った様子だったが、どうしても嫌がっている様には見えなかった。都合のいい解釈かもしれないけれど。


 私の前で何かを覚悟した乙女の様に紅潮した蓮二の細い体は、私の嗜虐心をくすぐり、イケナイ気持ちになりそうな程だった。



「………美礼?」



 蓮二は反応の無い私を不思議に思ったのか、恐る恐ると言った表情で私の方をチラッと見た。


 そして目が合うとすぐに逸らし、また元に戻る。


 あぁ、男の人は皆んな女の子にこんな事が出来るのに、この衝動を抑えて生きているんだ。


 そう思ったら、私の浅ましさが途端に恥ずかしくなった。



「ごめん、蓮二………」



 私は蓮二の上から退いて、もう一回ソファに座った。


「お、おぉ………」


 蓮二も落ち着いてきたのか、もう一回ソファに座った。


 私はもう蓮二と無理に目を合わせたりはしなかったが、私はこの空気の中、早くご飯が炊けてカレーが食べれる様になる事を期待せざるを得なかった。




 ★☆★☆★☆




 数分後、地獄の時間の終わりを告げる鐘が、炊飯器から鳴った。


「ご、ご飯炊けたみたい!」


 私は急いでキッチンに行き、炊飯器を開けた。

 中にはちゃんと白いご飯がいっぱい入っていて、ご飯の良い匂いもカレーの良い匂いも、私のお腹を鳴らすには充分だった。



 私達はご飯とカレーをよそって、テーブルに置いて食べる準備をした。



「「いただきます」」



 2人してそう言うと、私はあまりにもお腹が空いていたのか、勢いよくかけ込んだ。



「あッ、熱ッ!」


「美礼、がっつきすぎだって………」


「はふー、はふー………だって、目の前にご飯があったらなんか無性に食べたくなって…………」


「はは、そうか。にしても慌てすぎだよ。美礼にしては珍しいな。ご飯をそんなに勢いよく食べるなんて」


 蓮二はそんな事を言いながら、カレーをふーふーしながらゆっくり食べていた。


 ご飯を食べてるから自然と口数は減る物だが、かといってさっきのソファでの一件の直後の沈黙ほど辛い物では無い。


 蓮二と2人で静かにご飯を食べているこの時間が、かけがえのない大切なものに思えた。



「…………蓮二、さっきはごめん。調子に乗った」


「さっきって、あぁ………いやいいよ。俺もお前に色々説明しずに拒絶してごめんな」


「いやいや蓮二が謝る必要はないよ。だけど、蓮二が私からあれだけ逃げようとしてた理由を聞いても良い?」


「あー………いや、うん、大した事じゃ無いんだよ……」


 蓮二は罰が悪そうにしているが、何度かうんうん唸った後、意を決したような表情になる。



「………なんか、この前三品に告白されてから、俺、変なんだ」


「変?って?」


「こう、三品とか、お前とかに近づかれると、俺が俺じゃなくなるって言うか………どうしようもない恥ずかしい気持ちになって、心臓がドキドキするんだよ」


「ドキドキ?」


 私は蓮二の話を聞いて、真っ先に恋愛感情を疑ったが、蓮二に限ってそれはないだろうと言う結論に至った。


 三品君に関しては同性だし、私に関しては元自分なんだよ?

 そんな相手に恋心なんて抱くわけはないよね。



「………もしかしたら、男の人が怖いのかもね」


「怖い?………俺が、怖がってるのか?」


「そうそう。今まで蓮二は力の強い男子高校生だったわけだけど、それが急に非力なって、体格も小さくなって、怖がっているのかもよ?」


 と自分で言いながら、そんな蓮二を押し倒してしまった事を今更ながら後悔した。


 そうだ。蓮二は間違いなく怖かった筈だ。まだ力の制御が上手くできない私に掴まれて痛かっただろうし、大きな体に押し倒されて恐ろしかっただろう。


 あの時の私は、蓮二への興味に惹かれ、蓮二を気遣うという気持ちを忘れていた。



「………怖い、か。一理あるかもしれないな」


「やっぱり、ごめんね?蓮二。さっき無理矢理押し倒したりして………もし男の人が怖いからドキドキしてるんだとしたら、私とした事は………」


「いい、いいって。そりゃ、ちょっとは怖かったけど、美礼が何もしない事なんて分かってたからさ」


 蓮二はそう言って、ニコッと笑った。


 ああ、私ってそうやって笑えるんだ………蓮二の方が私の体を上手く扱えてる気がするな………


 私が男だったら、きっと彼女にしてる。


 …………って、私今男なんだった。

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