第11話 これからの話
「も、戻れないって、どう言う事よ!?」
1番に騒ぎ出したのはやっぱり悠花だった。
尤も、今にも騒ぎ出したいのは、俺や美礼なんだけど。
「わ、分かんないよ、私と蓮二がビンタし合ったら、入れ替わりが起きるはずで………」
「今日もそうやって入れ替わったはずだけど………」
朝、美礼とほっぺたを叩き合った記憶がある。
そこから入れ替わってるはずだ。
「朝そうやって入れ替われたって事は、その後に異変が起きたって事よね………?」
悠花は顎に手を当てて、眉を顰めて考えていた。
こう言う時に、悠花の存在は心強い。俺も美礼も騒いでこそいないが、多分2人とも、今にも泣き出しそうだった。
「………となると、貴方達に起こった大きな出来事とか、心情の変化とかが原因なのかもしれないわね。例えば、告白されるとか?」
悠花はそう言って、三品を見た。
突然矛先を向けられた三品は、目をまんまるくして慌てていた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!僕が告白したせいで、2人が元に戻れなくなっちゃったって言うんですか!?」
「入れ替わりとか言う精神的にデリケートな現象が起こりうるなら、その精神に異常をきたした時、入れ替わり現象にも影響が与えられてもおかしく無いんじゃ無いかしら?」
「そ、そんなの、憶測じゃ無いですか?」
悠花の言っている事は至極真っ当な様に思えるが、三品の言った様に、これは単なる憶測にすぎない。
その上、もし悠花の憶測が正しいとするならば、原因があるのは三品じゃなくてむしろーーーー
「ーーーーごめん、多分これは、俺のせいだ」
「………は?どう言う事よ?」
「………俺が美礼の体であんな事して、心が滅入っている時に三品に告白されて、ちゃんとした返事も出来てなくて………だからきっと、俺が悪いんだ」
「先輩………なんか、ごめんなさい」
三品が謝って来た。
一瞬何のことか分からなかったが、今の話を聞いて、三品が告白するタイミングが俺の精神を蝕んだ事に気づいたのだろう。
だけど、美礼の表情は浮かなかった。
「………ちょっと待ってよ。蓮二がそんなこと言ったら、まるで私が何にも悪く無いみたいじゃん」
「美礼………今回の事に関していえば、美礼は何も悪く無いし……」
「違う、違うよ………私が1週間入れ替わろうとか言うから………私が、蓮二に不誠実な事をし続けているから………!」
美礼の声に、段々と嗚咽が混じってくる。
口は震え、鼻を啜り、眉を顰めて目を瞑っている姿は、何故だか、俺の姿には見えなかった。
「ごめん………ごめん、蓮二………」
「美礼………!お前が謝る必要はないんだ……」
俺が悪いのか、美礼が悪いのかなんて分からない。そんな物はどれを取っても全て憶測で、推測で、馬鹿げた妄想だ。
だから本当は、泣いても謝ってもいけない。犯人を追求してもいけない。
俺も美礼も、自分が悪者になる事で何かの許しを得て、楽になろうとしているんだ。今にも消え去りたいこの気持ちを、激情を香辛料にして隠しているだけなんだ。
俺は涙を流さないように、瞼に力を入れる。
「そろそろ、良いかしら?」
が、突如として俺たちの空間は俺たちだけのものじゃなくなり、声の方を見れば、保険医の先生が立っていた。
「…………話を聞かないように席を外していたけど………途中から外にまで聞こえていたわよ?」
外にまで聞こえていた?
俺は内心、ちょっと焦った。
「なんだかよく分からないけど、辛いことがあるなら、今日は早退しなさい?学校なんて、無理して通う所じゃ無いんだから」
けれど、保険医の先生は、思ったよりも優しかったようで、早退を促してくれた。
早退を奨励されるなんて、少しおかしな話だ。
「………私、美礼と蓮二の荷物取ってくるわ。ほら、貴方も手伝いなさい」
「………はい、分かりました」
三品と悠花はそう言って、保健室を後にした。
時計を見るとどうやらもう放課は終わっていたようで、授業も少しだけ始まってしまっていた。
「………美礼、ごめん。優等生のお前が、早退なんて………」
「ううん、私も、蓮二に部活を休ませるなんて………」
2人して、心が沈んでいた。
申し訳なさと、これから先への不安が同居して、挫けそうになっているからだと思う。
それに俺は、三品に告白された。俺が俺であると認められた上で。
思い出すと、何故だか心がぐるぐる言って、手足の血が一気に引いて、指先が冷たくなった。
俺の心はどうかしてしまったんだ。だから、入れ替わりが出来なくなったし、だから俺は、三品の告白にドキドキして………
………って、違う!してない!ドキドキしてない!
少しした後に悠花と三品が帰ってきて、俺と美礼はそれぞれ体が逆になったまま、昼前なのに帰路に着いた。
★☆★☆★☆
「今日、帰ってからどうする?」
校門を出た後、俺はすぐに美礼に聞いた。
この「どうする?」は、これから少なくとも数日はこのままだろうから、女子としての支度もそうだし、流石に風呂も美礼の体で入った事がないから、どうしようと言う話だった。
「………とりあえず、今日だけはどっちかの家に泊まろう」
「やっぱり、それしか無いよな………」
俺達はお互いとして生活を送るには、あまりにもお互いのことを知らなさすぎる。
美礼が何時に起きて、どれくらい支度に時間をかけているのかとかも全く知らない。
だから、1日かけて、2人の生活のチュートリアルをしておかなくてはならない。
「………美礼が、俺の体で美礼の家に泊まるのは、多分許可されないよな………」
「まぁ、そうだよね………」
付き合っても無い男子高校生が女子高校生の家に泊まりにくるなんて、とても親が許すとは思えない。
許したとして、自由が効かない。
「多分、私のお母さんには、『友達の家に泊まってくる』って言っておけば大丈夫だから………蓮二が、私の体で、蓮二の家に泊まるって言うのは?」
「うん、それなら大丈夫だと思う。父親は単身赴任で居ないし、母親も夜勤だから、家には誰も居ないはず………」
母親が帰ってくるよりも早く家を出れば、母親にバレることもない。
きっと俺の母親も、高校生の男女を家に2人きりにさせる事に、軽々と許可は出さないだろう。
かくして、俺たちは、俺の家に今日だけ泊まる事になった。
が、今から帰ってもまだ母親がいるので、俺達は泊まる準備をする為に、一度お互いの家に帰るのだった。