第10話 告白:美礼の場合
「僕、先輩の事が好きです」
「僕と付き合ってください」
私が悠花に連れられて急いで保健室までやって来ると、入り口の所にまでそんな声が聞こえて来た。
声の主が三品永遠である事は、容易に理解できた。
しかし、彼の行動は、全くもって理解出来なかった。
「………し、失礼します………」
ちょうど、保健室の先生は居ないみたいだった。
室内はどうやら、三品君と蓮二の2人きりの様だった。
私と悠花が同時に保健室に入った後、悠花は何も言わずに真っ直ぐカーテンの閉まっているベッドに直行し、勢いよくカーテンを開けた。
「ちょっと、2人きりの所、悪いんだけど」
「あ、ぁぁ、悠花?」
カーテンの中から弱々しい私の声が聞こえて来たので、私も悠花の後についてカーテンの中に向かった。
「………起こった事は、悠花から全部聞いたよ」
「み、美礼…………あの、なんて、なんて説明したら良いか……」
中に入ると、私の体に入った蓮二は、ベッドの上で泣き腫らした目をこちらに向け、心底申し訳なさそうな表情をしていた。
「いや、うん……………まぁ、私としても、凄いショックで恥ずかしいんだけど、私も蓮二にずっと迷惑をかけてるし、そんなに怒ってないというか…………」
「そ、そんな事ないだろ?………もっと、怒ってくれ。怒ってくれないと、申し訳なさと恥ずかしさで、もうどうしたら良いか………」
蓮二は消え入りそうな声だった。
理由は分かる。悠花から全部聞いたし、それで蓮二がどんな様子だったかも少しだけ聞いたから、こんな表情をしているのも理解が出来るが…………
「でも、それよりも、もっと大事な話があるの」
今は、その話し合いをしたい時では無かった。私には、もっと聞きたい事があったのだ。
「…………さっき、何の話してたの?」
この問いは、蓮二だけじゃなくて、側で気まずそうに立ってる三品君にも投げかけていた。
「あの、何の話っていうのは………」
「聞いてたのよ、私と美礼は。アンタが、蓮二の入った『綾藤美礼』に告白してるのをさ」
すかさず悠花が言う。
悠花の表情は、怒ってる様では無かった。
「…………えっと、それは………」
「どう言う事?アンタ、そっちの趣味があったわけ?」
「ち、違います!………って言っても、現状そう言う話になっちゃいますよね………」
三品君はどっちつかずな様子だった。
否定したいのだろうが、精神的には蓮二に告白していた事が事実になるので、否定しきれないのだろう。
「………昨日私が三品君に入れ替わりの事を説明した時に、三品君は告白しようと思ったの?」
「…………えっと、まぁ、はい」
「蓮二が男だって知ってて?」
「………はい。僕が好きになった綾藤先輩は、どうやら研野先輩が入っていた綾藤先輩だったようなので」
「貴方はそれでいいの?」
「はい。でも、そうは言ったって、研野先輩が綾藤先輩の体に入ってたとして、第三者の僕からすれば、入れ替わってるかどうかなんて分からないんですよ。だから、僕からすれば、女の人に告白してる事になると思うんです」
「そ、それはそうだけど………」
三品君の言っている事は全部正しい。
元はと言えば、男女間で入れ替わりなんてものが発生してる事がおかしいんだ。
その不可思議さを前にすれば、どんな事だって些細な事になるだろう。
第一、例え蓮二が体に入っていたとして、体の持ち主の私に何の話も通してないのは、如何なんだろうか。
私は蓮二を見る。
蓮二は居心地が悪そうに口を結んでいた。
「………蓮二は、ちゃんと断るの?」
「…………え、え?」
「さっきの告白の返事、まだしてないんでしょ?」
「それはそうなんだが…………その、まだ分からないと言うか………俺は今、自分の気持ちが分からないんだ」
自分の気持ちが分からない?
同性から告白されて、喜んでるの?
「………付き合うの?じゃあ」
「ち、違う!そう言うわけじゃ………ない、と思うんだ………でも、まだ心臓はバクバク言ってて、顔だってまだ熱い……」
俯いた蓮二の表情はあまり窺い知る事は出来ない。
だが、髪の間からちらりと覗く照れた顔は、女の子にしか見えなかった。
まるで、私の顔じゃないみたいに。
私の体から、嫌な醜い黒々とした感情が溶けたチョコみたいにどろどろ出てくる。
「お、おかしいよ蓮二………!私の体でお漏らしなんかして、私の体で告白されてさ……」
「み、美礼……ごめん、俺……」
「それでいて、その告白に曖昧な態度をとって、はっきり断らないなんてーーーー」
「ーーーーお言葉ですが」
三品君に遮られて、ハッとなった。
私は多分、言わなくてもいいことまで言ってしまった。
「………綾藤先輩が言えることでは無いのでは?」
指摘されて今更気づいた。
私が、私こそが、蓮二の体で告白されて返事を保留して、蓮二と入れ替わって迷惑をかけて、だからこんな事になっていると言うのに。
初めから蓮二に事情を説明して、吹池さんの告白に答えて貰っておけば、こんなにややこしい事にはならなかったんだ。
だから私には、今の蓮二を責める資格なんて無い。
「…………どうやら、アンタに事情を説明したのは間違いだったようね。ごめんね、美礼?」
少しの沈黙が滞留した後、あっけらかんと声を発したのは悠花だった。
ごめんねなんて言わないで。私が全ての元凶なのに。
「………いいの、三品君の言ってる事は、間違ってないから。私が蓮二を責める立場に無いのはよく分かってるから」
だから、悠花は自分の選択を間違ってるなんて言わないでほしい。
間違ってるのはいつだって私で、悠花は私に協力してくれているだけだって思っていてほしい。
蓮二は何のことか分かってないんだろうが、いつかきっと話すから、ちょっとだけ待っていてほしい。
「………とりあえず、アンタ達元に戻ったら?」
「あ……そうだね。蓮二、いい?」
「え?…………….あ、うん」
蓮二はベッドを少し移動して、顔をグッと差し出して来た。
私は蓮二の顔に、つまり自分の顔にかかっている髪をさらさらと払って、蓮二と向き合った。
その瞬間ーーーー
ーーーー蓮二の顔が、自分の顔じゃ無いみたいに感じた。
「いくよ?」
「うん」
ぱちん、と頬を叩き合う音が優しく響いた。
頬を叩き合った後、いつの間にか元の体に戻ってるのだ。
瞬きするタイミングなのか、叩き合った瞬間なのか分からないが、瞬間的に元に戻ってる。
………筈なのに。
「………あ、あれ?」
その筈なのに、私の視界は未だに高いままで、ベッドの上に座ってはいない。
「れ、蓮二、だよね?」
「そ………のはず、だけど」
「あれ?あれ?戻って、無い?」
「もう一回!もう一回試そう!」
もう一度、ぱちん、と音が響くが………
「………戻ってない」
私の両手はゴツいままで、身長は高く、体内に響く声は低い。
「ど、どうしよう悠花………体、戻らなくなっちゃった」
はは、と口を広げて笑ったが、私は今にも泣きそうだった。