第9話 事件
次の日。
今日も今日とて、美礼と体を交換し、俺は学校へ行った。
このまま入れ替わりに慣れすぎるとどっちが自分の体なのか分からなくなりそうな………って、そんなわけないか。
美礼の体に入るっていうのは段々慣れてきて、それでもやはり落ち着かないというものだ。
教室に入って席に座ると、クラスの女子(名前は分からない)から声をかけらた。
「ねぇねぇ、綾藤さん」
「ん?どうしたん………の?」
「あのね、昨日の事なんだけど………」
昨日の事?
言われて思い返してみるが、昨日特に何かあった思い出がないぞ?みんなで弁当食べたくらいだけど………
「これは、人から聞いた話なんだけど……」
「うん」
「綾藤さん、昨日の帰りに………」
なんだなんだ勿体ぶって?
悪い事でもしちゃったか?と一瞬思ったが、この女子の表情を見る限りそういうわけでもないらしい。
良い事も悪い事もした覚えがないし、ぶっちゃけ美礼の体でいる時はあんまり他の人と積極的に交流したりしないからな………
少し待つと、女子はとうとう口を開く。
「三品君と、一緒に帰ってなかった!?」
「………うん?」
ミシナクントイッショニ?
ミシナ、みしな、三品………あー、昨日の後輩クンか。
が、どうしたって?一緒に帰った?そんな記憶は無いぞ?
と思ったが、よく考えたら帰りは元の体に戻ったんだった。てことは本当の綾藤美礼が三品と一緒に帰ったって事か?
なるほど、覚えてないわけだ。だけど、それがどうしたというのだろう。
「あー、えっと………うん、多分帰ったよ、はは」
「多分?」
「あーいや!?うん、帰った、帰ったよ確かに!」
「………?まぁいいや。それで、なんで一緒に帰ってたの!?あんな人気者の男の子と!?」
「え、えぇ?な、なんで、って………」
いや知らないよ。知らないし、この女子がどうしてこんな話を振ってきたのかようやく分かったぞ。
さては、恋バナ的なそういう進展みたいなのが知りたいんだな?
はぁ、女子はそういう話が好きねぇ。分からなくは無いけど、俺、男なんすわ。男に恋愛感情とか、湧くわけないし………
「そのぉ……なりゆき、的な?」
理由は美礼しか知らないので、俺は適当に答えた。
「どんな成り行きならあんなイケメンと一緒に帰れるの羨ましー!」
あ、羨ましいんだ。特に仲良くない男と帰って何が楽しいんだと俺は思ったが、それだけ三品が人気者って事なんだろう。
だが、この女子生徒が少し騒ぐせいで、クラスの人達からちょっとだけ目立っているようだった。
俺の話を一方的に聞かれるのはなんか気まずい………と、居心地の悪さから俺は、
「ごめん、お手洗い行かせて?」
と、女子ならそうそう大声では言わないような事を普通に言うのだった。
そうしてトイレに行くと、朝の、それも朝礼が始まる直前の時間だからか、鍵が全部閉まっていた。
まあ別に、今入らなくてもいっか………と俺は仕方なくトイレを出た所で、チャイムが鳴った。
このチャイムは朝礼のチャイムだ。そして美礼は優等生。
………どうやら俺は、急いで教室に戻らなくてはいけないようだった。
★☆★☆★☆
なんだかんだで、1時間目が終わった。
既にすごく眠い。俺の脳味噌が疲れてるのか美礼の脳味噌が疲れてるのかは精密な検査をしてみないと分からないが、勉強嫌いな俺にとっては授業を起き続けてるのはキツい。
あー、トイレも行かなきゃいけないし、でも、立つの面倒だな………いやでも結構行きたいな………いやでも、トイレ遠いな………
とウダウダしてたら、とうとうチャイムが鳴った。
うわ、授業始まったよ。次の授業はどうやら数IIなようなのでごめんなさいちょっと起きてられないかもしれない。
先生が入って来て号令がかかって再度着席すると、授業が始まったようで、心の底から嫌な気持ちが湧き上がった。
数学なんて、数字とアルファベットの羅列だ。じゃあどっちも嫌いな俺はどうすれば良い?日本語で話せ日本語で!アルファベットと数字で会話しようとするな!でもこの世は理科と数学で成り立っている………ありえない、ありえない………
美礼の体のはずなのに、耳が声を受け付けようとしない。
おかしいね。教室が暖かいからかな、眠気が………
…………っと、危ない寝るとこだった。
美礼の体でいる時は、寝ちゃダメなんだって、分かってるはずなんだが、もう既に体は限界を迎えているようだった。
うん、美礼の体が眠いって言ってるんだもんね。俺は悪くない、ていうか誰も悪くない。全部数学のせい、勉強のせい、授業のせい。なので僕は寝る事にします………………
………
………
「わぁぁぁあ!?」
「ッは」
突然の大声で俺は目が覚めた。
なんだなんだ?どうしたんだよ、俺の眠りを邪魔するんじゃ………
「あ、綾藤さん!」
と思ったら、どうやら俺が呼ばれているようだった。
「れん………美礼!!」
「わぁ!?な、何?」
急に怒鳴るなよ、悠花。一瞬蓮二って呼びそうにーーーー
ーーーーそんな所で、俺は何もかもの違和感を一身に覚えた。
寝起きの虚な視界にしっかりと映るのは、異様な視線と俺から離れようとするクラスメイト。
鼻をつくような、嫌な匂い。
そして何もかもの違和感の元凶は、下腹部の異様な感触。
パンツやスカートまでが俺の体に纏わりついて、どうしても離れてくれそうになく思えた。
俺を源とした水は波状に広がり、隣の席まで届いているようで、その席の主は俺から離れて若干の蔑みの視線を向けていた。
つまり俺は、おねしょをしたんだ。
「あ、あ………」
皆んなの視線からか、それとも現状をまだ理解できてないのか、今の俺は呼吸さえも危うい。
だけど時間はずっと動いていて、先生が何かを言っていたり、周りのクラスメイトが忙しく動き回っていた。
「お、俺……俺、は……あぁ、ぁぁ…………」
何が起きた?何のせいで?何で?何で?何で俺がこんな事ーーー
「ーーー美礼、美礼!しっかりしなさい!保健室行くわよ」
立ち上がる事も出来ないような俺のを強引に立ち上がらせ、悠花は肩を組んで俺を引きずる。
「ご、ごめんなさ……俺、お、おれ………」
涙が出てるのか、嗚咽のせいで上手く喋れそうにない。
「もう、話は後にして!……ていうか、自分でも歩いて!」
うちのクラスが騒がしいからか他クラスの生徒が俺達を見つけ、授業中の廊下を歩く俺は、大勢の人の視線を浴びていた。
見るな、見るな!俺は、俺は、俺はーーー
ーーーー綾藤美礼じゃないんだ!