第6話 昼休み:とある場合
「俺達、先帰るねー」
そう言って、研野蓮二と綾藤美礼は2人で帰った。
学校の端っこに取り残されたのは、吹池桜と三品永遠の2人。
ここからは、その残された2人の行動を、少しだけ覗き見る話だ。
桜は見えなくなるまでひとしきり綾藤美礼という男勝りで荒っぽい女に向かって睨み終えた後、依然として正気を失っている永遠に話しかけた。
「ちょっと、ちょっと永遠君」
「………綾藤先輩………」
「永遠君!!」
びしっ、と桜が頭にチョップをすると、永遠はこの世界に戻ってきたみたいで、きょろきょろと周りを見回した。
「あ、あれ?綾藤先輩達は?」
「先帰ったよ」
「嘘!?まだ何にも話してなかったのに………」
「おかしかったのは永遠君だけどね………」
弁当を食べている間、ずっと永遠は心ここに在らずだった。
そして、憧れの『研野蓮二先輩』とのランチタイムを邪魔された桜は、少しだけ不機嫌だった。
「永遠君は、なんでここに来たのさ?」
「なんでって、綾藤先輩に連れられてだよ」
「………なんで行き先がかぶるかなぁ………」
「あ、そうだよ。なんで桜ちゃんはここにいたの?」
「私だって、研野先輩に連れられてここに来たんだよ。でも、永遠君達が来るから、せっかくの研野先輩との時間が………」
「なるほど、そう言うことね」
永遠は、桜が言わんとしている事をそれだけで大体理解した。
つまり、永遠も桜も目的は同じで、偶然か必然か、行き先が被ってしまっただけであったのだ。
「てことは、桜ちゃんはあの先輩が好きなんだ?」
「え!?………ちょっと理解力がありすぎるんじゃないかな?」
「いやいや、見てれば分かるよ」
クスクス、と永遠は笑う。
少し馬鹿にするような永遠をみてムッとなった桜も負けじと、
「そう言う永遠君だって、あの女の先輩の事が好きなんでしょ?」
と反撃とばかりに言った。
しかし、その攻撃は効くどころか、永遠のくすくす笑いを延長させただけで、永遠は見た事ないような大人な表情を浮かべるのだった。
「うん、好きだよ」
桜が、きっと蓮二という想い人がいなければ永遠の事を好きになっていただろう、と思うほど、永遠の浮かべた微笑は優しく、暖かさを持って抱擁する様だった。
反則気味の表情に、またもや桜はむくれる。
「………じゃあ、早く告白しちゃってよ」
「あれ?なんでそんな急な話に?」
「早くあの先輩どうにかしてくれないと………あの先輩、研野先輩と幼馴染とか言って、仲良さそうだったし」
「取られちゃいそうってこと?」
「そういうことだよ」
「じゃあ、桜ちゃんの方から告白すれば?」
「それがさ………もうしたんだよね」
桜がそう言うと、永遠は目を大きくして驚いた。
「あれ、桜ちゃんにしては大胆だね。返事は?」
「…………1週間待ってくれって言われた」
「1週間?どう言うことさ?」
「私にもわかんないよ………でももしかしたら、優しい研野先輩の事だから、あの女の先輩に引け目を感じてるのかも………」
「あー、なるほどね」
桜は俯いて、物憂げな表情を浮かべた。
しかしすぐに顔をあげ、「だから」と永遠に対して強く切り出す。
「永遠君があの先輩を取っちゃえば、私だけ見てくれると思うの!」
「確かに、その可能性はあるね」
「永遠君のさっきみたいな顔を見せれば、そこら辺の女の子なんてイチコロでしょ?」
「いやいや、そんな事はないよ」
「それがそんな事あるんだって。うちのクラスでも、永遠君の事好きって言ってる女の子、数人いるもん」
「はぁ……それは、なんだか申し訳ないね」
「つまり、永遠君は誰でもオトせるって事なの」
「そっか………でも、綾藤先輩って、そう言う感じじゃないんだよな」
「………というと?」
「綾藤先輩にどれだけアタックしようとしても、ずっと暗がりの中を彷徨ってるみたいな、底知れない何かを感じるんだよね」
「………よく分かんないね」
「そう、よく分かんないの」
「でも、ちゃんと目を見つめて、好きだって伝えれば、流石に意識してくれるんじゃない?」
「うーん………何かこう、恋愛対象として見られてないどころか、全く視界に入ってないような感じがするんだよね」
「えぇ?そこまでなの?」
「うん、さっきもそうやって言われたし」
永遠はなんとなく、綾藤美礼という女性が、女性らしさを全く感じさせない事を感じていた。
その感覚は、男勝りというよりも男そのものの様な雰囲気で、好きだと伝えても事態は好転しそうにない事を裏付けるものだった。
「まぁとにかく!今、私達の利害は一致してるの!だから、契約!」
「契約?どんな?」
「私は永遠君が綾藤先輩とくっつくのを応援する。だから、永遠君は綾藤先輩と早く付き合って欲しいの」
「そうする事で、桜ちゃんは研野先輩に見てもらえると?」
「そういう事。どう?いい感じじゃない?」
「ふーん………」
永遠は少しだけ考えるような素振りをする。どこか遠くを見つめていて、何も考えていないようにすら見えた。
数秒か、数十秒かして、永遠は桜の方を見て、
「うん、いいよ。綾藤先輩を早くオトせるように頑張るね」
と笑顔で言うのだった。