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プロローグ:蓮二の場合

「――おい、いつものあれ、やるぞ」


「――うん、分かった」


 俺は屋上で、幼馴染の美礼みれいと真剣な表情で向き合う。


「いくぞ、せーのっ!」


 俺と美礼は右手を振りかざし合い、一気に振り下ろす!


 パァン!


 良い音がした。

 端的に言えば、お互いでビンタし合ったのである。



「い、いってぇ〜……や、やり過ぎた……」


 そう言って俺は、甲高い声を発しながら頬をさする。


「もう、蓮二れんじ!強くやり過ぎないでよ?私、一応女の子なんだからね?」


「わ、分かってるんだけどさ……いてて……」


 再度俺の目の前に立っているのは、幼馴染の美礼ではなく。


 正真正銘の、俺。


「さ、次の時間の体育は運動場だから、早く着替えて来てよ。あ、女子更衣室は使わないでよ?」


「分かってるって!お前も、ちゃんと授業受けろよ?」


「はいはい、わかったわかった」


 美礼の返事を聞いて、俺は屋上を後にする。

 ヒラヒラするスカートを押さえながら。


 勿論、俺は男だよ?

 でも、今は違う。


 俺と美礼は、()()()()()()()()()()()()事が出来るのだ。


 これに気づいたのは、小学生の時。


 そしてその時から、都合よく入れ替わっては、代わりに体育の授業を受けたり、代わりにサボったりなんかもした。


 サッカー部に所属する俺は美礼の体で運動するのに慣れているし、帰宅部で家で勉強をしている美礼は俺の代わりに小テストを受けたりしてくれている。


 簡単な話、利害が一致する瞬間に、入れ替わるのだ。



 俺は屋上からの階段を駆け降りて、トイレに向かう。


 最初の方は男子トイレに入っちゃうなんて凡ミスも良くしたが、今となってはそんな事はしない。


 女子トイレに入って、あらかじめ美礼が持っていた体操服に着替える。


 そろそろ、女子の制服から体操服に着替えるのも慣れて来たなぁ………と、しみじみ感じながら、少しだけ美礼の体を見ないように顔を上に上げながら着替える。


 中々、女子の裸というのは見慣れないものだ。



 着替えて、下駄箱にいき、制服を入れた体操服入れを下駄箱に押し込んで、靴に履き替える。あ、制服が皺になるとかは、勘弁してくれよ?何回もやってるから、美礼ももう諦めてた。


 美礼の靴は手に取ってみるとなんだか小さく感じるが、履いてみると中々どうして、ぴったりサイズなのだ(当たり前だけど)。


 授業ももうすぐ始まるので、駆け足で運動場に向かう。



 ★☆★☆★☆★☆



「今日は、サッカーのテストだ。ボールを蹴って浮いた状態でシュートを決めれば――――」


 長ったるい説明をぼけぇっとしながら聞く。


 一応優等生の美礼だから、先生の話は聞いているフリをしなくてはいけない。



「………ねぇ美礼?女の子がしちゃいけないような顔してるよ?」


「………うぇっ?あー……マジか」


 話しかけて来たのは、俺と美礼の、中学からの友達の、悠花だった。


 実は彼女は、俺と美礼の入れ替わりを知っている唯一の協力者であったりもする。


 紆余曲折あってバレてしまったのだが、その時から今日みたいな入れ替わりの日は協力してくれたりする良い友人である。


「アンタ、ちゃんといつもの美礼をしなさいよ?」


「あ、はい」


 ………美礼の事になるとちょっと怖くなるのだが。


「―――以上だ。準備体操は各自で、練習!」


 はぁい、と皆んなに混じって腑抜けた返事をすると、びしっと肘で横腹を突かれた。




 練習と言われて、女子達は皆それぞれサッカーボールを持ってゴールに向き合う。


 男子もこのテストをしたが、女子は男子の3分の2程度の距離だ。

 サッカー部の俺には、余裕すぎる距離。



 ぱすっ。


 女子Aがボールを蹴る。


 ゴロになったから、あれは点数低いな。



 ぱしっ。


 女子Bがボールを蹴る。


 おっ、結構上手い。浮き球で綺麗な放物線を描いてゴールネットに吸い込まれていった。そういうシュート、俺は好きよ。



 そして俺の番。


 練習とはいえ、取り敢えずこの体に慣れとかなきゃいけないからな………ちゃんと全力でシュート打ったこう。



 小さく3歩後ろに下がり、半歩左へズレる。

 幸い、俺も美礼も右利きなので、利き足が逆になる事は無い。


 少し屈んで、ゴールを睨む。


 大きく一歩、右足を踏み込んで次の一歩は軸足になる。

 左腕を振り上げ、軸足の左足の踏み込みを意識しながら、右足を振り子のようにボールへぶつける。


 確か、硬いボールは足を緩めた方が飛ぶんだとか。


 前見たサッカー練習動画で言っていた言葉を思い出したのは、緩めた力でボールにインパクトした瞬間だった。



 そして、爆発音。


 腰を捻るように回して放った一撃は、蹴った瞬間に皆が目を丸くしたのが直感で分かった。


 あまりにも心地よい感触。

 今までの人とは比べ物にならない速さ。


 恐らくさっきまでの人の2倍の速度は出た。


 ボールは弧を描く事なく、真っ直ぐ天に登るように飛んで行く。


 ボールは、ゴールど真ん中上を撃ち抜いた。



「綾藤さん、すごぉーい!」「サッカー出来るんだ!」「う、上手すぎ!」「カッコイィ!!!」


 おうおう、賞賛されておるわ。

 いやぁ、毎回テストの度にこんな感じで賞賛されるけど、こんなに気持ちいい瞬間ってないよね。


 まぁ、そんなに大したシュートは打ってないんだけどね。爆発音もイメージだしね。


 ぬるま湯に浸かったような気でいると、悠花がにじり寄って来て、耳元で囁く。


「………アンタ、調子乗るのはいいけど、急に美礼がサッカー上手くなったら怪しまれるんじゃ無い?」


「………大丈夫だって。怪しまれても、入れ替わりが起こってるなんて、誰も思わないよ」


「………まぁ、確かに」


 こんな感じで、俺は案の定満点を取って、体育の授業を終えることとなる。


 俺は日常の中で、ちょっとだけスパイスを取り入れているだけだと勝手に思っている。


 入れ替わりなんて、最初はびっくりしたけど慣れてみれば案外便利なものだ。


 今頃、美礼は教室で授業受けてんのかなぁ………あ、次美術じゃん……なんて事を考えながらトイレへ直行するのだった。


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