羽化 ~蛹からの羽ばたき、その刹那~
ここは……。
「――どこだ?」
ある日気が付けば、真っ暗闇に閉ざされた閉鎖的空間に俺は寝ていた。
開けたはずの瞼は重く、突然記憶の無い激痛が突き刺さる。
「いっ、つつつつつつつつつ……。」
頭はガンガンと響く様に痛く、起き上がることもできやしない。
俺は何も見えない中を手探りで、恐る恐るこの場がどこだかを確かめた。
とは言っても、寝ている姿勢のまま手の届く範囲なんざたかが知れている……。
「ふ~ぅ…………。」
手の平から判る情報は、ここが冷たくツルツルとした堅そうな床だと言うことだけ。
次第に治まってきた頭痛に少し安堵を覚え、荒れていた呼吸を整えた。
何も見えない……何も聞こえない……ただジッと横たえた体にスイッチが入るのを待つ。
「そろそろ……。」
目が覚めてからどれほどの時が経ったのか……。
頭痛に伴って体に纏わりついていた気怠さもかなり抜け、立ち上がれそうな気がしてきた。
もしかしたら低いのかもしれない天井に注意し、手を頭上へと伸ばす。
「――うぅぅ…………。」
暗闇の中で行う恐怖から思わず呻き声が出てしまった。
ゆっくり……ゆっくり……。
動く前に必ず手を伸ばし、頭上や周りを確認しながらゆっくりと俺は起き上がる。
「――――ほっ。」
幸いにも手には何の感触も無く、楽に背伸びができる程の空間がそこにはあった。
暗さに慣れたはずの目には何も映らず、伸ばした手には何の感触も無い不安……。
まるで宇宙空間にでも放り出されたかの様な不安定さを感じて足が竦む。
「ヒッ――――。」
それでも尚、明かりという『安心』を求めて無理矢理に俺は動こうとした。
床に這い蹲り、両手を突いてズルズルと移動する。
前も後ろも分からぬままに、少し動いては前方に手を振って確認し少しずつ……。
「――っ!!」
漸くか……壁と思える場所に手が当たった。
その壁をペタペタと触って確認しながら今度は壁沿いを……。
ズル……ズル……ズル……。
「あっ!」
壁沿いを移動していると、今度は襖の引手の様な窪みが手に触れた。
窪みは指が根元まで埋まってしまう程深く、窪みの大きさと質感は意図的なものを感じた。
俺がその窪みに指をかけ、手前に引く……もしくは奥へと押しやると――。
「――動いた!!」
微かではあるが確かに動いた。
ここが終わり……たぶん扉だろう。
俺は動いた方へと今度は力をいっぱい込め、開けようと試みる。
「うぅ~~~~んっ……!」
ガタリと音を鳴らし、その扉と思われる物は重々しくも動く。
だがしかし、開けられた隙間から明かりが漏れてくることは無かった。
ガッカリとしながらも、俺が通れるだけの隙間を作ろうと更に開けようとした。
「んん~~~~ぅん!!」
暗闇で見えないがらも、自分の出来る限界まで恐らく開け切った。
力を入れてももう微動だにしなくなった扉を確認し、扉の向こうへ行こうとまた這う。
扉伝いに移動していくと、今さっき開けた出入口と思われる空間を発見した。
「ここ……だよな?」
怖々と手を伸ばし、這い蹲った姿勢でやっと通れるその空間に頭を入れる。
何も見えない筈なのに、恐怖から目をギュッと瞑った。
次は体を捻り出そうと出入口の端と端を掴み、グイッと壁を押した。
「えいっ!」
完全に扉の向こうへと出た体には爽やかな風が当たり、ここが外だと気付く。
それなのに一条の光も見当たらない。
手放した意識の中、体に違和感を感じた。
「なんで……。」
風で乾いた体は軽くなり、背中がモゾモゾと痛痒い……。
それと共に無いと思われた光を感じ始め、己の置かれた現状に直面する。
「なぜ――――?」
人間だった俺が何故――何故『蝶々』になってしまったのか……。