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脆く儚い

作者: 志水ナオキ

少年の名は、清。 彼は埼玉県の鷲宮という小さな田舎町で生まれた。 草原の中に一戸建てがまばらに

建てられている、ごく一般的な田舎である。 何もない街だからこそ夢や希望を持ち、上京していく若者たちが多いいらしい。 清はまだそのころ高校に入学したばかりだった。 彼はそこまで勉強ができる

ほうではなかったので、家から自転車で20分ほどの偏差値45の公立高校に入学し、特に特徴もないごく普通な男子高校生になろうとしていた。 地元の友人たちは、何人か清と同じ学校に入学していたので

学生はまず悩むであろう友達作りには、さほど心配はしていなかったし、たくさん友達がいてもろくな事が起きないというのは今までの経験上、わかっていた事だった。まだ高校生のくせに生意気な考え方である。可愛くない。  

高校に入学し、まず感じたことは部活動をやるかどうかだった。中学時代は卓球部に入っていたが部員がわずか5人で廃部寸前だった。どうやら鷲宮高校の卓球部は強豪校らしく毎年関東大会には出場している

実績だった。まあ自分に合わなかったらやめればいいやという軽い気持ちで入部することにしたのだ。

クラスの雰囲気には特に不満もなく地元の友人、信也と大樹と一緒だったのでそこそこ楽しい限りだったのだが、少し引っかった事がある。森山という担任が過去に、大宮駅でナンパした女がまさかのうちの高校の卒業生でそういう事態が二回あったという。清が初めてそれを聞かされたのは、学校が始まった一週間後ぐらいだった。 彼は「馬鹿な担任だな」ぐらいしか思っていなかったのだが、周りの生徒たちはまるでお祭りのように騒ぎ始めた。 廊下を歩いているいるだけなのに、「ド変態教師」だとか「ドスケベ大魔神」だとか、もはや言いたい放題であったが、清はそんなことには目も向けずに過ごしていた。

まるでうちの高校は動物園である。サルが教科書めくって理解できるのだろうか。 

新しい高校生活にも慣れてきたころに清は一人の女性と出会った。 その女性の名は、詩織。

清は今まで女子には興味はなく、話しかけられても適当に流すだけか無視していたから当然、女子の友達はできたことはなかった。だけどなぜか詩織だけは違った。 清が全く相手にしなくても詩織はめげずに

話しかけるのをやめなかった。そんな毎日を繰り返しているうちに清は次第に詩織のことを考えるようになっていた。「これが狙いだったのよ!」って今にでも詩織の声が聞こえてきそうだった。

今日は学校の定期テストだった。この時期になるとみんなテストが不安でいきなり騒ぎ始める。清は毎日の授業もあんまり聞いてないし、そもそも数学をやる必要があるのだろうか。大人になったら絶対につかわないだろう。 テスト期間になると詩織は「清くんちゃんと勉強してる?」と聞いてきたが、いつ清くんって呼び始めたんだ。詩織はいろいろと勝手なところがある。 「数学を勉強して何か意味があるのか?」というと「数学をやるのに意味があるんじゃないよ!自分で考えて答えを出すのに意味があるのよ」というものすごく大真面目な答えが返ってきた。まるで母ちゃんと話している気分だ。

詩織は常に成績優秀で学年トップに入るレベルだった。彼女の両親は医者をやっていて、幼い子頃から

彼女も医者になるために勉強をさせられてたのかもしれない。「清ちゃん明日から一緒に居残り勉強ね!」なんで彼女に自分の放課後の予定を決められなくてはならないのかと思ったが、詩織と関わっていくうちに別にいいかと許している自分がいた。

一日の授業が終わり教室の皆が一斉に帰宅し始める。家に帰って勉強するやつもいれば、呑気に遊びに行くやつらもいるだろう。そんなやつらを眺めながら清はうらやましい気持ちもしたが、詩織と二人で勉強するのかというもどかしい気持ちになった。

清が教室で座って待っていると、詩織が笑顔で教室に入ってきた。「ちゃんといるじゃん!もしかしてうちと二人きりで嬉しいんでしょ!」とても返しずらい言葉だ。心のどこかに嬉しい自分がいるがそれを素直に喜べない自分に腹が立ってきた。今日は数学を教えてもらう予定だ。 けれど詩織に教えてもらって全く頭に入ってこない。「清ちゃん!全然私の話聞いてないでしょ!だからいつになっても数学ができないんだよ!」そんなことを言われてもできるわけがないし嫌いなものは嫌いなのだ。

そんなやり取りをしていたら外は暗くなってきた。できないなりに詩織の話を聞いていたら少しは数学ができるようになってきた。「また明日教えるからちゃんと来るんだよ!」こんな毎日数学をやっていたら頭がおかしくなってしまう。まあ仕方あるまい、詩織がいる限りこんな毎日になるのだ。

そしてテスト当日になった。詩織とテストの合計点で勝負することになり、清はもちろん断ったのだが何を言っても詩織は言うことを聞かないためこういうことになったのだ。結果は見えているはずなのにもしかしたら勝ててしまうんじゃないかと夢をみてしまった。ギャンブル好きの親父に似てしまったのかもしれない。 

いつもどうり登校したらテストの順位が掲示板に貼ってあった。清は自分の順位を必死に探していると

目線の先に詩織が見えて、満天の笑みでこっちを見てきた。その笑顔を見ただけで清は自分が負けたんだなと瞬時に察することが出来た。「また次も勝負しようね!」意外と詩織もかけ事が好きなのだろうか。 そんな曖昧な高校生活を毎日過ごしているうちに、高校3年の夏になっていた。

この時期は皆、進路の事でとても忙しくなる時期だ。清は地元の4年生大学に進学するつもりで、なにかやりたい事や夢があったわけではなかったし、卒業してさっそく仕事をする気にもなれなかったから

とりあえず大学に入学しとくのが賢明な判断だろうと思った。 詩織は東京の大学に入学するという。

信也と大樹は高校に入った時期から音楽に目覚め始め、信也がラップで大樹がDJをするコンビを組んだらしい。だから夢を叶えるために東京に上京するのだ。清はそのことを初めて聞かされた時、中学の時からの友人が夢を持ちそれを叶えようと努力している姿勢に物凄く感動してしまった。その夢が絶対に叶うとは限らない。だけど信也と大樹はその絶対に叶うとは限らないという恐怖を一切、恐れないで前に進もうとしているのだ。「俺は一生お前らを応援するよ」今の状況にはこのぐらいのシンプルな声援が一番良いだろう。

そして清と詩織は無事に大学に合格した。高校を卒業し、信也と大樹は一足先に夢を捕まえに行った。

清と詩織は高校から歩いて10分程の鷲宮神社に行った。高校を卒業し、二人は離れてしまうがお互いに頑張っていこうと決め、そのついでに神社に来たのだ。清はこのモヤモヤした気持ちに腹が立っていた。二人はこれから別々の道を歩んでいくことになる。これからの人生なんか放り投げて詩織についていき共に過ごしていきたかった。たとえ今の状況を投げ出し東京に行ったとしても特にやりたい事や夢があるわけではないが、俺には詩織がいる。ただそれだけで良かったのだ。

だけどそのことで詩織と話したことはない。詩織の常に明るく自分の弱いところを一切見せない性格

は余計になにを考えているのか分からなくなってくる。詩織は今この瞬間どう思っているのだろうか。

何もかも忘れられる太陽みたいな笑顔ばかり見せられるともう二度と会えなくなってしまうんじゃないかと思ってきてしまう。  

「清ちゃんは私と一緒にいれて楽しかった?」もう今日でお別れみたいなセリフを吐いてきた。

このまま詩織の言うことを聞いていたら清はおかしくなってしまいそうだったが、もう流れに身を任せるしかないのだ。 

「私たちは悲しいけど今日でお別れなのよ、清ちゃんはこれから大学生になり新しい人生を歩み始めるの。私は、、、、」いきなり詩織の言葉が途切れた。詩織とこんなにも真剣な話をしたのは初めてだから緊張してるんだろうかと思ったが、そんなことは自分を落ち着かせるための口実にしかならないだろう。「なんだ何かあったのか?」そう聞いてみてもなかなか返事は帰ってこなかった。何か嫌な予感がする。詩織は少し涙ぐんだままずっと下を見つめていてこんなにも苦しんでいる詩織の姿は初めて見たから清は居てもたってもいられず、「俺たちの仲だろ。何があったのか俺には分らんが今の気持ちを正直に言ってくれよ。そうやって泣かれてたら余計に俺は辛くて仕方ないんだよ。」この言葉を聞いて詩織は少しは響いたのだろう、ハンカチを取り出し涙を拭き、深呼吸を始めた。

そこから清は詩織が説明していることを全く理解できずにただ時が流れているだけに感じた。いや時が流れているのももしかしたらきずいていなかったのかもしれない。

詩織は幼いころから一過性全健忘という病気で、一時的に新たな記憶が出来なくなり自分の名前や職業、年齢などは覚えられているが、今自分がどこにいて何をしているのかが分からなくなるという。

それで清の事もいずれ忘れてしまうのだ。 自分の事を覚えられていて大切な人との記憶がなくなってしまう。なんて残酷な病気なんだ。なら一層の事自分の事も忘れてしまったほうが楽かもしれない。

ただでさえ詩織が東京に行き、離れてしまうのに清の事を忘れてしまう。それじゃあ今までの三年間はいったいなんだったんだろう。詩織はいくら悲しんでもいずれ忘れてしまうが、清はこの儚い現実を背負ったままこれからも生き続けなければならない。はたして詩織がいない人生に価値はあるんだろうか。

そして気が付いたら夜になっていた。僕たちは今日でもう一生出会うことはできないという現実にまだ目を背けていた。「清ちゃん。そろそろ帰らなきゃ。」詩織から声をかけてきた。このままずっと落ち込んでいても現実が変わることはないのだ。「じゃ帰ろうか。元気でな。」最後にこんなことしか言えない自分に腹がたっていたが余計な事を言うと更に辛くなっていたかもしれない。最後の別れはシンプルに。それがきっといいんだろう。元気でな。





































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