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第1章 第1話 ちょっとの絶望からのスタート

「全科目……赤点だと……?」


 夏休み直前の終業式。先生から受け取った通知表を見て俺は愕然とせざるを得なかった。


 俺の名前、『司馬香鹿(しばこうろく)』の文字の下にたくさん並ぶ科目名。その横には全て赤文字で3という数字が踊っていた。


「今さら驚くことはないだろう」


 俺を指導室へ呼び出し、この地獄の書を渡してきた担任の神先愛生(かんざきあき)先生が口から煙を吐きながらゴミを見るような目つきで言う。


「一学期だけで遅刻16回、早退6回、欠席12回もしてればこうなるのも自明の理だ」


 それだけ答えると神先先生は再び煙草を口に咥える。教師のくせに生徒の目の前で煙草を吸うような人にそんな常識的なことは言われたくない。それにこれは仕方なかったんだ。


「俺だってがんばったんですよ!? でも朝起きられなかったり、急にめんどくさくなったり、雨が降ってたりしたんだからしょうがないでしょっ!?」

「…………」


 あれ、神先先生が何も言ってくれない。いつもなら大声で叱ってくるのに、今日はその片鱗すら見せない。


「……私だってがんばったんだ。お前がいくらクズでバカで無能だとしても私の生徒であることには変わりない。何とかしようとしたさ。でもどうしようもなかった」


 何か様子がおかしい。これ、もうあの口ぶりじゃん。え、嘘だろ? まさか……!


「司馬。お前、留年だ」


 ――は?


 りゅ……留年……? そんなバカな……。


「ちょっと待ってください! 普通補習とかで何とかなるもんじゃないんですかっ!?」

「そりゃ一個や二個の赤点ならそうだ。あるいは中学までだったらそれでもよかったんだろうが、お前ももう高校一年生。義務教育じゃないんだし学ぶ気のない奴にチャンスはやってこないよ」


 まだ半分以上残っている煙草を灰皿に押しつけ、最後の煙を吐き出す先生。その態度がもう話すことはないことを物語っていた。


「留年……留年か……」

 もう一度一年生をやり直さなければならない。周りは全員一個下だし、卒業するのに一年遅れる。学費の面でも親に迷惑をかけることになるだろう。


「……まぁしょうがないか。留年したって死ぬわけじゃないんだし」


 もう決まったのならうだうだ考えても仕方ない。割り切って来年の春までの半年遊ぶとしよう。


「それはがんばったけどダメだった奴の台詞だろ……」


 はぁ……とため息をつくと、先生はなぜか潰した煙草を再び口に咥えた。


「留年はあくまで現時点での話だ。まだ決定ってわけじゃない」


 そう言うと先生はくしゃくしゃになった煙草に火を点ける。弱々しい火が先に灯り、小さく煙を吐き出す。


「でも補習はないんじゃ……」

「ああ。補習はない。どうせお前は来ないだろうしな」

「当たり前でしょ。何で夏休みに学校なんて行かなきゃいけないんですか」

 暑い中わざわざ学校に行くくらいだったら初めから真面目に通ってるっての。


「……わかってないな……。これは先生から見捨てられたってことだぞ。当然私も半分……いや、三分の二は見捨ててる。どうせ私たちががんばったところでお前は努力どころか少しの勉強もしないだろうからな」

「いや俺はがんばって……」

「もういい。お前の言い訳はたくさんだ。結論だけ言おう」


 先生は一度深く息を吸い込む。そうすることで煙草の先の火が煌々と煌めく。そしてゆっくりと煙を吐き出すと、俺の目をまっすぐと見つめた。


「夏休み最終週に行われる追試。そこで五つ赤点があったら今度こそ留年確定だ」


 そう告げた神先先生の瞳はさっきまでとはまるで違う。


 腐ったミカンを見るような瞳から、人間一人を見つめる強い瞳へと変わっていた。


 これはたぶんわずかに残った俺への期待。そして教師としての責任。


 これに応えられなかったら俺は人間のクズ。もう真っ当に生きることはできないだろう。


「だが補習もなしで追試に受かるのは不可能だ。かと言って自習したり先生に訊きにいったりもしないだろう」


 「そこでこれだ」、と言い、先生は懐から一枚のチラシを取り出した。

 それは勧誘ポスター。部活の名前と、部室の場所が雑なイラストと共に載っている。


「教師部……」


 聞いたこともない部活名だ。いや、メジャーな部活以外俺は何も知らないんだけど、それにしても何をするかまるで見当がつかない。


「私が顧問をしている部活だ。そこに頼ってみろ。今ならまだ部室に残っているはずだし、きっと力になってくれるはずだ」


 そう言うと神先先生は今度こそ煙草の火を消した。やれることは全部やったということなのだろう。


「……ありがとうございます」


 俺はクズでバカで無能だ。そんな俺を最後まであきらめなかった先生に、これだけは言っておかなければならなかった。


「なに、生徒を助けるのが教師の務めだ。わからないことがあったらいつでも訊きにこい。その時は朝から夜まで面倒見てやる」


「ありがとうございます。……本当に」


 先生に促され指導室を出る。これから俺が向かう先は決まっている。


 よし、早く家に帰ろう。


 終業式でせっかくの半日授業だ。いつまでも学校なんかいてたまるか。


 明日から……いや、明日は夏休み初日だし、明後日からがんばろう。さぁ、帰ってゲームやろっと。

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