Mermaid.
知っているでしょう
あちらがどれほど危険な場所か
だから 行くのはおよしなさい
引きとめる優しい声に
ごめんなさいも言えなかった
どうしても逢いたかったから
14になった誕生日
くるりくるりと潮が遊び
海にもぐった風がめぐる
そんな嵐の夜だった
大きな船が巻き込まれて
木切れや人や色とりどりの石たちが
あたりいちめん舞っていた
きらりひらりきらひらり
ひらりきらりひらきらり
珍しくはないことだった
それなのにどうしてかしら
わたしはあの人を見つけてしまったの
金色の髪 青白い頬
気のせいだったのかしら
紅い唇のほほえみが
きらきら光る石よりよほど
彩られて美しかった
沈めてしまえばよかったわ
石のように時をとめて
いいえ いいえ
沈めないでよかったの
あの唇が青ざめてしまう
あの人は水よりずっと重かった
空気のあるところへ導くのは
思うよりずっと難しかった
けれど ほら あの砂浜で
あの人はほほえんでくれたの
それだけでしあわせだった
しあわせだったと思ったのに
ねぇ どちらが
ただしかったのかしら
知っているでしょう
こちらがどれほど安全な場所か
だから 行くのはおよしなさい
引きとめる優しい声に
さようならも言わなかった
どうしても逢いたかったから
15になった誕生日
海の果ての魔女のいおり
ぴたりと潮が止まる場所で
私は足を手に入れた
あの人に逢えるのならば
声なんていらなかった
ええ そうだわ
いらない と思ったの
そんなわけ なかったのに
流れついた砂浜で
わたしはあの人に拾われた
立つだけで足は痛むけれど
そんなことはどうでもよかった
あの嵐の夜のことを
あの人は覚えていないけれど
私がおどるその姿で
あの人がほほえんでくれるなら
世界は何より美しかった
知っているでしょう
あなたの時間は限られている
だからどうか 戻ってきて
海の中から響く声に
返す言葉をもたなかった
あの人のそばにいたかったから
16になった誕生日
陸のはしにつながれた
大きな大きな船の上で
舞踏会がひらかれた
くるりくるりとわたしはおどる
石のように重い足に
終わる日の近さを知る
だから わたしは笑ってみせた
できるかぎりの想いをこめて
できるかぎりの優雅さで
ひらりひらりとおどってみせた
船の上のあの人は
海の中より遠くかすんで
知らない誰かと歩いていた
そうしてあの微笑みをくれた
愛する人を見つけました
祝福していただけますか
声があればいいのに
心の底で叫びながら
わたしはにっこり笑って見せた
声がなくてよかったの
だって あの人が微笑んでくれる
知っているでしょう
こちらに戻る方法を
だから この短剣をお使いなさい
その日の夜のことだった
陸の端につながれた
大きな船の片隅で
私は短剣を受けとった
鈍く光る銀色のつるぎ
これであの人の胸を刺すの
ただそれだけのことが
わたしを人魚に戻すのだから
夜明け前の寝室で
わたしは刃をあの人に向ける
眠り薬が効いたのか
気配にさといあの人も
今はまだ夢のなか
振り上げた刃の先で
あの人はいつものように微笑んだ
知っているでしょう
人と人魚は相容れない
だから その短剣をお使いなさい
悲鳴のような優しい声に
ごめんなさいも言えなかった
わたしの声は ここにはない
陽がのぼる少し前
とぎれることなく続く海原は
あの人の微笑みのように美しい
どうすればいいのかしら
問いかけながらわかっていた
沈めてしまえなかったあの時に
望みはもう 決まっていたの
王子さま
王子さま
あなたがいらっしゃる世界は
こんなにも美しい
あなたがほほえむ世界は
とびっきりの光のよう
だから どうか
どうか おしあわせに
そうして
彼女は海にとけた。