Bodyguard - II
眼を覚ました瞬間に、捕まってしまったことを思いだした。
同時に、薄く目を開いた。
どこぞのシティホテルの一室らしい。
ラボに連行するでもなく、こんな場所に連れ込んだヤツの意図が理解できなかった。
ヤツが来てから、こんなことばかりだ。
当惑、と称するに相応しい感情が自分の中にもあるとは思ってもいなかったので貴重な成果なのかもしれないが。
益体もない方に持って行きかけた思考を、本論に修正する。
連れ戻された。
しかも、手刀で意識を飛ばされるなどという原始的な方法で。
手と足を縛られていることを確認して、更に薄目のままで探る。
連れ戻した張本人は、ベッドに背をあずけて座っていた。
「眼、覚ましたんでしょ?」
質問の形を取ってはいたものの、断定だった。
誤魔化せるはずもないことは分かっていたが、声を出す気にはなれない。
自分を殴った相手に、口をきく気になれるほど、酔狂でもなかった。
「ったく。オレはボディーガードなの。
あんたを守るのが仕事なの。
つ〜わけで、逃げられると困るの!」
怒鳴るふうでもない口調は、常のそれより0.5ポイント分は荒く作られている。
総合心理講座の資料の分類を任せたせいかもしれない。
「心配したよ、さすがに」
殊勝な言葉の主の顔は、だが背中に阻まれて見えない。
そういえば、二度と顔を見せるな、と言ったのは自分だった。
「分かっててやってんだろ」
何を分かっているというのだろう。
先にもまして断定口調のボディーガードに、感情制御がききにくくなる。
これだから、こいつと2人きりにならないようにしていたというのに、想定外だ。
ボディーガードなど、いらなかった。
前々から上にはそう伝えてきたし、つけられるたびに最新の科学議論を持ちかけたり室内アクセス権をハッキングで取り消したりして追い出してきた。
飄々と一ヶ月も居座っているのはこいつだけだ。
「あんた、捕まっちゃったら初黒星なんだよね〜。
しかもあんた、捕まったら最後じゃん。
ぜってぇ、拷問されたり自白剤使われたりするじゃん。
オレ、そんなの嫌だし」
それはお前の理屈であってこちらには何の関係もない。
常にそうしてきたように冷徹に告げようとして、二度と口をきかないと宣言したことを思い出す。
「あんたさ、ちょっとは余裕もちなよ」
一瞬。耳を疑った。
この自分に、そんなことを言ってくる相手がいることが、信じられない。
「明日が来るの、ワクワクしたことない?」
ギシ、と。安物のベッドが軋んだ音を立てる。
「何が起きるんだろうってさ、楽しくなったこととか」
アンタ、そういうの足りてないよね。
断定口調で言って、ボディーガードは笑った。
いっそ、殴りつけてやりたいと思う。
そうすれば、少しは楽になるだろうか。
ならないだろう、と考えて眼を閉じる。
「ま、オレはボディーガードだから。守るけどさ」
ガラでもないことしちゃったなぁ、とぼやく声が遠く聞こえる。
本当にコレがS級ボディガードなのか、と疑いたくなるほど緊張感の無い声が、部屋に響く。縄を解け、といおうとして、面倒になったのでやめた。
どうせ、眼が覚めたらラボに戻されているのだろうし。
「オヤスミ。博士。また明日」