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イノシチ【2009年発行版】  作者: 宮本小鳩
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第二章 友達と博士と兄貴分

 もやもやした気持ちを引きずったまま、何日もやり過ごそうとしてしまうのは、僕の一番悪い癖だ。こんな時は、気の許せる相手に話を聞いてもらうのに限る。

 だから僕は、シシゾーを訪ねることにした。シシゾーは僕の親友で、体を鍛えることが大好きな黒毛イノシシだ。スポーツジムのインストラクターをしているので、僕も久々に筋トレなどしつつ、ひとつアイツの仕事っぷりを観察してやろう、という感じで、そのジムを訪ねてみた。

 受付で、今日はシシゾーさんはどちらに、と僕が尋ねているまさにその最中、


 グァラガシャガシャーン !


 奥の方で、ものすごい音がした。今のは一体 ! ?

 驚いた周りの皆につられて、僕もあわてて音のした方へ駆けつけると、そこには困り顔のシシゾーの姿があった。

 そばには、メチャメチャに破壊されたトレーニング用マシンの残骸。


「…またやっちまった…」


 えっ、“また”とは一体…僕が首をかしげていると、周りの皆は半ば呆れたような目をして、やれやれ、といったような表情を浮かべていた。

 と、そこへ、

「シシゾー ! ! お前何台目だよ ! 壊したの ! !」

 屈強そうなマッチョイノシシが、頬を紅潮させてシシゾーの所に走ってきた。

「すっ、すいませ〜んッ ! ! 申し訳ないッす ! ! 押忍 ! !」

 シシゾーが慌てて謝った。

「押忍、じゃねェ〜よ〜ったく ! なんでお前、そんなに馬鹿力すごすぎなワケ ? オレから言わせてもらえばちょっとヤバすぎ」

 といきり立つその先輩も、鍛えすぎてて別の意味でヤバすぎ。

「お前ねー、こんなこと繰り返してっと、修理代どころじゃないよ、給料引かれすぎて手元に一円も残らなくなるぞ」

「あ、大丈夫ッす ! オレ実家暮らしなんで、食べるのには困りませんから !」

「そこで自信たっぷりに断言すんなよ ! !」

 周りから一斉に笑いが起きた(半分は呆れ笑い)。


 その日の夜。僕はシシゾーの終業を待って、途中までシシゾーと一緒に帰ることにした。

 すっかり暗くなった道を、僕らは並んで歩いていた。

「…まあ、こんな日もあるよな ! ハハッ」

「ハハッ、じゃないよお前。また、とか言ってたけど、今までにもこんなことが何度もあったのか ?」

「今月は初めてだよ」

 とシシゾーは屈託なく笑った。無邪気というか無神経というか、時々ちょっとイラつくけど、コイツのこういう裏表のない所が僕は好きだ。

「なぁイノ、腹へったから何かおごってよ、山菜どんぶりとかさぁ」

「ああ、それならいいよ、僕としても助かる」

 僕らはいつもの定食屋へ向かった。空にはもう星が瞬き始めていた。今日の月は細い三日月だ。シシゾーの鍛え上げられた黒い体が、少しずつ闇の中に溶けていくようだった。

 ふと、シシゾーが身を屈めて、何かを拾い上げた。

「イノ、またキノコ見つけたぜ、これ店のオヤジさんに料理してもらおう」

 この男はいつも、やたらキノコばかり拾いたがる。毒キノコだったらどうするつもりなのか。だけど不思議なことに、今まで一度も毒キノコだったことはない。少なくとも、僕の知る限りでは。

「…ところでイノ、今日は一体何の用事だったんだ ?」

 そう言われてハッと我に返った。そうだ、僕はこの友達に相談したいことがあったんだっけ…いや、とてもそれどころじゃなかったんだ。だってシシゾー、お前あの後ずっとお説教され続けてたじゃないか。

「あ、ああ、そのことなら別に、また今度でもいいんだ…ところで、実は僕、キノコの研究をしてるウリ山博士と知り合いなんだけど、よかったら紹介しようか ? お前のその才能、活かせるかもしれないしさ」

 この時、とっさに僕はその場しのぎなことを言ってしまった。まさかその後思いもよらないことになるとは知らずに。

「そうか ? じゃあうまくいったら、博士の手伝いでもして、ひと稼ぎできそうだな、イノ !」

 とシシゾーがまた笑った。ホッ、よかったコイツで。と安心したのもつかの間、

「よし、そうと決まればさっそく行ってみようぜ !」

「エェ〜…せめて明日にしようよ、シシゾー」

「オレさー、今ちょろっと思い出したんだけどさ、そこってたぶん森の湖の研究所のことだろ ? ここからはわりと近いぜ、ちょうど手土産もできたことだしさ」

「で、でも夕飯がまだ…」

 と口ごもる僕を尻目に、一度言い出したら聞かないシシゾーはすっかり楽しそうな顔をして、

「さ、さ、行こうぜ〜イノ〜」

 と、どんどん僕の背中を押してきたから、僕はとうとう根負けして、じゃあ行きますかね、と、森の湖めざして歩き始めたのだった。


 イモガラ島中腹部に位置する、まるで鍵穴みたいな形をした、森の湖。

 僕の知り合いで、キノコの研究者、ウリ山博士の研究所は、この湖のほとりにあった。

 ここの研究所は一日中明かりがともされ、博士はいつも数人の助手と一緒に、住み込みで研究に明け暮れていた。その名はこの島でも知らない者はないと言われるほどの有名人だけど、性格はとてもおっとりしていて気さくな博士だ。

「夜分遅くすみませーん…僕、イノシチです」

 少し間があいて、部屋の奥からモヤシのようにひょろりとした風貌のシルエットがこちらへ歩いてきた。

「おや、これはこれはイノシチ君。元気そうですねェ、何よりです」

 ただでさえ背が高いのに、メガネをかけていて、いつもの丈の長い水色の“白衣”(博士はこう言いたがる)を身につけているから余計目立つ…まあそれはおいといて。

「ところで、そちらの方はお友達ですか ? 大層毛並みのいい子ですねェ」

「ああ、そうなんですよ。僕の友人で、」

 僕が言い終わらないうちに、シシゾーが一歩前に進み出た。

「はじめまして ! シシゾーといいます、押忍 !」

「これはこれはシシゾー君、よく来てくれましたねェ。…ん ? その手に持っているのは…」

「あ、これッすか ? さっき来る途中で拾ったんすよ、よかったら食べます ?」

 何の躊躇もなくシシゾーは、まだ泥のついた怪しげなキノコを、よりによってキノコの専門家に堂々と差し出した。コイツ度胸あるな ! …いやそれとも、単に何も考えていないだけか ?

 ところが博士も度量が広いのか、

「どれどれ、拝見させてもらいましょうか」

 と素手でキノコを受け取り、まじまじとそれを眺めているうちに顔じゅう「!」という表情になった。

「き、君、これを一体どこで見つけたのですか ! ?」

 シシゾーもつられてビックリして、

「えっ ? そ、それはですねェえっと…何気なしに拾ったんでよく覚えてませんが…」

「…この辺りではあまり、いやほとんど、このようなキノコを見かけることは…もしかしたらこれは、新種のキノコかもしれませんよ ! ! いやいやいや、これは驚いた ! まったくすごいです ! これはひとつ調べてみる価値大ありですぞ !」

 一方的に興奮してまくしたてた博士は、ふと我に返って僕の方を見て、心底嬉しそうな笑顔を見せた。

「イノシチ君 ! 君は実にいいお友達をお持ちですねェ」

「は、はぁ」

 たかがキノコ拾ったぐらいでそんな、見た目には何の変哲もなさそうなキノコに見えるんだけどなぁ僕には、と内心思っていたけど、

「すっげェ ! オレいっそのこと、キノコハンターになろっかな ?」

 えっ、もしかしてシシゾーのヤツ、すっかり乗り気 ?


 結局この日の晩は、博士のご厚意に甘えて、研究所で栽培したとれたてのキノコづくしのディナーをごちそうになり、そのうえ寝床まで貸してもらうことになってしまって、まったく僕としては…とっても助かったんだけどね !


 翌朝、すっかり意気投合した博士とシシゾーを横目に、僕は早々と研究所を後にして、自分の家へ帰ってきた。

 昨日のうちに届いたのだろう、一通の手紙がポストに入っていた。


『イノシチ。最近電話してこないけど、元気でやっているか ?

 自分だけでどうにかなるからといっても、ちゃんと食べていくことは大事だぞ。困っていることがあるならいつでも相談しなさい。近々、イトコのシシヤマも田舎からまたこっちに出てくるそうだから、その時はお前も遊びにおいで。皆歓迎するよ。 イノガタ』


 イノガタさんは、物心ついた時から、僕の良き兄貴的な存在なんだ。

 キノコ町派出所のおまわりさんとして、毎日マジメに働いている。

 この派出所も、イノガタさんの家も、僕の家からは近い。わざわざ手紙を書いてくれるなんて珍しいな、電話の方が早いのに…と思いつつも、その筆跡を見て、僕は懐かしい育ての親のことを思い出したりしていた。





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