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四話目

 翌朝、目が覚めるとお姉ちゃんの姿はなかった。

 母親も何も言わず、一見いつもの日常風景のようにもみえた。弁当を渡され、家を出ると


「よ!」


 にかっと笑う青木の姿が。


「どしたの」

「いや、一緒に行こうかなーって思って」

「部活はどしたの」

「今日は顧問が出張。だから休み。で、ついでにいい男アピール」


 そういって笑う青木につられるように、わたしも笑った。

 そしてその瞬間、ぼろりと涙がこぼれた。


「な、え? ちょ、そんなに嫌だったのかよ」

「そうじゃない……」


 ぶんぶんと首を振り、わたしは瞼をぐしぐしとぬぐう。


「昨日からなんかあんまり寝れなくて、目が疲れてるのかも」

「大丈夫かよ、休むか?」

「平気」


 ぎこちなく笑うと、青木もにっかりと笑った。

 学校に行くまでにいろんな話をした。もうすぐ夏休みともあって、話題の大半は部活のことだったり休み中のことだったりだった。


「そういやさ、伊藤って東口の祭り、行く?」

「んー……、去年は友達といったんだけどね。今年はみんな彼氏とかと行くみたいでさ。もー、友情よりも恋愛らしいよ」


 まったく。

 去年までの友情はどこにいった。

 むっつりとつぶやくと、青木がはは、と笑った。


「じゃあ、一緒にいかね?」

「え?」


 青木と? 二人で?

 びっくりして振り返ったわたしに、青木はにっと笑う。


「二人きりっていいたいところだけど、サッカー部とか、昨日、ラーメン食べたメンツでさ」

「あー、運動部のー」


 同じ学年の運動部のメンツだ。

 女子や男子が入り乱れて、人数的にもかなり多い。

 それならばわたしが一人はいったところできっと浮いたりもしないはず。


「じゃあ……、行こうかな」

「よしっ」


 青木がぐっとこぶしを握り締め、よしっとつぶやくのが聞こえた。

 それをみてわたしはまた笑う。

 ほら。今、センパイのことも、お姉ちゃんのことも忘れられたじゃないか。

 ほんの数秒だけど、今朝からしたらずっと進歩している。

 このまま合わずに何日もすれば、きっと何もかもなかったことになるに違いない。

 そんなことを思いながら、わたしは青木と一緒に学校の校門をくぐった。

 




 告白をされたからって、青木との関係は大きく変わったというわけではない。

 一緒に登校するほかは、いつもの日常とほとんどかわらない。青木は部活中心の生活で、わたしはというと友達と。

 代り映えのしない日常とはいえ、日々過ごしていくうちに空っぽになった自分の中に少しずつたまっていくものがある。

 それは友達との恋バナだったり、人気のある男の子の噂だったり。

 今まで通り過ぎるだけだった日常がゆっくりと戻っていくような気がした。

 その代わりに、家でお姉ちゃんと会話はまったくなくなった。

 お姉ちゃんは相変わらず忙しいみたいで、学校から帰ってくるのも遅いし、帰ってきたらきたでスマホをずっといじっている。

 誰かと連絡をとっているんだろうけど、正直、どうでもよかった。

 お姉ちゃんがどう生きようと勝手だし、わたしはわたしでやっていく。

 そう思うことで家での生活を、なんとかこなしていた。

 やがてテストもおわり、夏休みに入るとわたしはとにかく家にいたくなくて、図書館で勉強をしていたり、学校の講習をうけたりした。あと、青木の部活をぼんやり見ていたりもした。

 そんな風に毎日いろんなものを詰め込んでも、どうしてかセンパイのことを忘れることはできなかった。

 町中でふと、似た背丈や、髪型の人がいると目で追ってしまう。

 データは消したはずなのに、スマホを確認してしまう。


「バカみたい……」


 ぽつり、とつぶやいては落ち込む日々だった。

 もう、センパイはお姉ちゃんと付き合えたのだろうか。

 奇妙な性癖さえなくなれば、センパイは相当イケてる人なんだから。万が一、お姉ちゃんと付き合えなくたって、すぐに良い人が見つかるはずだ。

 それにもう一つの悩みに青木のことがあった。

 彼は結論を急がないといってくれていたが、これもわたしを悩ませる一つだった。

 だって、結果的にみたらお姉ちゃんのしていることとほとんど同じだったから。

 好きな人がいるのに、うまくいかないからってほかの人を利用するだなんて。

 一度、はっきりとそういったことがある。だが、青木はというとさほど驚く様子もなく、さらりと「別に気にすることもないんじゃねーの?」といった。


「え? だって青木、わたしに利用されてんだよ!」

「オレがしろっていってんだしな」


 夏休み始まったばかりの部活帰り。すっかり日にやけた青木が真っ暗になった空を見上げる。


「オレさー、お前が弱ってるところにつけこんでるだよね」

「は? つけこむ!?」


 唐突に切り出した青木を、わたしはぽかんと見上げる。


「そうやってなんかこー弱いところを、うまーくついていけばいいのかなーとか、オレは思ってるわけ」

「い、意外に腹黒いんだね」


 青木はもっとこう、まっすぐな感じかと思ったけど。

 そういうと、青木はくしゃっと笑った。


「計算高いって言えよ。オレ、サッカーだと司令塔とかいわれてんだぜ」

「へえ……、それでか……。って感心しちゃダメだった! いや、もう、そんながんばりいらないでしょ」

「いるよ。だって、オレ、お前のこと好きだし、付き合いたいもん」


 青木の言葉はまっすぐで、わずかな揺らぎすらもない。

 それに対してわたしはどうだ。お姉ちゃんにあれほどくってかかったのに、青木を前にするとてんでだらしがない。

 もごもごとつぶやきながら、うつむいてしまったわたしに、青木は笑いながら頭をクシャっとなでる。


「だからさ、遠慮しないでオレに思いっきり甘えとけ。そうすればオレがすごーく、いい男に見えるからよ」

「青木……あんた、ホント、バカだねー」

「お前ほどじゃねーよ」


 ははと笑いながら、わたしはセンパイだったらどうしてたのかな。となぜかふと思った。

 センパイとお姉ちゃんは、生徒会で一緒だった。それに二人とも勉強はトップクラス。生徒会の書記で、顔もかっこよくて、当時は学校の王子様ポジの人だった。お姉ちゃんだってそうだ。わたしと比べるまでもなく美人で、優しくて、頭もいい。


「噂は聞いていたよ。かわいい先輩がいるってね」


 お姉ちゃんについてセンパイがそう言ったのは、わたしとお茶をして三回目の時だったかな。


「それで好きになったの?」

「早いよ。アカリちゃん。ドラマじゃないんだからさ」


 そういって笑ったセンパイだったけど、あながちわたしの推理は間違ってないと思う。

 出会ってすぐに、センパイはお姉ちゃんを好きになった。

 けど、その時お姉ちゃんは生徒会の会長と付き合っていた。

 会長さんはわたしも何度かあったことがあったけど、背はセンパイよりも高く体格もがっしりしていてぱっと見、学年よりも二つか三つ上に見えたほどだ。

 センパイがちょっとたれ目で柔らかな印象があるのに対して、会長さんはすっと切れ長の目で、いかついイメージの人だった。

 お姉ちゃんは見た目からしてしっかりしているように見えるけど、実際はそんなことはない。どこか抜けているし、打たれ弱い。そんなお姉ちゃんを、あのいかつい会長さんが大切にしてくれるとはとうてい思えなかった。

 実際、お姉ちゃんと会長はあまりうまくいってないようにみえた。

 会長さんは仕事も勉強も運動もできたけど、恋愛のことについてはあまり頓着しないようにみえた。そのせいだろうか。お姉ちゃんがこっそり泣いているのも一度や二度ではなかった。

 それがどのぐらい続いただろう。

 あれはちょうど受験に差し掛かった時、お姉ちゃんがひどく落ち込んでかえってきたことがあった。

 今までもそういうことはあったが、その時はとにかくひどかった。

 食事もろくにとらない。笑わない。泣きもしない。

 そんな時だ。センパイがお姉ちゃんと一緒に帰るようになったのは。

 多分、落ち込んだお姉ちゃんを慰めたりしたのだろう。

 そして青木と同じように、大丈夫だと笑ったのだろうか。

 結局、わたしは青木に言いくるめられてしまい、夏祭りの日になっても答えは出ないでいた。

 駅の東口から広がる大通りを中心に行われる夏祭り。

 市内の各地域から何台も神輿が繰り出される祭りは、この地域でもかなり大きなもので、地元の子で知らない子はいんないだろう。

 かくいう私も、幼いころは両親につれられ、少し多きくなったら姉と一緒に。

 そして去年までは友人と一緒に行ったものだ。

 だが、今年はというと


「ひゃー! 青木、まさかのカノジョと一緒とはなー」

「違うって」


 きゃーとからかう声が四方八方からきこえる。

 それを無表情でやりすごしながら、わたしはちらりと集まったやつらを見つめる。

 今日も部活があったらしく、集まったメンツの大半が部活のTシャツやら、体操着姿というまさに運動部! といった集団だ。

 そんな中にもちらほらと浴衣をきた女の子の姿がみえる。

 彼女たちも誰かに誘われたのだろうか。

 ショートパンツにTシャツ姿のわたしは、ぼんやりと騒ぎ立てるやつらを見つめながら小さく息を吐く。

 しかし、どのぐらいいるんだか。

 ざっと見ても二十人ぐらいいそうなんだが。

 ここに来るまでにもらったうちわであおぎながら、失敗したかな、なんて思っているとさっきまで同じサッカー部の子たちにからかわれていた青木が小走りでこちらにやってきた。


「悪い。なんか、思ったよりも人数が多くて」

「ラーメンのときは十人ぐらいだったよね?」

「そいつらがいろんなやつに声かけたみたいだな」


 それぞれ一人、声かけたとしたら倍の二十人。二人だったら三十人だな。


「何人か知っている子もいるし、青木も気にしないでいいからね」

「え?」


 青木がぽかんとする。


「なんで離れる前提?」

「いや、だって、青木、最初っからサッカー部の人たちと一緒に行く約束してるんでしょ?」

「いやいや。オレ、お前といるし」


 至極まじめな顔で言うと、同じサッカー部の人たちがまたしてもキャーなんて声をあげた。

 まあ、ですよねー。

 一緒にいればそうなりますよねー。

 はは、と笑うわたしに、青木は当たり前のように手を取る。

 ぎょっとしてこわばるわたしに、青木は「はぐれたらめんどうだし」なんてしれっと言った。


「いがーい。青木ってそういうことするんだー」


 そう言ったのは、女バスの子だったか。

 すらっとした長身の彼女の言葉に、わたしは心のなかで同意する。


「青木って人前で彼女といちゃいちゃしない人なのかとおもってた」

「オレも」


 青木はしれっと返す。


「恥ずかしいとかいろいろ思うのかなーとか、考えてたけど、それ以上に手とかつなぎてーもん」

「……そういうもの?」

「そーなの」


 にっとわらって青木は、わたしの手をとって歩き出した。

 日が落ちるにつれ通りは人でごった返してきた。わたしと青木は、かき氷を買って路地の隅に腰を下ろした。


「そういえばさ、お前んところのねーちゃんの話って落ち着いたの?」

「え? あ、いや……」


 わたしはイチゴとレモンのシロップがかかった氷にストローをざくざく差しながら、視線を落とす。


「……しゃべってない」

「え? まじ? あれからもう2週間以上たつけど」

「そうなんだけどね」


 はは、と乾いた笑いをうかべると、ブルーハワイ味のシロップがかかったかき氷を口にいれながら青木はふー、と息を吐く。


「まあ、あれだな。兄弟だと余計にこじれるんだよな。オレも兄ちゃんと半年ぐらい口きかなかったことある」

「なんで?」


 半年も? 驚いて尋ねると、青木がしまったというように顔をしかめた。


「……いや、あんまりかっこいい話じゃない」

「は? いいじゃん。教えてよ」

「あー……」


 歯切れの悪い青木なんて、めずらしい。


「え? なにー? あ、もしかして女がらみとか」

「ちがっ、違うってば」

「じゃあなによ」


 いつもわたしが困ったり慌てたりしているからか、青木がそういう姿を見せるのは、なぜかすごく新鮮だった。

 ぐいぐいと近づいていくと、青木がふっとこちらをむいてそして


「……っ」


 唇が触れた。

 驚いて目を見開くわたしの耳に、「アカリ?」とう声が飛び込んでくる。

 もう3年も聞いていれば、嫌でもわかる。その声の主が誰かなんて。

 ぱっと振り返ると、大通りから路地にまがってきたのはセンパイと、


「……お姉ちゃん」


 浴衣姿のお姉ちゃんだった。


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