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二話目

「ホント、何、いい子ぶっちゃってんのかって、あの時、本気でおもったもんね」

「いい、子って……アカリちゃんね……」

「だって、そうじゃん」


 わたしはぐっとこぶしを握り締める。


「口説き落とすにはこれ以上ないのチャンスだったじゃん! それなのに何!? それをみすみす見逃した挙句、敵になに塩なんておくっちゃってんの? センパイ、ヘタレ?」

「……アカリちゃん」


 声を詰まらせる小森先輩に、わたしは残っていたアイスカフェラテをずずっと飲み干す。

 あの後、お姉ちゃんをわかれて帰るセンパイを捕まえ、今のように文句をいった。

 何をいったのかあまりよくおぼえていないが、センパイは突然現れたわたしに大層驚いたようだった。だが、すぐさまお姉ちゃんの身内だと気が付いたのだろう。若干乱れた浴衣姿に、ヨーヨー片手に怒鳴るわたしに、ぷっと噴き出した。

 それからだ。こうして夜中のカフェでセンパイと会うようになったのは。

 もちろん、わたしはともかくとしてセンパイからしてみたら恋愛要素は一ミリもない。

 何しろセンパイが好きになるのはお姉ちゃんをはじめとした『相手のいる女』だ。相手の欠片もいないわたしなんて、センパイには恋愛のレの字も感じないのだろう。

 だって、こうして誘うのは八割わたしだからだ。

 センパイがわたしを呼び出すのなんて、盛って二割がいいところ。

 その二割だって会いたいから、なんていうものは何もない。たいていは用事があるときぐらいだ。

 その用事というのがお姉ちゃんがらみだとしても、こうしてわたしのワガママに付き合ってくれているのだ。恋愛まではいかずとも好意ぐらいは持ってもらえている……と思いたい。

 わたしはグラスに残った氷をストローで無意味にかき回しながら、ちらりとセンパイを見る。


「そもそもさ、センパイってお姉ちゃんのこと好きじゃなかったわけ?」

「アカリちゃん」


 センパイは小さくため息を落とす。


「あのね、アカリちゃんはお姉さんと彼を別れさせたいわけ?」

「そういうわけじゃないけど……」


 からりと音を立てる氷を見つめながら、わたしは口をつぐむ。

 だってそうだろう。あんな風に身を引いて、何が楽しいのかさっぱりわからない。

 いや、お姉ちゃんだけじゃない。センパイが好きになる相手はすべてそうだ。

 ズゴゴとストローを鳴らすと、センパイはちらりと笑う。

 まただ。また仮面のような笑い顔を浮かべている。自分の本心は決して見せないけど、わたしにはわかる。こうやってきれいな顔をしているときほど、自分の本心がさらけ出しそうになっていることを。


「センパイ、変な性癖だね」


 そういうと、センパイがぶはっとせき込んだ。


「アカリちゃん……、すごいこと言うね。っていうか、性癖ってやめて」

「やめてもなにも、本当のことでしょ。だって、センパイ、そういう人好きでしょ? お姉ちゃんの次に好きになった人もたしか相手がいたよね? あ、その次も」

「わー!」


 出会って3年。その間、わたしが知っているだけで3人。その全員がセンパイとは全く違う相手と付き合っている。ある意味自分の性癖を知り尽くし、貫いているといってもいいだろう。

 妙に感心していると、センパイはすごく疲れたような顔をしてはあ、と大きなため息をついた。

 センパイは見た目だって申し分ないし、性格だっていい。非の打ちどころがない人なのに、なぜか好きになる相手が悪い。

 最近だとクラスメイトのヤマトナデシコちゃん。

 彼女には異性の幼馴染がいた。ヤマトナデシコちゃんは幼馴染の彼をずっと慕っていたが、当の彼はというと付き合っている相手がいた。

 思い悩んだヤマトナデシコちゃんが相談相手に選んだのがセンパイだ。

 人がいいセンパイはというと彼女の相談に乗った挙句、相手との橋渡しを買って出た。

 おかげで彼女は幼馴染とつきあえるようになったという。

 ここまでくると人がいいのを通り越してみんなに良いように使われているようにしか思えない。

 一度そのことでずいぶんセンパイには言ったものだ。

 一体何をしているのか、と。

 もっと自分のことを考えたらどうか、と。

 するとセンパイは苦笑いを浮かべつつ、「まあ、彼らも悩んでいるからね。自分でできることをしているだけだよ」といった。

 その時のセンパイは激高するわたしに反するように、静かで穏やかだった。

 それがなおさらわたしをいらだたせた。

 じいと見つめるわたしに、センパイがびくりと肩を揺らす。


「いや、なんでかなーと思って」

「なんでって?」

「いや、センパイ、ぶっちゃけモテますよね?」

「あ、いや、どーだろう……」


 視線をふっと逸らす。否定しないところを見ると、モテるのは現在進行形らしい。


「まあ、いちいち謙遜しないでいいですよ」

「アカリちゃん、あのね……」

「まあ、モテるのにわざわざ茨の道をいくのってどうしてかなーって、思いませんか?」

「え……」


 ぽかん、とするセンパイを、わたしはじと見つめる。

 ずっと前から思っていた。どうしてセンパイってほかの人に目がいかないんだろうって。

 好きって言われるし、周りにはかわいい子だってたくさんいるだろうに。

 それなのに、わざわざ


「ちょ、ちょっと待って。なんで茨の道って」

「え? だって、茨じゃないですか」


 きょとんとするわたしに、センパイはふっと視線を逸らす。


「……アカリちゃんは、好きになったこととかないわけ?」

「……え?」


 ぽかんとするわたしに、センパイは残っていたコーヒーを一気に飲み干す。

 そしてからのカップをソーサーに戻しながら、まっすぐわたしを見つめる。


「アカリちゃんはさ、まっすぐだからわからないのかもね」


 そして立ち上がると、わたしを促す。

 いつものように店を出て、センパイはわたしを家まで送る。

 何度も大丈夫だといっても、何かあったらといって聞かないのだ。夜とはいえ、帰る道は大きな通りで人も多い。夜に繁盛するような変な店があるわけでもないのに。

 そんなやり取りをしたのが、こうやって会うようになって1年目のとき。けど、先輩は一度として折れたことはない。だから2年目に差し掛かるころにはわたしのほうが折れた。

 どうせ、センパイのことだ。

 わたしに気があるとか、そういうことではない。

 お姉ちゃんの妹になにかあったら大変とか、そんなくだらない責任感ってやつだろう。

 大丈夫。勘違いなんてしない。

 だって、センパイがまだ未練たらしく姉の部屋をちらりと見上げているのも知っている。大方、本当の理由はそれだろう。

 だから、そうそうに申し訳ないと思わないようにした。

 だって、どうせ好きでやっていることなのだろうから。

 そんなことを思っているわたしを、センパイはまっすぐだといった。

 まっすぐ?

 わたしは唇をわずかにゆがめ、小さく息を吐き出す。

 まっすぐなんて言葉、わたしの心の中をセンパイがのぞいたらきっと同じことは言えないはずだ。

 だって、センパイの気持ちを知っててなお、いじましくこうやってセンパイを呼び出しては、話をするだけでいいなんて卑屈なことを思っていることなど、わたしをまっすぐなんていうセンパイには、一生わからないだろう。

 駅から家まで歩いて十五分。すっかり暗くなった道をとぼとぼ歩きながら、センパイは学校のこととか、進路のこととか。まさに薬にも毒にもならないような話をしているうちに家に近づいた。と、その途中でわたしは思わず足を止める。

 家の近くにある街路灯のところに二つの陰が見えたのだ。


「あ! せせ、せんぱい、わたしこのあたりで」

「え?」


 いつもとは違うところで別れを切り出したわたしを、センパイが怪訝そうに見つめる。


「は? 家までまだあるでしょ」

「い、いや! もう近くですし! センパイもほら、家に帰らないと!」

「何、今更遠慮してんの? そういうガラでもないでしょ」


 はいはい、とまったく聞く耳ももたず歩き出そうとするセンパイの腕を、わたしは必死に引き留める。


「いや! わたし、コンビニにいきたいからもう、ここで!」

「え? こんな夜遅くに?」


 さっきまでのヘタれ具合からは想像もできないほど、行動的で弁もたつ立派な生徒会副会長さんがそこにいた。


「何が必要なの? オレが買ってくるからアカリちゃんは家にいなよ」

「え? いや、あの……」


 咄嗟に何か思いつけばいいのだが、こういう時に限って頭がうまく働かない。

 あわわ、と言っている間に、ふと先輩が街路灯にある二つの影に気が付いてしまった。


「……なるほどね」


 ぽつり、とつぶやき、センパイはわたしの頭をぺしりとたたく。


「何、くだらないことで気をつかってんの? アカリちゃんらしくないんじゃない?」


 にっと笑うセンパイに、わたしは思わずうつむく。

 何よ。人がせっかく……。

 むっつりと黙り込んで立ち尽くすわたしに、センパイはその手をぐいっと取りすたすたと歩きだしてしまった。

 しばらく歩いていると、街路灯の二人からもこちらが見えたようであら、と声が聞こえた。


「アカリ! っと、あれ? 小森くん?」


 びっくりしたように声をあげた姉に、隣にいた人がやあ、と笑う。


 そう言ったのはガタイのいい男の人だった。

 不思議そうに見つめるわたしに、センパイは彼を指して自分の時の生徒会長だといった。


「会長って……あの」


 言いかけたわたしは口をつぐむ。

 会長といえば、わたしとセンパイが出会うきっかけになった出来事の元凶。お姉ちゃんと中学時代から付き合っている相手だ。


「珍しい組み合わせだな」


 おおらかに笑う彼の横で、お姉ちゃんが不思議そうにわたしたちを見つめる。


「アカリと一緒にいたの?」

「あ、う、うん! そう!」


 あわててうなずくわたしに、お姉ちゃんがまたしても首をかしげる。


「なんで?」

「なんでって……」


 どうでもいいじゃん、という言葉がのど元まででかかる。

 なんでお姉ちゃんにいちいち言わなきゃいけないの、とか。知ってどうすんの、とか。

 そういう言葉しか浮かばなかった。

 妙な間をおいてそのまま黙り込んでしまったわたしに、センパイは何か感じることがあったのかわたしの背中をぽん、とたたいてから、にっこりと笑った。


「オレが呼び出したんです。いろいろ話したくて」

「え? 小森くんが? アカリを? どうして」

「なんでもいいでしょ! っていうか、お姉ちゃん、関係なくない!?」


 とうとうこらえきれずたたきつけるように言ったわたしは、センパイの手を振り払い走り出した。

 そして家の中にとびこむとそのまま、自分の部屋へとかけあがった。

 鞄をほうりなげ、ベッドにもぐりこんだ。

 お姉ちゃんは大好きだけど、こういうとき本当に我慢ができなくなる。

 だって、センパイのことなんて何とも思っていないくせに、わたしが近づくと、お姉ちゃんが割り込んでくる気がする。そのたびにわたしはものすごく焦る。

 センパイの性癖からして、今のお姉ちゃんはストライクゾーンど真ん中だろうし、もともと好きだったからもう一度好きになるかもしれない。そしたら……。


「あかりー?」


 ドア越しにお姉ちゃんの声が聞こえる。


「あかりー? いるんでしょー」


 わかっていてなんで聞くのかな。

 黙ったままのわたしに、お姉ちゃんはため息をついたようだった。


「……ごめんね、あの、うるさくいってさ。でも、ほら、あんた年ごろでいろいろあるでしょ。だから、ほらさ、ちょっと心配で」


 ごめん。もう一度いってお姉ちゃんがドアの前から離れる気配がした。

 階段を降りる音がきこえ、やがて静かになるとわたしはのそりとベッドから起き上がった。


「……なによ、自分のときはやりたい放題やってたくせに」


 わたしのときは監視付きで、ダメ出しか。

 ちえっと舌打ちをして、わたしは再びベッドに転がる。

 心配なんかしなくたって、相手は小森先輩だし、先輩の性癖はアレだしで、もー全然安心安全ですよ。

 今日だって、わざわざお姉ちゃんの部屋を見に来たいから送る徹底ぶりで、心配されるようなことは何一つ起こらないですよーだ。

 ぶつくさふてくされていると、スマホからぽん、とラインの着信音が鳴り響く。

 のそりと手を伸ばし、鞄から取り出す。と、小森先輩からだった。

 またお説教かとうんざりしていると、そこにあったのは


――外見て


 という短い一言だった。

 は? と眉をよせながら、ベッドから起き上がり窓を覗く。と、家の外の門柱の前に、先輩が立っていた。


「は?」


 思わず声を漏らすと、スマホが鳴ったのはほぼ同時だった。

 相手はもちろん小森先輩だった。あわてて出ると、先輩の笑い声がまず耳をかすめた。


「出ないかとおもったよ」

「いや、出ますよ。っていうか、出ないつもりでかけたんですか?」

「んー、出てくれるといいなーとは思っていたけど」


 そう言いながら、先輩がこちらを見ながらにっこりと笑う。


「アカリちゃんとちゃんとバイバイできなかったしさ」

「え? そ、そんなことで!?」


 思わずのぞき込もうとして、がつんと窓に額を打ち付けた。

 アタタタ……とうずくまると、耳元からセンパイの笑い声が聞こえた。


「大丈夫?」

「……笑いながらいっても、全然、説得力ありませんよ」


 イタタとつぶやきながら再び窓から下を見る。

 すると先輩が片手をひょいとあげた。


「またね、アカリちゃん」


 そういって電話は切れた。

 センパイは小さく手を二度ほど振ると、くるりと背をむけ歩き出した。

 その背中をじっと見つめながら、わたしはきゅっと唇をかんだ。

 いっそのこと嫌いになれたらいいのに。そうすればこんなバカげたことも終わるのに。

 小さく弾んだ心臓はいまだに落ち着くことはなかった。


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