ユーキ、祭の後。
ダンジョンを後にし、拠点の町へ戻る。
あの狂乱の72時間を終えた後、ヨーコへ頭を下げ、混沌の女神へ詫びスイーツを奉納することで、加護をどうにか外して貰えた。
手痛い出費だが、背に腹は変えられない。
まぁ、その代わりといって、日本食をやけ食いしてやった。
むしゃむしゃしてやった。
顔馴染みとなった門番に挨拶し、城門から程近い、冒険者組合━━━通称・ギルドのドアを開ける。
「あ、ユーキさん。お疲れ様ですー」
「戻ったよ。マスター空いてる?」
「確認しますので、少々お待ちをー」
ギルドの受付嬢は、笑顔で応え、パタパタと奥へ行く。
近くの空いてるイスに腰掛け、顔見知りの冒険者に挨拶と雑談を交わしていると、名を呼ばれ、マスターの執務室へ案内される。
「お連れしましたー」
「おぅ。ご苦労さん。茶でも持ってきてくれ」
「はい。ごゆっくりー」
目の前にはゴツい執務デスク。
そこに座るは、ギルドマスター・ライアス。
かつては凄腕の冒険者で、数々の武勇を誇っていたらしい。
「で、どうよ?」
「どう?とは?」
いきなりで面食らうが、まぁ、いつものことだ。
この王都の地下に存在するダンジョンのことだろう。
さっきまで、いた。
「ダンジョンマスターさんのご機嫌はいかが?ってよ」
「あぁ。いつもどおりさ。ちょっかいかけなきゃ、大人しいよ」
「……やっぱ、潰すのはナシか?」
ライアスは苦い顔をする
「ナシだな。王都が沈む」
これはヨーコが言っていた、
『殺されたくないからね。予防線は張ってるよ』
ヨーコが殺されると、ダンジョンは暴走。
ダンジョンからモンスターをスタンピードさせ、モンスターが出払った後、王都全域を500mの奈落の底へご案内。
だそうだ。
オプションで、魔法、スキル禁止領域に設定されるとも言ってたな。
「むぅ、聞くたびに胃が痛くなるな」
眉間をグリグリと揉むライアス。
「まぁ、向こうは共生を望んでいる風に見えるがね」
「寄生の間違いだろ?」
「立場の違いってやつだね」
よくある話だ。
「…お前は、…こっち、だよな」
ライアスの目が鋭くなる。
「さぁ。元々、気ままに生きて来たからな。どっちもこっちも、今更ないつもりが……」
そう言って、一旦、オレは言葉を切る。
ダンジョンを潰すのは、ない。
やっと見つけた向こうとの繋がり。
焦がれ、悶えて、そして、再び出会えた奇跡。
こちらから手放す気は全く、無い。
「……強いて言うなら、向こう、だな」
「お前……」
ライアスの殺意が溢れ、執務室の空気が張り詰める。
「この世界は」
この程度の殺気、所詮、人のレベル。
あのダンジョンに巣くうモンスターに比べると、子供のよう。
強がって虚勢を張ってるようなもの。
あのザラつく、ヌメつく、突き刺すようで、締め付けられるような、濃密な純粋な殺意には、程遠い。
「オレには、優しくなかった」
少し、気を張る。
ビシリ、と音を立て、執務室の窓が震える。
ギシリ、とデスクが軋む。
ライアスの顔が歪む。
「……でも、優しいひとはいたよ」
気を、緩める。
「ぶっは!」
「言っただろ?『強いて』と」
汗を拭うライアスに、異次元収納からビールを一缶取り出し、渡す。
「む……、何だ?これは?」
「お土産だよ。お裾分け。そうそう、そこに指かけて起こす」
「……うぉ!なんかブレスみたいなの吐いたぞ」
「エールみたいなもんさ。ぐいっと流し込むのが、一番ウマイ」
訝しげな顔をしていたが、腹を決めたのか、ライアスは缶ビールをグビリと飲む。
驚きの表情の後、あとは一気に飲み干す。
「…何だ、こいつぁ」
放心のライアス、先程の雰囲気が嘘のようだ。
「その缶は回収するぞ。まぁ、こんなものが手に入るんだ。
少しは様子を見てもいいだろ?」
「………お前。そうやって、オレを巻き込む気だな?」
ライアスは恨みがましく、視線を向ける。
オレと、回収された空き缶に。
「ふふ、これだけだと?」
ニヤリと微笑みを浮かべると、ライアスはギリギリと歯ぎしりする。
その時点で、もう、沼に片足突っ込んでるんだけどな。
「……まぁ、いい。また寄ってくれ」
「あぁ、気が向いたらな」
ライアスに背を向け、手を上げる。
ギルドを出て、定宿へ帰る。
荷物を放り投げ、ベッドへ腰掛ける。
そして、ビールを一本開ける。
グビリ。
「ふぅ…」
もう、飲むことも、食べることもないと思っていた。
微かな、祈りにも似た希望にすがり、そして、掴むことが出来た。
郷愁。
色々あった。
色々あったが故に、募る、思い。
グビグビと残りを飲み干し、息を吐く。
誰がいるでもなし。
呟く。
「オレが、守る」
グシャリ、と空き缶は潰れた。